作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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清十郎は、盆前に但馬屋に来ていた。
店での応対振りに、すぐさま使える、と感心した九左衛門は、数日後、清十郎を供に、藩士屋敷を回った。新しいご用聞き・清十郎の紹介である。
清十郎は、風呂敷で何かを背負っている。
店の間近の、土橋・中ノ橋の向こうに、中ノ門が立ちはだかる。外門から入ると中は、右と前は、塀が載る石垣で、左に内門の櫓門がある。白亜の建物・櫓(やぐら)を、見上げながら、門を抜ける清十郎に、主人は、
「正面は行き止まりだ。気を付けなさいよ。右へ回って、北への道を行くよ。まあ、この門は回り道だ。店に来るとき通った飾磨門も、回り道だったろう。戦さでの敵兵への工夫だな」主人の解説に、頷きながら、清十郎は、北への道に出る。周囲は白壁の塀の武家屋敷である。
この地域、城の南は、高禄の家臣の広大な屋敷が多く、敷地を取り囲む辻塀や長屋塀が、延々と続いている。
九左衛門は、まず、右北の屋敷の勝手口を潜る。ここは、榊原家の五家老の一人・村上弥右衛門(やえもん)の屋敷である。代々その名が継がれるが、父の村上弥右衛門勝重は、徳川四天王・榊原康政に従軍した武将とか。
三千坪の敷地には、二つが組み合わされた書院作りの母屋の他に、馬小屋や、家来が住む長屋が見え、周囲には青々した樹木が茂っている。清十郎は、屋敷の広さと建物の豪華さに、驚嘆の声を上げた。
門番や若党に、腰を低く挨拶をしつつ、但馬屋は、その屋敷の用人が住む長屋へ向かった。
中では、中年の侍が、壺から何やら出している。
顔を上げ、
「但馬屋か、米の話か。米の相場が上がったから、お前は大もうけをしたであろう。今年は、去年と同じでは、払い下げんぞ」
大身の武家では、俸給でなく、知行地からの年貢米を、消費分以外を金に換えていたのである。
「その話は、相場を見極めてから、追々と、ご相談を……」
座敷に入ると、
「今日は、新しい奉公人を連れてきました。これから出入りさせますが、よろしくお願い申し上げます」卑屈なほど平伏し、小声で、
「これ、清十郎、頭を頭を下げ、挨拶じゃ」
清十郎が、挨拶をし、深々と頭を下げ、顔を起こすと、用人は、くすっと笑った。
「清十郎なあ、はは」
清十郎は、背負っていた箱から、徳利酒をだし、
「わたしめの家が造り酒屋をしておりまして、そこから持ってきた酒ですが」と差し出した。
「おお、これは丁度良い。去年の塩漬けの銀杏をアテに、飲ましてもらおう」
早速、蓋を開け、一口飲み、
「うまい……、どこの産じゃ?」
「室津ですが、父と兄が、わたくしめの、奉公がつつがなくできるよう、丹誠込めて作った酒でして」
「清十郎とやら、ありがとよ」と言い、小声で唄う、
「♪いとし清十郎が旅へ発つふしは、焦がれてかな山へ、エイサノエイサノエイ、いとし清十郎が縄ならば、たぐり寄せようも膝元へ、 エイサノエイサノエイ♪……だったかな?」
気分だけでも酔った風か、笑顔で清十郎に問う。
「はい、町方では、そう唄われておりますが……ですが、わたしめ、のことではありませぬ」
「そうかな、膝元で酌をしてもらっても、かまわぬがな、ははは」
用人が、銀杏を、口に入れていると、誰か近づく足音がする。
「これ、左源太、倅の家督相続の知らせを、親戚……、昼間から酒か? ああ……但馬屋か」
筋骨ががっしりとした老武士が、声を掛けた。当主・村上弥右衛門である。
「これは、これは、ご家老様、新しい手代のお目見えに、まかりこしました。地元の酒を、味見していただいております。ご用人さま、伊丹や灘の酒に、ひけは採りませんでしょう」
室津は、藩の飛び地の所領であるから、地元といえる。
「たしかに、負けぬ」用人は、あわてて話を合わせるが、
「質素倹約を心がけている我が家で、左源太、いつのまに高額な酒を飲んだ」
主人に、笑顔で問いつめられ、用人の言い訳は、しどろもどろになる。
「まあよい、わしも味見をさせてもらおう」
「ああ殿、わたしめの口が……」
「よいよい、お前とわしは、切っても切れない主従、……(ごくり)……うまい、……
銀杏も、もらうぞ」
一つまみ、かじり終え、家老は、九左衛門に話しかけた。
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