作品名:妄想ヒーロー
作者:佐藤イタル
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(もっと、活躍の場が……欲しかった……)
「……おい」
「……あ」
心臓が一瞬、飛び出しそうになったのを、聞き覚えのある彼の声が制止した。
最後の願い事を心に込めていた矢先、光を遮っていた箱が退かされた。
そういえば、置いてきてしまったのをすっかり忘れていた。
世界最速の足を妄想の中で手に入れたからと言って、浮かれすぎていたのだ。風と一体化した事への感動に浸っていた時間が長すぎて、周りが見えなくなっていたのかもしれない。計算せずに勢いだけでここに来て、鍵の掛かっていることに落胆し、無駄に恐怖を体感してしまったのも、紛れもない事実だ。
よく考えてみれば、僕は彼に一番感謝しなければならなかったのだ。何てことだ。この僕ともあろう者が、感謝の心を忘れてしまうとは……。
「……井上君……」
「お前ホント足と頭の回転だけは速いな。羨ましいぜ」
それを聞いた刹那、僕は歓喜に震えた。そうだ、これだ。僕が求めていたものこそ、この憧れられるという甘美!
……感動で目が眩みそうだ。現実の僕の長所要素よりも一項目も多い。それだけで感動出来るという事は、僕はまだまだ子供なのかもしれないが、逆に言えば幸せ者に部類されるのかもしれない。
「ありがとう、井上君。君の存在を忘れていてすまなかった……」
「それを言わなければ、どういたしまして、で終わったんだけどな」
多数の意味を込めた僕の感謝の言葉を受け、彼は表情に苦い笑みを浮かべた。
危険に晒されていた気分だった僕にとっては、今ここに現れた彼のほうがヒーローの様だった。
一度感動に浸って浮上した僕であったが、こうも妄想の中でさえ、自分の劣った部分が目に見えると、どうポジティブに考えていいかさえわからなくなった。
「ところでお前、何でダンボールの影なんかに隠れてたんだ?」
「い、いやいや……隠れていたんじゃなくて、考え事をしてたんだ」
「考え事って……何を」
「君が先程、教室で言ったじゃないか」
「あぁ。そのことか」
とにかく今は、落ち込んでる場合じゃない! ツキコちゃんを助けに行かなければ!
足音にビクビクと怯えていた、なんて正直な事は言うつもりもない。
言ってしまったが最後、になって井上君に呆れられてしまう可能性もあるし、僕自身が、口に出すことよって、自信を喪失してしまう恐れもあるのだ。
ヒーローに相応しいとは言い難いが、僕は少し自分の中で自分自身に嘘を固めることにした。勿論井上君にも、同様だ。
自分を奮い立たせるための、可愛い嘘だと思えばいい。
そして、井上君は僕の方を向いていた体をくるっと百八十度回転させ、扉の方に向き直った。それと同時に、僕は両手で耳を塞いだ。
――――ガンッ! ガンッ! ガンッ!
彼が蹴り飛ばしている鉄製のドアの悲鳴は、両手で作った耳の為の蓋を容赦なくブチ抜いてくる。
所詮妄想の中の話だ。きっとそうだ。普段の彼はこんな借金取り紛いの真似はしない……はずだ。
「ほっ!」
井上君のおかしな掛け声、それにトドメの一発と共に扉がバタン、と屋上側へ倒れた。
途端にヒュゥッ、と春先の風が吹いてくる。心地よさを感じている暇はなく、井上君は僕の腕を掴み、ぐいっと立たせた。
「行くぞ!」
「あぁ!」
返事だけは一丁前に、僕はすぐさま体制を立て直し、先陣を切って屋上へ飛び出た。
敵が恐いとか、そういうのは考えなかった。所詮、敵は猿渡達三人だけだと知っていた訳だから、赤マントのあいつに怯える必要もなかったのだ。
必要ないとは言え、不意を突かれては困るので、意識を集中させる。
春特有の、ピンッと張り詰めた空気と、花の匂いが僕を包み込んだ。その花の匂いを肺一杯に吸い込むと、僕は目でツキコちゃんを探した。
……いない。何故だ? 確かに彼女は、屋上へ連れて行かれたと……そう言ったはずだ。井上君が――――まさか……!
「……いないじゃないか。どういうことだ、井上君……」
「…………」
「騙していたのか、僕を……」
さっき感じた張り詰めた空気とはまた一つ違った、緊張感の張り巡らされた空気を肌が感じた。
井上君は、口を開こうとしない。ただ、何かを言いかけているような、そんな感じだった。
信じていた仲間に裏切られた時の気持ちというのは、こんなに、胸が締め付けられるような気持ちだったのか。喉の奥がギリギリと引き絞られていくようだった。
こんな役職だからといって責任感を先走りさせて、一生懸命になって、感情も持ち込まないように努めている。それもなるべく、といった程度だからあまり達成は出来ていないが。
実際僕は、結構自分の感情がすぐ顔に出る方なのだ。……因みに妄想の中だけの話だ。
そんな設定が固められているから、すぐに目線が下がっていき、タイルを見つめていた。
「信じたかった……」
喉裏に留めていた言葉を吐き出した。
すると井上君は、代わりにため息を吐き返してきた。現実の井上君特有の、あの呆れたため息だ。
「……アホ」
……どうやら全部がお見通しだったらしい。
「無駄な推理ヒーロー気取りしてるんじゃない。オレを疑うとは、冗談でも趣味が悪いぜ。まだ向こう側、ってこともあるだろうが」
格好を付けたくなった事が、バレていたらしい。やらなきゃよかったな……今更になって恥ずかしくなった。
敵を倒しに行く前に、これぞいかにも物語! という伏線が欲しかったのだが、洞察力の鋭い彼には全てがお見通しだったようだ。相手を選び間違えた。
……因みに大切な友人を疑ってしまった自分というのも、恥ずかしさの一部だったりする。
まぁ、これが冗談だったとしても、何かの余興だったとしても、彼の言葉には納得だった。
まだ、貯水タンクの裏側を見ていない。
じめじめと湿った屋上の中でも、特に湿っているのがそこだ。人気が無い屋上の中でも特に人気がない。
井上君と二人で内履きをキュッキュと鳴らしながら、タンクの裏側へ回りこむと、奴らは、居た。
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