作品名:芸妓お嬢
作者:真北
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8−1
昨夜の大火で吉原は全焼し、吉原の遊女は、
二千人とも三千人とも言われる遊女が、焼死したのだ。
その頃、お珠に服部半蔵を探し出してもらいたいと言われて、
捜索を続けていた佐々木六角は、半蔵門にいた。
そして、門から出てきたのは、まぎれもなく、服部半蔵であった。
「服部殿!」
佐々木六角は、服部半蔵を呼びとめ、名を名乗り事情を説明した。
「あの時の侍と娘ごは、備前のお姫様であったか」
「お助けいただき、感謝いたす。
ところで、瀕死の女郎がその後どうなったのかと、
珠姫様が、お気にかけているのでござるが、
服部殿はご承知ではござなぬのか?」
「実は、あの女郎は、仮死状態にして死んだと見せかけ、
川に捨てさせたところを、拙者が助け出し、
ある医師の家で養生を続けているのでござる」
「そうでありましたか。それを、聞いて姫も安心いたす。かたじけない」
佐々木六角が、半蔵の手をとり、礼を言うと半蔵は不思議そうに言う。
「女郎ひとりに、隠密者が礼を言いに来るとは、思いもよらなんだ」
「いやいや、人命は女郎の命とはいえ、尊いものでござるよ」
と、佐々木六角はその場を納めたが、珠姫様の放浪くせを、
これで直せると思い喜んだのは、内緒にしておくことにした。
その頃、お珠は、佐々木六角との約束を必死の思いで守っていた。
「六角よ。六角。早くもどって来て、
もう、珠は屋敷に留まっているのが、限界じゃ!」
ドタバタと、足踏みをしている始末であった。
その頃、お京を連れた数馬は、医者の家にいた。
医者の家には、火傷で重症の者や、けが人で溢れかえっていた。
しかし、このけが人たちを、収容する場所などはなく、
全員、空き家になった、武家屋敷の庭や通りにじかに、
寝かされたり、座り込んでいた。
数馬お京。お香も一緒に付いてきていた。
その光景に、ビックリし、何かをしなければと思うのである。
「幕府は、けが人に手を貸さぬつもりなのだろうか?」
「復興の方にばかり目が行っている様で、ございますね」
「わたし、お医者様のお手伝いをしてまいります」
と、お京は医者の家の中に入っていった。
突然の珍客に医師は面食らっていた。
「何事ですかな?」
「先生様、何かわたしにできることはございませんか?」
「そこにある、包帯を熱湯消毒して、干してもらえると助かる」
見ると、包帯とは名ばかりの布切れの山があった。
お京は言われるまま、その布の山をグラグラ煮詰まっている
鍋の中に放り込み、消毒を始めた。
しかし、家の中とは思えない荒れようで、ほとんどが土間である。
「ひとりっきりで、けが人を診ていらっしゃるのですか?」
お香が、たまりかねて声をかけた。
「口数の多いオナゴは好かんな、
ちょっと、これをしっかりと押さえてくれぬか」
うめき声を上げて、背中の皮のはがれた男の火傷に、
麻酔をかけながら、皮膚の移殖手術中であった。
全身の火傷では命が危ない常態だ。
はがれ落ちた皮膚を生きている部分だけでも、元に戻そうとしているのである。
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それは、修羅場と言っていいほどの状況である。
「拙者も何か手伝おう」
「それでは、軽症の者たちの怪我の具合を診てもらえぬか?」
「拙者は、医者ではないが、大丈夫だろうか?」
「ここにいるものは、みんな動けんものばかりだから、それよりは、ましだろう」
そんな、大ざっぱな言いように、数馬もお香もかりだされることとなった。
そして、日暮れまで、けが人の介護に暮れ、
数馬はこの空き屋敷を購入することに決めた。
「数馬様、あの千両をこれにあてるのですね」
「そうだ、あの金は天下のいい事に使おうと決めておった。あっははは」
と、笑う。
数馬は、その空き屋敷に、医者を集団で住まわせ、
患者の宿泊施設なども整えるつもりだった。
もちろん、仕事は棟梁の留蔵に任せるつもりだ。
女郎の少女の一言で、思わぬ方向に動き出したのであった。
一方、佐々木六角は、池田屋敷に大至急もどって来ていた。
珠姫を探し部屋にやってきた。
呼んでも返事がない。
仕方無しに、大声を出し、障子を開けると、
そこには、なんと布団を使って作られた、影武者。
「た、珠姫様……」
お珠は、もう我慢の限界に達し、屋敷を飛び出してしまっていたのだ。
「あー、あたしには、屋敷にいることが我慢できない!
