作品名:妄想ヒーロー
作者:佐藤イタル
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先程井上君が言っていた猿渡の手下とは、校長や教頭たちの事だ。
普通は校長の方が階級が上のような気もするが、悪と決め付けていたのは猿渡だけだったため、物語は奴を中ボスにしてしまったらしい。これがなかなか手ごわいのだ。御老体ともあろう方々が、まるでムササビのごとくピュンピュンと僕の周りを跳ねる。そのうち目が追いつかなくなり、くらっとしたあたりで、一発を喰らってしまう。足は速くても目は慣れるはずない。

しばらく走り抜けた廊下の向こう側。ようやく目に捉えた階段をダダダッと音がするくら
いの勢いでのぼっていく。
とにかくツキコちゃん……無事でいてくれ!

折り返して残り半分を駆け上がる。この学校にはあまり荒んだ生徒がいないため、屋上を利用するのは大抵恋人同士ばかりだ。
それでも屋上は水捌けが悪く、隣に立っているビルの所為で陰りになっていてじめじめしているのであまり人気はない。強いて言えば黒いローブを着てエロイム・エッサイムとかいう呪文を唱えているような、オカルトチックな生徒に大人気である。

そんな生徒も今はいない。辺りはシーン……と静けさを僕に伝えている。
オカルト好きの代わりにいるのは、進化途中の類人猿と、囚われのヒロインだけだ。
そして僕はその空間への扉の前にいる。だが、一つ重大なことに今、気づいた。
井上君が言っていたように……扉には鍵が掛かっていたのだ。残念ながら扉をぶち破る力は僕にはない。あるのであれば、わざわざ悪漢から逃げるだけという術を選択する必要も無い。
我ながら、なんと情けないことだろう。
そうしている間にもツキコちゃんは、何をされているかわかったものではない。どうしたらいいものか……。

途方に暮れていると、後ろからバタバタバタッと忙しい足音が聞こえてきた。
(追手か……?)
咄嗟に、踊り場に無造作に三段くらい積んであったダンボールの影に隠れた。
疾走していた足音が、徒歩に変わった。
コツ、コツ……と一歩ずつ歩みを進めてくる。胸が痛くなってきて、ドキドキしてきた。
冷や汗も出ているかも知れないが、拭えるような余裕は、僕には無かった。
(心臓が潰れてしまいそうだ……!)

……この足音は聞いたことがあるのだ。

そう、僕がピンチになったとき、もっと酷い状況へと叩き落してくれている、赤いマントのあいつと、足音がそっくりなのだ!
つい先程、弱っているぼくに歩み寄ってくる、と言ったが弱っていない僕でも非力な事が災いして多分太刀打ちできない。

ヒーローぶってはいるものの、僕はきっとあまり取得のないヒーローという設定にでもなっているのだろう。
また奥歯がカチカチなりそうだった。これは妄想の中の話なのに、なんでこんなにリアルなんだ。僕の想像力の枠が広すぎるんだろうか……。いや、そんなはずはない。

コツ、コツ……とまた音がして、階段をのぼってくる。
僕の方からは、ダンボールが邪魔になって、のぼってくる相手を見ることはできない。      
だがダンボールを退かしてしまうと、今度は僕が見つかってしまう。見つけた瞬間包丁でブスリ、なんて目に逢ったら、その後ツキコちゃんがどうなってしまうかわからない。

……足音が止まった。恐らく今は下の踊り場のところで、ジッと息をひそめて、こちらを伺っているのだろう。
願わくばそのまま何もないと判断して、帰って頂きたい限りだった。
だが姿も見えない相手は僕の望みとは裏腹に、またコツ、コツ……と歩みを進めてきた。

誰かに助けて欲しい願望一杯一杯だったが、助けてもらうヒーローなんて格好がつかない。時と場合を間違っているとは思うが、ここは我慢をすべきところ……だと思う。
一歩ずつ確実に歩みを進めてくる謎の人物に、僕はただ恐怖するしかなかった。ここがせめて廊下だったら、逃げる術も持っていたというのに。妄想の中ですら僕は運に恵まれていないようだ。

必死に息を殺して、体を出来る限り小さくした。震えは止まらなかったが、それはもう、どうしようもなかった。
時が一秒を刻むたびに、足音が近くなってくる。無駄に反響した足音が、僕の恐怖心を煽る。

これが普通の足音だったら、僕はきっと負けるとわかっていても相手に立ち向かっていったことだろう。未知の生命体だとしても、戦いに行ける。むしろそちらの方が幸せだったかもしれない。
どうせなら、立ち向かっていきたかった。今、響いている足音が、赤いマントのあいつと同じ足音じゃぁなければ……!

僕は今、ドアの方を向いて縮こまっている。積み上げられた三段のダンボールに、全てを託したい気分だ。
恐怖を通りこして吐き気までしてきた。自分の喉元にあいつの指が絡みついて、ゆっくりと力を込めてくる感触を、知らないうちに思い出していたらしい。
僕の口からもがき出ようとする嗚咽を、必死に飲み込んだ。唾を飲む音さえ、たてることは出来なかった。

――――……足音が止んだ。
ダンボールに、忍び寄る気配がした――――――――





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