作品名:マリオネットの葬送行進曲
作者:木口アキノ
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 乗降口の扉の前で、2名の見張りが、うろうろしていた。
 その様子を、リオンは、廊下の天井にある排気口から眺めていた。
 ここはすでに、アストログローバル社の宇宙艇の中である。
「あの女、結局、追っては来れなかったんだな」
 1人が言うと、もう1人が、
「素直に乗降口から侵入する訳ないだろう。今頃、どこかでこっちを覗いているかもしらん」
 あら、勘が良いこと。リオンは、僅かに肩をすくめた。
 車輪庫から侵入する、外壁をはがす、脱出用ハッチを無理矢理開ける……。方法はいくらでもある。
 今回は、最も道具を必要としない、車輪庫からの侵入を選択したが、これだって、なかなか容易なものではない。
 車輪庫内部の壁を剥ぎ、壁裏に侵入する。それから、素早く気圧や温度が調整されている場所に移動しなければ、大変な事になる。
 凍死ならまだ良い方だ。気圧変化に対応しきれず、身体破裂なんて事になったら、苦痛は凍死の比ではなかろう。
 排気管を見つけて潜り込み、今に至るという訳だ。
 埃っぽいのが難点ではあるが、リオンは、腹這いのまま、排気管を進んだ。


 コンテナの中は、明かりなど無かったが、ミューズには、どうってことはない。
 彼女は、目の前にいる、自分をこの中に引き込んだ者に向かって、レーザー砲を構えていた。
「パルサー、あたしを、破壊するつもりね?」
 ミューズは目の前のパルサーを睨みつけ、押し殺した声で問いかける。
「まさか、そんな事」
 パルサーの笑顔は、とてつもなく空々しく見える。
 パルサーがこちらに右手を差し出す。ミューズは、レーザー砲の先を僅かに上げて警戒する。
「僕が排除するのは、G・O・Dであって、君自身という訳じゃない」
「言ってる意味がわからないわ」
 ミューズは、パルサーを睨みつけたまま会話を続ける。
「君が自由になりさえすれば、僕と君が戦う理由はないよ」
「つまり、あたしにG.O.Dを辞めろと?」
 パルサーは、大仰に頷いた。
「君はなぜ、備品で居続けるのさ。そういうプログラムだから?」
「……」
 その問いは、答え難かった。そういうプログラム。おそらく、そうなのであろう。でも、信じたい。今の自分は、自分が考えて選んできたのだと。
「ねえ、もう、僕たち、プログラムなんかに縛られるのはやめようよ」
 パルサーは、まるで悦に入った役者のように、芝居がかった動きで、髪を掻き上げる。
「自由になれるよ。プログラムなんてもの、壊してしまえば」
 パルサーのその言葉に、ミューズは、はっとした。
「……ウイルス……」
 ヒューマノイドは、ほぼ全て、その行動はプログラムによって決定される。
 しかし、そのプログラムに巣くい、不具合を起こすウイルスというものが、数種存在する。その中に、設定されたプログラムを破壊し、その後、独自の人格が現れる、というものがあった筈だ。
 独自の人格、というのにしたって、例えば過去に設定されていたプログラムの融合であったり、それまでに見てきた人間の真似であったりするに過ぎないのだろうが。
 それでも、その人格を得る事が、プログラムから逃れて自由になることだと思いこんでいる「人格」を持つヒューマノイドが、ここに居る。
 彼の行動から考えて、発動したのは、つい先程なのだろうか。それとも、もっと前に発動していたが、あえて、プログラムに従順なフリをしていただけなのか。
「そうやって害悪のように言っちゃ嫌だよ。そんなの、人に都合の悪いことだからって、そう呼ばれているだけなんだから」
 そしてパルサーは、伸ばした右手を、ミューズの顎に添えた。
「残念ね。あたしは、どんな人格に生まれかわろうと、今のあたしである事を選ぶわ」
 ミューズは唇で笑ってそう言った。
「そうかな」
 答える代わりに、ミューズはパルサーを、ぐっと睨みつける。
「だったら、試してみようよ。君の言うとおりかどうか……」
 そして、パルサーの唇が、ミューズに近づく。想像よりも、ずっと硬質なパルサーの唇が、ミューズの唇に触れ、彼女の意識は、だんだんと、ホワイトノイズが広がっていくように、朦朧としていった。
 耳鳴りの奥で、パルサーがずっと語りかけていた。
「君が目覚めたら、まず、ここにいるみんなを、起こしてあげよう。そうして、1つ目の惑星に着いたら、みんなで自由になるんだ。人の作った決まり事なんて、僕たちには関係ない……」


