作品名:吉野彷徨(W)大后の章
作者:ゲン ヒデ
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不比等は、我が家へ帰ると、父・鎌足の遺品の六韜 (中国の兵法書)を取り出し、謀略関係の記載を漁りだした。そして、ある事件のことを思い出した。
二年前のことである。飛鳥寺の僧侶が、獄舎で自殺したのである。
上役から不比等は、調査を命じられた。
福楊という僧が、寺に伝わるヒスイの仏像を盗み出したのであるが、目撃者の証言から、すぐ捕まり、拷問を受けたが、ついに仏像の在処を白状せず、獄舎で木切れをこしらえ、首に刺し、亡くなったのである。
ところが、今年、新羅の使いを接待した、物部連麻呂(大友帝を看取った舎人)が、寄る。新羅のある寺で、失われた寺宝のヒスイの仏像が出てきた、との話題を、不比等に伝え、連麻呂は、
「もしかしたら、盗まれた仏像と同じ物と思ったが、飛鳥寺のは、どれくらいの大きさで?」
「二寸(六センチ)で、寺伝では、百済の聖明王が、朝廷に献上したものとか」
「やはり、同じ物でしょう。あちらの寺では、百済に略奪されたとか、……が、いまさら返せとは、言えませんしなあ」
六韜 の本を閉じ、不比等、
(あの自殺した僧は心を支配されていたとすると、目撃者のあの新羅僧、行心(こうじん)、あの男、死んだ僧と同房、だとすると……人の心を操る技法を使ったか、……大津には、あの男を使おう)
やがて、藤原家の草の元締め・田辺史大隅は、新羅僧に近づき、脅し好かして、大津をおとしめるるのを承諾させた。
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