姫を辞めて、町娘になってしまいたい!」
と、大声をあげているのは、深川あたりの白木屋門前町長屋の芸妓置屋の前であった。
「お母ぁーさん。ただいま! また、やっかいになりにきました」
「珠姫様! いいんですか? そう度々、屋敷から抜け出してしまって」
「いいの、いいの。武家なんて、本当に暇なんだから、
毎日何していると思う。叔父のお殿様は、何していると思う?」
「上様にお目通りしているんじゃないの?」
「お母さんったら、お目通りなんて、
年に数回しかしないのよ。それなのに、
いつでも、上屋敷にいる甲斐がないのよ。
いつ沙汰があるかってね。自由なんて全然ないのよ。
お上は、大名の謀反が一番気になるわけ。
だから、自分のところのいい藩士を、
御家人に差し出すわけ、謀反なんて出来っこ無いわけよ。
たとえば、数馬様よね。
あのお方も結局は与力として差し出すことになったわけよね」
「それが、数馬様はいま医療所造りで大忙しなんですよ」
「それは、いったい何?」
あの大火の事も、何もしらないお珠は、女将に事の次第をすべて聞いた。
置屋の女将は、お珠がお姫様であることが、分かってしまってからは、
いつもとは、逆転してしまっていた。
串団子などをとりだし、お茶なども出したりと世話をやいている。
「お母さんったら、あたしがそんな事やるのに」
そうは言っても、素性がばれてしまっては、やってもらうしかなさそうだ。
「ところで、お珠ちゃんは、お屋敷ぬけだして大丈夫なの?」
「あたしはね。もう、藩主の娘ではなくて、藩主の姉なのよ。
今の藩主が7歳の弟だから、若くして死んでしまうか、
子ができなかった時のためにいるだけだから、直接には、関係ないのね」
「お姫様と大事にされているんじゃないのかい」
「あたしね。ほんとうに芸妓として、生きたいと思っているのよ」
そんな、世間話に花を咲かせる二人であった。
8−3
芸者置屋の女将は、お珠の筋を買っていたのである。
「お珠ちゃんは、筋がいいから、こっちとしても願ってもないことだけど、
連れ戻されてしまうんじゃないのかい?」
「通いは、駄目ですか?」
「お屋敷からは、四半時(30分)くらいですもんね」
「きゃー、嬉しい。そしたら、お清、お竜、お紋、お美世、
お里、お染音ちゃんとも、毎日会えるわ」
「評判の口三味線も踊れるしね」
「まぁー、お母さんったら、お里ちゃんも、お染音ちゃんも、
りっぱに糸(三味線のこと)弾けるようになったって言ってたわよ」
「そんな事、言ってたかい。口もいっぱしのこと言うようになったみたいだね」
噂をしていたら、半玉さんたちが、お稽古から帰ってきて、
お珠を見るなり大はしゃぎをしだした。
ここ数日、毎日、お屋敷に連れ戻されているから、
もう、戻ってこないのかと思っていたから、ほんとうに嬉しかったのだろう。
しかし、門前町長屋はシーンとしていた。
お珠は、やっとその変化に気づいたのである。
「数馬さまや、留さんは、どうしているのです」
「それが、吉原の大火で、大わらわしているのよ。
実はね……数馬様が、女郎を三十四人助け出してね。
今朝早くから、江戸から逃がしてあげてね」
コソコソと、話している二人の前に、
数人の侍がズケズケと入り込んできて、取り囲んで言う。
「今の話、ほんとうだな」
「何の話でした?」
女将は、話してはならない事を、言ってしまったと、真っ青になった。
このことは誰にも話してはならない。内緒のことだったからだ。
「お前たちのしたことは、獄門打ち首ものだぞ」
鬼の首を取ったように、侍たちは勝ち誇ったかのように、がなりたてるのだった。
その頃、数馬たちは、買い取った空き屋敷をけが人たちに解放し、
宿泊できるように掃除やら、改造やらと大忙しであった。
まさか、門前町長屋にヤクザなみの侍たちが、おしかけているなどと、
思いもよらないので、汗だくになって、けが人の看病をしたりと
息つく暇も惜しんで働いていたのだった。
その日も、暮れかかって、空き屋敷の片付けも一段落し、
留蔵たちと一息ついていた所へ、大変な知らせが飛び込んできた。
「数馬様、数馬様ぁー」
大工と夫婦となった女郎が慌てて知らせに駆けつけてきたのだ。
