作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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「そなたらの、この度の火事見舞金、大殿(城主・榊原忠次)は、すんなりと受けとったぞ」
「それは、ようございました」
この年一月の江戸の大火では、江戸城が焼け落ちる被害まで起きている。
名君の誉れ高い城主・ 榊原忠次は、町人からの家来への付け届けを禁じ、公正な政治を心がけていた。だから、町役らが、金を集め、復興の賛助にと、献金したのを、拒絶されるかと、恐れていたのである。
城主は、領地の姫路への帰還を延期し、江戸の再建活動の役目(いわゆる幕府への普請お手伝い)を陣頭指揮していた。
「江戸屋敷の再建は、どうなりましょうか」
「場所替えで、今年中に建て終えるつもりだそうだ。広い火よけ地を設けて、延焼を防ぐため、町割りも変わったそうじゃ。……、それからな、本丸を再建中だが、焼け落ちた天守閣は、再建せぬと決まった」
「え! 将軍様のご威光を示す、ご天守を……」
「今は太平の世、無くとも、ご威光に変わりはない。それにじゃ、西国の外様には、岡山、姫路、大阪、名古屋と巨大な城塞が備えておるから、問題はない、とのことだ」
「たしかに」九左衛門は、馬屋長屋に景色をさえぎられた、向こうの白亜の城のある、北を、ちらっとみる。
「ご家老様、他も回りますので」と言い、退出した九左衛門は、その足ですぐさま店に戻り、番頭らに何やら指示を与え、外で待たされた清十郎と共に、武家屋敷巡りを再開する。
行く途中で、広い道からの白亜の優美な姫路城を眺めて、清十郎に呟(つぶや)いた、
「江戸の大火で急騰した米価は、暴落とはいかぬが、少しは、下がるだろう。天守閣の再建には、途方もない財貨が費やされる。それがないとすれば、我ら庶民の暮らしには、少しはよいことかなあ」
清十郎は、間近に見る城に、焼け落ちる江戸城の幻を思い、身震いした。
「これ、清十郎、急ごう。担いだ徳利箱を落とすなよ」
周囲は、武家屋敷の塀の、白ずくめの海の中であった。
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