作品名:RED EYES ACADEMY V 上海爆戦
作者:炎空&銀月火
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一九四五年九月一八日。広島市内の小さな家で一人の少女が生まれた。彼女の名前は篠田希代子。終戦直後の物資が足りない中、当時のごく平均的な生まれかたの、普通な子。本来ならば、歴史の表舞台にも裏舞台にも出ることなく、静かに一生を暮らしていただろう。ただ、一つの違いが無ければ。
―彼女の持って生まれた目は、血のような紅。
本来人間にあるはずのない色の瞳を持ち、彼女は生まれてきた。当時まだ迷信が根強く残っていたため、彼女は気味悪がられ幼い頃から“孤独”の味を噛み締め続けた。
また、彼女の能力は明らかに他の同年代の子どもよりも優れていた。それが、運動であっても、勉強であっても、遙かに他の子ども達を凌駕した。
―そして彼女は、生物学を専攻、当時の日本では珍しい女性研究者となる。
彼女が、自分の能力に疑問を持ち始めたのはこのころだ。人より明らかに優れた能力。そして本来ならばあり得ない瞳の色。彼女は、自分と人間の違いを、はっきりと意識し始めた。
―そして発見は起きた。
それは彼女が実験の合間、戯れに自らの細胞を観察していた時だ。
(あれ……?)
顕微鏡で細胞を覗き込んでいて、彼女は異変に気づいた。
―染色体が、一本多い。
通常人間の染色体は四六本、二三組である。その組は、殆どが同形、同大で同じような性質を持つ。その染色体が、彼女の細胞の中に47本あった。
一つだけ、仲間はずれの遺伝子がある。
早速そのDNAを調べてみると、とんでもないことが解った。
―人間にも、いやどの生物にも見られない、正体不明のDNA構成物質がある。
彼女はその物質を自らの眼にちなんで、“レッドアイズ因子”と名付けた。
その発見は、発表されれば生物界に大きな波紋を広げただろう。しかし、彼女は発表しなかった。それどころか大学を辞め、片っ端から世の天才、奇才に取材を始めた。
―彼女は怖かった。そして、仲間が欲しかった。
生まれつき持った眼のせいで、彼女は虐められていた。小さい頃から一人で、ただ勉強だけをする日々。ここで自分が“人間”と違うことを明らかにすると、より一層それは酷くなる。それが、怖かった。
最初の仲間は、一九七二年アメリカで見つかった。ビキニ島という小さな南の島出身の彼女は、彼女と同じ紅い眼をもち、そして明らかに人類を超越した頭脳を持っていた。
次の仲間は一九八三年に。そしてその次は一九八八年に。
彼女は、自分たちを新しき人類、“レッドアイズ”と名付け、ある志を抱いて一つの組織を立ち上げた。
一九八二年、アメリカニューヨーク州に“Red Eyes Academy”を設立。
そして彼女たちは当時確立され始めたバイオテクノロジーを活用、自分たちの“レッドアイズ因子”を組み込んだ合成人類を作り出し、その発展に努めた。
「そして、一九九二年、ロシアで五番目の本物が生まれた…そう、君だよ」
彼は続けた。
「アカデミーのロシア支部に出された命令は、君を生きたまま無傷で捕まえること。そして、その関係者の口封じ」
口封じ、と言った時、不意に凛の脳裏を記憶の津波が襲った。
―地下室から聞こえる、両親の叫び声。そしてその後の不気味な静けさ―
「う…あ…」
嫌だ、思い出したくない…。
そして、紅に横たわる、両親の姿…。
「うあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあああ!」
頭が、割れる。心臓が波打つ。見開かれた眼には、血色の光。
嫌だ、怖い、来るな、…お母さん!
唯一自由になる左手で、頭を抱えてうずくまる。呼吸が速く浅くなる。心臓がバクバクと脈打ち、額から脂汗が流れ出た。
―フラッシュバックだ。
「そして、君が聞きたがっていた、アカデミーの目的。それは…」
「…現人類…“ホモ・サピエンス”の“レッドアイズ”による独裁的支配」
不意に上から声が降ってきて、レイファンは顔を上げた。凛も、手を下ろして顔を上げる。
そこにいたのは。
「…司乎!?」
「…」
凛の驚いた声には応えず、無言で降り立つ。その手に見慣れない刀が握られているのを見て、レイファンは薄く嗤った。
「…君は確か雑伎団の一人だったね。…そんな物で、どうする気だい?僕はそんな物では…」
「うるさい」
一言言い放つと、司乎は刀を構えた。雑伎団の中でも見たことのない、独特の構え。
「…無駄だと言ったはずだが?」
そう言うなり、レイファンの顔が変わる。人の殻をかぶった化け物から、“捕食者の笑顔”へ。
彼の右足が床を蹴った。それと同時に司乎も前に出る。
―交錯は一瞬だった。
「斬っ!」
鋭い気合いと共に、一気に刀を抜き放つ。その早さは、凛にも追えないほど速い。
チン、と刀が鞘に戻る音がした。その時には、勝負は付いていた。
「…」
無言の司乎の後ろで、血しぶきが上がった。そのまま床に紅が広がる。
「甘い。俺の居合いは神速だ。そんなんじゃ破れねぇ」
言い捨てたあと、凛の方へ近づいてくる。その顔は、固く強ばっていた。
「…やっぱりな…」
その視線が、ある一点に集中したのを見て、凛は息をのんだ。
今更気づいた、瞳への違和感。
―赤い瞳が、むき出しになっていた。
「お前も、化け物か…」

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