「お侍さんたちが、芸妓置屋さんに珠姫様たちを人質にして、
女朗らを江戸から逃がしたことをお上に知らせると言って立てこもっています」
「それは、どんな侍なんだ」
「旅姿のお侍さんたちです」
「数馬様、それは、裏鴎流派の者たちではありませんか?」
「まったく、卑怯な奴らだ」
はき捨てるように言い、刀を腰にさすと、お香には残るように言い、
門前町長屋に向かう数馬だ。
遠く、備前から逆恨みでやってきた、相手が珠姫だとはまだ分かっていない。
藩主の姉を人質に取るは、備前の侍たちなのである。
「あなたたち、こんなことをして、ただで済むと思っているわけじゃないでしょうね」
お珠は、侍たちに怯むことなく、見据えて啖呵を切っていた。
「なんじゃ、随分と威勢がいい女じゃな」
お珠は、この侍たちが、備前のものだと言葉ですぐに分かった。
「あんたら、備前の者じゃね。あたしを誰思うね」
まったく、臆することのないお珠である。
8−4
それは、もう、当たり前のことであるが、侍たちには、
まだ、飲み込めていない。なぜか、お珠も御国訛りの話し方となっていた。
「お珠ちゃん、このお侍さんたちは、いったい」
「まだ、分からんの。この顔に見覚えねぇー?」
「ま、まさか……。珠姫様」
「今更、分かって、何ねぼけてんじゃ、ぼけぇー!
あんたらみな、領地没収じゃ、ええのんか」
「あわわわ、ははー! 珠姫様とは、知らぬこと故。御許し下さいませ!」
それを、見ていた女将は、目を皿のようにしていた。
チンピラ侍たちは、みな珠姫様の前にひれ伏していた。
慌てて飛び込んできた数馬だったが、勝ち誇った顔のお珠に全員土下座していたのである。
ちょうど、池田屋敷から、珠姫様を出迎えにやってきた藩士たちが、
あっけなく、裏鴎流派の侍たちを捕えるのだ。
「珠姫様。ご無事でなによりです。さー、ご一緒に御屋敷へ」
「嫌じゃ、もう、上屋敷には帰らん」
「お珠ちゃん。通いでいいから、また、明日遊びにおいでなさい」
お珠を、なだめる女将である。わけが分からないのは、数馬だけであった。
「何があったのでござるか?」
お香も、駆けつけてきた時には、みな連行されるところだった。
裏鴎門流の連中は、お香を見て顔を隠すようにうつむく。
そして、お珠に謝るのだ。
「珠姫様、申し訳ありません」
「どうして、お香さんが謝るの」
「この者たちは、みな裏鴎門流の者、言うなれば、私の父の門下のものたちでございます。
どうか、お許しくださいませ」
「え? まさか、お香さんって……」
「はい、裏鴎流創始、武本惣之助の娘でございます」
「なーるほど、創始が目を付けた男だから、腕がたつのは当然ね」
「御父上が、病で亡くなり、惣領の兄上が公開試合で亡くなってしまったことで、
跡目がいなくなってしまったってことなのね。あたながたくさん子供を産めば問題解決よ」
赤くなり照れる数馬とお香だった。
しかし、裏鴎門流の者が全員、連行されたわけではなかった。
まだ、数人の門下はこの状況を隠れて見ていたのだ。
「一ノ瀬め、必ずぶっ殺す!」
そう、吐き捨てて立ち去るのであった。
その夜、お香は意を決して夜具の横に座っていた。
数馬が湯屋から帰るのを待ち続けているのであった。
どうしても、今夜こそは、数馬と契りを結ぶのだと寝化粧をし気持ちを落ち着けていた。
こんな薄い壁の長屋ではあるが、数馬との子を作らねばとお家復興のために決意は固かった。
ガタリと、物音がしてお香は数馬が帰ってきたのだと、姿勢を正して待っている。
扉が開くと入ってきたのは、数馬ではなく、近江平八郎と言う裏鴎流派の門下第一の男だった。
「平八郎! どうしてここへ」
「静かにしてもらう。お香を連れ出せ!」
お珠にひったてられた門下以外にも、まだ、数人残っていたことは分かっていたが、
大胆にもお香をさらうなどとは、考えもしていなかった。
お香の口には手ぬぐいをかまされ、手際よく、裏木戸から運び出されていった。
木戸番はあっさり気絶させられていた。
はぐれ門下とはいえ、裏鴎とは奇襲、闇の武道である。
このくらいのことは、朝飯前のことかもしれない。
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