作品名:転生関ヶ原
作者:ゲン ヒデ
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翌日、役人らが詰めて政務を決裁する職務を終え、昼過ぎ、家康は、控え所に戻り、見台で日本書紀の書を読んでいた。
 四半時(三十分)あと、謀臣・本多正信が伺候する。
「殿、お勉強ですか。何の本で?」
「日本書紀だが、孝徳帝から天武帝の上巻まで読んだが、……切りがよいから、ひとまず止めるか。で、何だ」
「治部(石田三成)からの密書ですが、」
「治部?」受け取った書状を家康は、縁側に移り、読みだした。読み終えると、じっと考え込んでいる。待っていた正信は、横見で見台の本を読みだした。
「遠慮せず、我が座布団の上で読め」声をかけた家康は、縁台から下りて、庭園をうろうろしだす。思考しているのである。
 
 遠慮せずに、正信は本を読み出した。
 この日本書記は、家職が神道家の公家・吉田家伝来の写本で、判り易い注釈が付いている。やがて、家康が戻ると、密書の話題を忘れ、正信、
「殿は、大友の皇子に似ておられますなあ」
「正信よ、戦の勝者・大海人(おおあま)の皇子に似ていると、言ってもらいたいが」
「いやあ……この大友の皇子、山崎で首つり自殺をなされておりますが、……殿は絶体絶命のとき、死にたがる悪い癖がおありになる。そこが似ております」
「そう言えば、見方ヶ原では、大敗になると、魔が差したように敵に突入して死のうとしたが」
「信長公横死の際、切腹しようとなされましたし」
「うーん」家康は考え込んだ。
 正信も腕くくりして
「それにしても、この壬申の乱の前の出来事、今の時代に似ていますなあ。朝鮮への出兵の失敗、それによる諸将の不満」
「であろう。が、大海女皇子が奇妙なのだ。不破に詰めている十八歳の高市皇子に全軍を指揮させ、自分は不破の関の背後の仮宮で、勝利を待っていたように描かれているが……」
「戦の指揮が下手では。なれば、百戦錬磨の名将の殿には、似ておりませぬな」
「おだてるな、正信……ところで、不破の関とは、関ヶ原のことだ、と注釈に書かれているが……」
「ああ、あそこは、諸道に通じる要衝ですな。ということは、合戦場になりやすい地ですか」
 家康は、関ヶ原という地名に、心の中に引っかるものがあった。
            
 家康は、密書を広げたまま正信に渡し、
「わしと諸大名の間で猜疑心を起こさせて、離反させる……三成ほどの者が、見え透いた狡猾な策を取るとは」
 あきれ顔の家康を見ず、じっと、書状に目を通していた正信、
「『忠興は御見方の振りで内府殿に近づいているが、大阪屋敷を武装化しており、前田肥前守と密であり、国元で武器、糧を集めているのは、攻め上る準備では、謀反の準備でありませんか、ご用心を』とは、ハハハ」と、正信は笑ったが、ふと真面目な顔になり、
「そういえば、細川家の重臣・松井康之を見かけませんなあ」
「忠興は、あの者は佞臣だ、と、三成に吹き込まれて、蟄居させたのであろう」
「で、大殿は、どうなさります」
「堂々と、三成の策に乗ってやろう。細川家に譴責の使いを出せ。慌てて、隠居の幽斎が言い訳に来ようが、つっぱねたら、忠興がわしに背くか、従伏するか、楽しみなことよ」
「さすがは、わが殿は、大物でいらっしゃる」


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