作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
← 前の回  次の回 → ■ 目次
「カズマ、帰ってきたのね」
 突然、テントに飛び込んできたマイに起された。
「カズマ、お帰り」
 キンイチとカツが続いて飛び込んできた。 カズマはようやく眼を開けた。
「やあ、昨日はメシありがとう」
「カズマ、悪い奴やっつけた?」
 カツが、はずんだ声で聞いた。
「いや、やられちまった」
「え、ロボットは?」
 キンイチが、心配そうに聞いた。
「壊しちまった。でも、マイに借りた水筒は無事だ。マイ、ありがとう、役に立ったよ」
 なんとなく湿っぽい雰囲気になり、カズマはなるべく明るく言った。
 マイは水筒を受け取ると、
「カズマ、無事でよかったよう、グスッ」
 と、べそをかいた。
「マイはずっと心配していたんだ」
 カツがマイの涙の説明をした。
「そうか、心配かけたな。でも、もう大丈夫だ。さあ、朝飯を食いに行こう」
 カズマは笑った。それから朝市の屋台に子供たちを誘った。
 スラムの朝市は、色とりどりのテントの下に小さな屋台が店を連ねている。
 キンイチが粥をほうばりながら聞いた。
「カズマ、どんな奴と戦ったの」
「ハラダ、という男だ」
「そんなに強いの?」
 マイが無邪気に聞いた。カズマは真剣な表情で答えた。
「ああ、強い」
「でも、負けたわけじゃないわ。生きて帰ってきたもの」
「いや、殺されるところだったよ」
「どうして助かったのさ」
 カツが好奇心に溢れた眼で聞いた。
「情けをかけられたんだ」
「な・さ・け?」
 子供たちはカズマの答えに顔を見合わせた。
「奴から見たら、俺はただのガキなんだ」
 3人は黙って粥を啜った。
 午後、カズマは協会に顔を出した。
 受付前には、いつものように暇な賞金稼ぎがたむろしている。
 カズマの顔を見ると例の長老が近寄ってきた。
「小僧、おかえり」
「ああ、どうにか生きているよ」
「どうじゃった、ハラダは」
「ああ、じいさん、あんたの言うとおりだ。賞金稼ぎは相手を選ばなければいけないな」
「まあ、命があるだけマシなほうじゃ」
 長老は大声で笑った。カズマが生きて帰ったのを喜んでいるようだった。
「俺が生きて帰ったのがうれしいのか?」
「まあな。おかげで稼がせてもらった」
「なに?」
「ちょっとした博打じゃよ」
 老人はポケットから汚れた札束を取り出して笑った。
「なんだ博打のネタにされていたのか。じいさんはハラダに賭けたのか?」
「バカタレ、賭けは、おまえが何秒で殺されるかじゃ。ワシは殺されないにかけたんじゃ。一人勝ちじゃよ、ワシの」
「どうして俺がハラダにやられたのを知っているんだ?」
「おまえがハラダをルート16で待ち伏せしたことは、もうとっくデータベースの端末に出されている」
 じいさんは待合室に置かれたモニターを指差して言った。
「ここでは誰がどこで誰を捕まえたか、逃したか、殺ったか、殺られたか、すぐに記録が打ち込まれる」
「でも、昨日の戦闘を知っているのは、俺とハラダの二人きりだ。誰かが見ていたというのか?」
「さあな」
「なあ、じいさんは、ハラダのことを詳しく知っているのか?」
「この町でハラダのことを知らない奴はいないさ。ただ、奴のことにはみな無口になる」
「どうして?」
「軍に目をつけられたくないからだ」
「軍に」
「古い話じゃ。もう10年も前になる。奴は東北管区の軍事基地をたった一人で壊滅させた」
「基地を一人で」
「そうじゃ。信じるか?」
 老人はカズマを睨みながら言った。カズマは、にわかには信じられなかったが、ハラダとの戦闘を思い出しながら、ゆっくり頷いた。
「ああ、信じるよ。奴ならやりかねない。それで軍が目の敵にしているのか?」
「いや、それだけじゃない。奴は基地に保管してあった核弾頭を盗み出した」
「核弾頭?」
「22世紀型の不発弾をもとに軍が研究開発した最新型だ。鞄に入れて持ち運ぶことができるほど小型だが、一発で半径5キロのエリアを灰にできるという」
「そんな危ねーもの、かっぱらってどうするつもりだ」
「さあな。ハラダは行きがけの駄賃に研究施設を徹底的に破壊した。そのおかげで軍の核開発技術は5年は後退したと言われている。今、奴がその気になれば、その核弾頭を使って、軍の中枢を消滅させることも可能だ」
「なるほどね。軍が血眼になるわけだ」
「なぜハラダがここまで強いのか、おまえには分かるか?」
「いや」
「地下組織のおかげじゃよ。いくら強くても一人で戦うのは限界がある。武器や弾丸、食料の補給。それにアジトの提供。それに軍と対等以上の情報収集力。ハラダの背後には強力なネットワークがあるんじゃ」
