作品名:算盤小次郎の恋
作者:ゲン ヒデ
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八歳になると、城の東南の総社門近くの藩校・好古堂に入門させられたが、最初の学問の手ほどきでは、優秀であったが、一年後、武道の科目が入ったとたん、おかしくなった。部屋へ閉じこもってしまい、藩校へ行こうとしなかった。現代の登校拒否である。
再び診た藩医の意見で、小次郎は、好きなときに藩校に通い、武術以外の学問を習えばいいとされた。寛大な処置だが、本当は、藩医にそう助言するよう、隠居が頼み込んでいたのである。
それから、片道で四半時(三十分)の道を、休みもせずに藩校に通い、武道の時間になると早引けして、ご隠居の所へ寄っていた。算盤が上達し出すと、新しく入った子供たちに、隠居の師範代のように教えるようにもなる。
このご隠居の所には、よく商人たちが寄り、相談事をしに来ていた。金の無心をしに来ると、帳面類を持って来させ、算盤をはじき、商いの問題点を指摘し、ああしたら、こうしたらと、無料報酬の商い指南(経営コンサルタント)をした。茶は出しても、金は出さなかった。
そばにいる、小次郎にも、聞かせているかのように、理解しやすい、商いのコツを教えていた。その評判で、多くの商人が、帳面を持ってきて、商い指南を受けた。
相談客が帰った後、帳面の数字の計算を手伝わせた小次郎に、
「商人とは、他人様が欲しい物を、あらかじめ仕入れ、売って、程々の手間賃で、生きていく者だよ。これが、なかなか難しい……。一時の暴利で、蔵を立てたとて、人様にそっぽを向かれたら、あっという間に、家屋敷は人手に渡り、夜逃げする事が、何と多いか。私も大阪で、あこぎな商いで金をもうけていたら、我が子が流行病で亡くなってねえ。いくら金があっても、世の中、ままならぬことが起こる……」
どうも、このご隠居、小次郎が、自分の息子とだぶって見え、可愛がっていたのであろう。
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