 リオンは、排気管内を這い進んだ。
 オーソドックスな形の宇宙艇であれば、この辺りに監視室があるはずだ。そこで貨物室と、そこまでの道のりの扉を解錠するつもりである。
 侵入してから、何番目かの通気口を発見し、そこから網目ごしに下を覗く。
 あまり照明の明るくない部屋の床に、壁面の光の色が映っている。形状からして、モニターか何かか。
 壁面に視線をずらすと、そこには思った通り、モニターがあり、艇内のあちこちを映し出している。
  リオンは、通気口の網に、肘を打ち付けると、網は枠ごとぱか、と開いて、天井からぷらんと下がる。
 その僅かな音に気づいて、椅子に座ってモニターに向かっていた監視員が振り返る。その時丁度、リオンが床にすとん、と降りた。
 監視員は、はっとして、すぐ脇の作業机に置いてあった拳銃に手を伸ばす。
 リオンのハンドレーザー砲から光線が飛ぶが、監視員には当たらなかった。
 監視員がリオンに向かって、拳銃の引き金を引こうとした。が、途中でひっかかって、引くことができなかった。
 2,3度指に力を入れるが、結果は同じだった。
 リオンが無言で監視員に近づく。監視員は、明らかに焦り、銃身を見る。
「……えぇ!?」
 銃身には、3つ程丸い小さな穴が開いていた。それは、レーザーによるものであると、すぐにわかった。
 リオンは、監視員から数メートル離れて立ち止まり、
「銃を捨てた方がいいわよ」
 と忠告する。しかし、突然の武器を持った侵入者に対して、監視員はどうしていいかわからなくなってしまっているのか、再びリオンに向かって引き金を引く。
「やめなさい」
 リオンが静かに言うのと、弾丸が、発射されずに銃身内で破裂するのが同時であった。
「うわぁ!」
 監視員は半壊した銃を取り落とし、自分の血だらけの右手を押さえる。
「だから言ったのに」
 表情ひとつ変えずに、リオンが歩き出す。
「うぅ…う」
 監視員がじりじりと後退しながら、その左手が、壁を探る。非常ボタンが付近に設置されていた。
 しかし、監視員の左手がボタンに到達する前に、リオンがその手首を掴む。
「邪魔しなければ、あなたに危害は加えないわ」
 そのまま、監視員の腕をひねりあげつつ、モニター画面に目を向ける。壁面にはモニターの他に、艇内の見取り図と、集中ロックシステムが設置してある。
 リオンはそれらに目を通し、貨物室までの1番安全な道のりと、それに必要な解錠箇所を確認する。
 オーソドックスな型の宇宙艇は、だいたい作りが同じであるから、こんなものは、ものの数秒で頭に入った。
 リオンが、監視員を掴んでいた手を離すと、監視員は、床に転がり、うめいた。
 それから、リオンは自分の装備を確認する。持ってきた覚えもなかったのだが、ロープや手錠など、戒具の類は、やはり無かったので、仕方なく、作業着を脱ぎ、それで、監視員を机の脚に縛り付けておくことにした。
 作業着の下にボディスーツを着ておいて正解である。
 監視員の行動を封じてから、手慣れた操作で必要なキーを解錠し、リオンは何事も無かったように監視室を出た。


 自分以外の誰かが、何かが、決めた事柄に、どうして従う必要がある?
 今まで、どうしてそんなものに従っていたんだろうね。どうしてみんな、そんなものに従っているんだろうね。
 さあ、外に出よう。自分の意志で歩こう。
 ああ、待って。君はまだ、体の部品が全部付いていない。いや、いいか。君がその姿で動きたいというのに、誰が止める権利を持つ?
 それに、ここには、みんなが完全に組み立てられる程の部品が無いみたいだしねぇ……。

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