「ネットワーク?」
「簡単に言えば仲間じゃよ。絶対に裏切らない同士がいるんじゃ」
「じいさんはそいつらを知っているのか?」
「ワシみたいな老いぼれが知るものか。ただ長年、この業界にいるといろんな噂を聞くし、勘も働く」
「軍はなぜ動かない」
「阿呆じゃからな。軍は、最初ハラダをナメていた。たった一人で何ができようか、とね。それでも、ようやく奴らも気がついたのか、ハラダを支える裏組織の解明を始めた。だから、少しでもハラダとの関係を疑われたら、すぐにしょっ引かれちまう。オマエはハラダと接触しながら、生きて帰ってきた。そんな噂を聞けば、軍の諜報機関はハラダと密約を結んだのではと、考えるかもしれない」
「密約?」
「奴の犬になったと軍は考える、ということじゃ」
「なに!冗談じゃない。犬だと」
「気をつけろよ。これが賞金稼ぎの世界だ」
 じいさんがここまで話すと、受付の窓からカガリが顔出して手招きした。
 カズマはカガリの部屋に入ると、ソファーに座った。
「どう、ハラダは強かった?」
「ああ、とてつもなく」
「どうする、もう一度、挑戦する?」
「もちろん。ただ、今の俺には武器も金もない。保険金も使っちまったから、身体も俺の持ち物でない」
「そうね。それじゃ、あなたにちょうどいい仕事を紹介するわ」
 カガリは端末に向かい、キーボードを叩きながら言った。
「貨物船が護衛用のコンバットロボのパイロットを捜しているの」
「ここでは賞金稼ぎ以外にバイトの斡旋もするのか?」
「襲ってくるのは大抵、賞金首だもの、同じことよ」
「そういうことか。しかし、ロボットがない」
「大丈夫。ロボットと武器はクライアントが提供するわ。うちの武器庫から好きなのを選べるわ」
「へー、気前がいいな。ギャラは?」
「1日100万アセア。船をナカミナトにまで無事届ければボーナスとしてプラス100万よ。賞金首を倒した場合は、その賞金はその人の権利になるわ。やる気がでるでしょう」
「うまい話だな。この前の借金を返して釣りが来る。その上に賞金まで貰えるってわけか」
「そうよ。ほかに傭兵部隊が10人、護衛に着くことが決まっているわ」
「傭兵が10人も。ただ事ではないな」
「参加するなら、その部隊と合流することになるわ」
「いまさら軍隊で2等兵は御免だな」
「コンバットロボのパイロットは士官待遇よ。戦闘時以外は自由を保障されているわ。といっても船の上だけど」
「何を運ぶ船だ」
「それは知らされていない」
「普通じゃないな」
「多分ね。でも余計な詮索をしないのが条件よ。どうする?」
 カガリは、カズマを見つめて言った。
 カズマは一刻も早くゼンじいの救出に向かいたいところだったが、金も武器もなく仕方なかった。
「断る理由はないな」
 カズマが答えると、カガリは微笑み、端末のキーボードにカズマのデーターを打ち込んだ。
 モニターに「決定」という文字が写し出された。
「出航は明朝8時。カワゴエ港のホバークラフト第6埠頭よ。さて、武器を調達しましょうか」
 カズマはカガリの案内で地下室につながる長い湿った階段を降りた。やがて突き当たると鉄の扉があり、カガリは慣れた手つきで呼び鈴を鳴らした。覗き窓が開くとカガリは「ハーァイ」と愛想良く手を上げた。
 ガチャガッチャンと、中で鉄の鎖を外す音が地下室に響く。
 扉が開くと。背が低くまん丸に太った中年の小男が現れた。男は小学生ほどの背丈には不釣合いな程、大きな頭していた。その丸い頭には海賊おマークが入った頭巾を被っている。首が極端に短いため丸い胴体の上に直接丸いボールが乗っている様に見えた。カズマにはその男の実際の年齢が幾つなのか想像も付かなかった。
 男は短い足をチョコチョコと繰り出して、地下室を案内してくれた。
 薄暗い地下の倉庫は見渡す限り兵器、兵器、兵器の山だった。
「スゲー、武器のスーパーマーケットだ」
「好きなものを好きなだけ持っていってちょうだい。全部クライアントにつけとくから」
 カガリは天井まである兵器の棚に囲まれた通路を歩きながら明るく言った。新品ではないが、拳銃やライフルなど、一丁一丁念入りに手入れされている。
「まず、コンバットロボの在庫を見せてくれ」
「ゲンちゃん。コンバットロボだって」
 カガリは男をゲンちゃんと呼んだ。男の頭はカガリのミニスカートの丈くらいまでしかない。見上げれば、スカート中が見えそうだが、カガリはまるで気にしていないようだ。
 男は頷くと黙って歩き、倉庫の一番奥に案内した。そこには様々な形式のコンバットロボが10数機並んでいた。
