作品名:算盤小次郎の恋
作者:ゲン ヒデ
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 小次郎は、訪ね歩き、小利木町の材木商の店々の間の路地の奥に、こじんまりした家を見つけた。材木商が、道楽のために建てられた茶室付きの建物を、買ったこの商人は、住めるように、手直ししたのであろうか。
 
 小次郎が持参した水を、この隠居は大層喜び、すぐに茶を点てた。茶を接待されて、ぎこちなく、茶を飲む小次郎に、
「近くに、算盤を使える懇意の御武家さまは、おられませんか?」
「内町(城北)の方々は、普請とか、番役が多く、算盤を使える方を探しだしても、あまりお礼が出来ないので……」小次郎は、ぼそぼそと言い、下を向いた。
「酒井さま御家中は、俸給の借り上げ(強制天引き)がきつく、暮らし向きも大変だときいておりますが。……ようございます、わたしが、算盤を教えましょう」
「え!」小次郎は意味が分からず、隠居を見つめた。
「ひまな年寄りですから、近くの子供たちにも募って、無料奉仕で、算盤の寺子屋を始めましょうか」柔和な笑顔を少年に向けた。
 
 それから、小次郎は、清水門からすぐのここに通い、商家の子供や、農家の子らと算盤を習った。彼らは、子供ながら武家の礼儀を漂わせる小次郎に一目置いて、いじめなどせず、敬っていた。ここは、小次郎にとっては、一番楽しい学舎(まなびや)となった。
 隠居の所へ通うとき、八重がしてくれた佐々木小次郎の姿をする。人は算盤小次郎と笑ったが、八重の励ましがあり、小次郎は、頑なに、それを通した。


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