作品名:吉野彷徨(W)大后の章
作者:ゲン ヒデ
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飛鳥京の春宮御所へ いつのように通い始めた不比等は、ある日、和歌の使いを、草壁から命じられた。相手の女官(石川のいらつめ)に渡しに行くと、その女官、和歌を読んで、複雑な顔をする。
どうなされたか、と訊くと、大津の皇子からも、恋の和歌が来たと答えた。それも先ほどと言う。
とにかく返事の和歌をと、不比等が頼むと、当たり障りのない返歌をもらう。
何度かの和歌のやり取りのあと、草壁が、女官からの和歌を詠み終え、嘆息し、
「振られたか」
「殿下、どうなされた」
「大津の恋歌に惹かれたようだ。わたしの負けだ。大津には勝てぬなあ」
不比等は、春宮を退出した足ですぐさま、皇后宮に向かい、皇后・讃良にこの出来事を報告し、
「陛下、これはゆゆしきことです。大津の皇子が、春宮殿下から女人を奪うということは、忠誠心がない、としか考えられません。何らかのご処置を願います」
「女官への恋のさや当てぐらいで、騒いだら、親ばかだと、世間から笑われるでしょう。……不比等、そなたに任せるから、穏便に済むように計らいなさい」
大津に、それとなく、不比等が注意してくれるだろうと、皇后は思ったのであるが、不比等の考えは違っていた。
ここのまま行けば、大津のほうが跡継ぎにふさわしいと天武帝が考えるかも、と不安を持ったのである。
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