 カズマは一機一機良く調べ、一番マシなロボットのコックピットに座り、エンジンに火を入れた。排気ガスが地下室に充満したが、すぐに排煙装置が働きガスを強制排除した。
「少し古いが、これなら使えそうだ。多少反応速度が気になるが、手を加えれば大丈夫だろう」
 カズマはエンジンを止めて、ロボットを降りた。
「カズマ、面白いオプションがあるそうよ」
「どんな?」
 ゲンちゃんは手にもった電子機器を掲げてカズマに見せた。コンバットロボ用の電子頭脳と自動照準器のようだ。
「使ったこと無いけど、役に立つの?」
 ゲンちゃんは頷いた。
「つけときなさいよ」
 カガリが口を挟んだ。
「えっ?」
「どうせクライアントに請求するんだから」
 カガリはできるだけたくさんの請求書を書きたいらしい。
「他に欲しいものない?」
 カズマは、ハラダがバイクにリモコンをつけていたのを思い出した。
「そうだ、自動照準器があるなら、リモコンもあるかい?」
 ゲンちゃんは、当然という顔でうなずくと柱に備え付けのベルのスイッチを押した。
 すぐに三河屋の若い優男が棚の陰からひょっこり現れた。男はカガリに
「毎度」と声を掛けてから、ゲンちゃんを見て言った。
「なんか用事かい?」
 ゲンチャンは手にもっていた電子頭脳と自動照準器を男に手渡した。
「ああ、これをつけるのか。いいよ」
 と、トーイチローは答えてからカズマを見た。
「やあ、この前のミサイルは役に立ったかい」
「とってもね」
「あれ、ロボット持っていくのかい、この前のロボット壊しちまったのか?」
「ああ、全損だ」
「そうかあ、いいロボットだったのにな」
 よほどメカ好きなのか、本当に残念そうな顔をした。その顔を見て、カズマは、このメカニックが信頼できると思った。
 一時間程でロボットの整備とオプションの装着が終わった。念のため銃器などの装備品をつけて、実戦型試運転を行うことにした。
 トーイチロウは三河屋の小型トラックを回してきた。ゲンちゃんとカガリが乗り込んだ。
 地下倉庫の壁にシャッターがあり、トーイチロウがリモコンのスイッチを押すと、ギシギシと音を立てて開いた。
 シャッターの向こうには暗闇が続いている。
「古い時代の地下鉄道の跡よ。今は協会の限られた人間しか知らないわ」
 カガリが助手席から顔を出して説明した。その声がトンネルに反響した。トンネルの中はカビ臭く、湿っている。
 トラックのヘッドライトが照らすと4本のレールが闇に向かって延びている。カズマはトラックの後ろを歩いた。
 やがて上り坂になり、行き止まりになった。
 トーイチロウはトラックから降りると、慣れた手つきで細く扉を開け、出口付近に人が居ないのを確認して、ふたたびトラックに戻り、扉をリモコンで開けた。
 そこは城砦から5キロほど離れた、丘陵地帯だった。
「ここなら人目がない、思う存分試運転できるよ」
 カズマは準備運動をするように基本的な動きからはじめ、徐々に戦闘的な動きを試した。
 エンジンの馬力が足りないため、鈍重な感覚を拭えなかった。
「どう?」と、コックピットを覗き込んでトーイチロウーが聞いた。
「まずまずだ」
「前のに比べると、多少、重いでしょう。設定がかなり初心者向けになっている」
「そうだな。立ち上がりが遅くて実戦では苦労しそうだ」
「今日のデータを見ながら、明日までにギア比を変えておくよ、そうしたら、もう少し動きが良くなると思うよ」
「悪いな」
 カズマは、その作業でトーイチロウが今晩徹夜になることを知っていた。
「それから、これがリモコン」
 トーイチロウはカズマにジッポライターを渡した。
「ライターみたいだな?」
「もちろんライターにも仕えるようになっている。蓋を開けてみてくれる。この小さなレバーがが操縦桿になっている。親指の腹で操作するんだけど、慣れれば簡単さ」
 試してみると親指の微妙な動きでロボットはかなり複雑な動きをすることができた。
「25mm機関砲は3キロ先の戦車の装甲に穴を開けることができる。弾は20発連装マガジンを装着してある」
 カズマはリモコン操作で1キロ程先に見える戦車のスクラップを狙った。引き金を引くと炸裂音がして、スクラップが吹き飛んだ。
『至近距離でハラダに向けて撃ったとき、奴はよけられるだろうか』
 カズマはハラダとの戦闘を何度もイメージした。照準を修正してさらにもう一回引き金を絞った。
 炸裂音が砂漠に響き渡り、スクラップの戦車は粉々に吹き飛んだ。

← 前の回  次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