作品名:RED EYES ACADEMY V 上海爆戦
作者:炎空&銀月火
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「小牙、ちょっと買い物行ってきてくれないか」
そう頼まれたのは、三日後の夕方だった。結局あのあと団長とは話をしていない。このままじゃ、ダメだと分かっているが…。
やっぱり、自分のことは言えない。
凛が見つかる可能性が増すだけでなく、そうなった場合団員達にも危険が及ぶ。離れてみて分かった。アカデミーは、不要な物は全て切り捨てる、超合理化主義。しかも、サクセサーや特Aならともかく、BやCの低レベルクラスのキメラと呼ばれる者達なら、捨て駒同然に扱う。
 ストリートで暮らすうち、多少なりとも犯罪組織には近かった。そこから聞こえてきたのは、具体名こそ出ないが、アカデミーの実態。見かけはただの小さな製薬会社でも、裏では世界各国の財政界へと食い込む巨大組織。そして、邪魔な物、関わった者は全て始末する容赦なき組織―。
 そんなところの事件に、彼らを巻き込むわけにはいかない。凛は、団長に何かを聞かれた時は、ありそうな嘘を並べると決心した。そんじょそこらの嘘よりもあり得なさそうな体験をしたのだ。その方がいろんな意味で便利だろう。
「おーい、小牙! 買い物!」
 再び声がかかる。バルコニーの上から呼んでいるのは将志。買い物メモを振り回しながら大声で呼んでいる。
「はい! すみません、今行きます!」
「いや、ここから投げるから! これだけ買ってきてくれ!」
そうして受け取ったのは、一枚のメモ。中にはニンジン、ジャガイモ、タマネギ…と
野菜の名前が羅列してある。
「これだけですね! じゃ、行ってきます!」
「頼むな〜」
笑顔で手を振る将志。小牙が見えなくなったあと、その表情は一変した。
「悪いな、小牙。…俺が生き残るには、これしかないんだ」
また、走り去る小牙に、二つの疑惑の視線が突き刺さる。
「……」
何も言わず、司乎はその場を立ち去った。

「目標発見! 第二地区から第五地区へ移動中!」
部下達から次々と届く報告を聞きながらオリジナル捕獲第二四隊体調、レイファン・スカランドはほくそ笑む。
(次こそ、逃がさんぞ…五番目の本物!)
そして並の人間にはあり得ないほどの早さ、的確さを持って矢継ぎ早に指示を出す。
「第一隊は第五地区中央上空ビルへ! 第二隊は左右に展開、姿を隠して目標を囲い込め! 第三隊、“協力者”と共に正面から追い込め!」
その横から、冷たい口調が割り込む。
「作戦は完璧か?」
どこからともなく姿を現した黒髪の少女。年齢は一二歳ほどだろうか。年の割には鋭すぎる目つきで、彼女は冷えた目線を送る。
「相手はオリジナル…大丈夫か?」
「大丈夫です。副隊長殿。仮にも特A最優秀の私が計画したのですから」
少しムッとして答えると、副隊長と呼ばれた少女は鼻を鳴らして薄く笑った。
「失敗したら、私が出る」
 そしてその姿は再び闇に消えた。
「くそっあのガキが!コピーのくせに偉ぶりやがって!」
途端に怒りを露わにするレイファンに、部下が軽く笑いながらなだめる。
「まあ、しかたないっすよ。五番目の本物が脱走した今、彼女―サブ・オリジナルの存在が大きくなるのは必然的ですから…」
「ふん。創られた化け物が何を言うか。本物になれない、偽物め!」
その瞬間、再び影から少女の一部分が姿を現した。黒いリストバンドをはめた腕が突きだし、レイファンの胸ぐらを掴む。
「私は、偽物じゃない!!」
その顔は、思わず周りの隊員達が後ずさるほど、強ばり、引きつっていた。今までにないほどの威圧感。そして、熱風のような怒気。レイファンの顔から表情が落ちた。
「…本部への反逆行為。…範囲は意外と広いぞ」
「…い、いえ…も、申し訳ない…」
「……」
しばらく、哀れむような表情で彼を見つめたあと、若き副隊長は無造作に彼を突き放した。
「…配置に戻れ」
彼女の言葉で、その場の雰囲気が解凍する。張りつめたような雰囲気をなんとか振り払おうと、隊員達は必死で“いつも”を装った。
「……」
そのまま、無言で彼女は再び姿をくらませた。
―その横顔が、“哀しさ”を表していると分かるものは、ここにはいない。
「……目標、第五地区に入りました」
レイファンはスクリーンに目をやった。そして、捕獲目標の顔を今一度見つめる。
―さっきの少女と、ほぼ同じ顔の少年を。

「…えーっと、ニンジン、ジャガイモ…野菜ばっかりか。じゃあ第五地区が安いな…」
雑伎団のメンバーに入ってから、買い物上手になった気がする。そう考えて、小牙はなんとも言えない気分になった。
(アカデミーにいた頃は、買い物なんてすること無かったからなぁ…)
今考えると、恐ろしく管理された環境の中にいたようだ。それを意識せずに受け入れていた自分が怖い。さらに、アカデミーに来る前の記憶など、今でも時々見る悪夢のなかでしか覚えていない。
―しかも、両親死亡の記憶しか。
「あー、くそっ!」
嫌な考え事を頭の中から追っ払うかのように頭を振り、髪をかき回す。そして、何かを感じたかのようにフッと顔を上げた。
感じた。
なにか、ざわざわする、それでいて慣れ親しんだ雰囲気を。
―自分と同類の、化け物の血を―!
「…っつ!」
反射的に小牙は、横に飛んだ。ついさっきまでいた地面のアスファルトが鈍い音を立てて飛散する。
―狙撃だ。
そう考えた瞬間、一気に戦闘態勢に入る。錘を外し、その場に投げ捨て、自然体に。全身の力を抜き、かつ五本の指を伸ばしきった構え。
―潮沢凛の最大の特技、指刺法の構え。
油断なくあたりを見回す視線は、雑伎団の少年ではない。
―二歳からアカデミーで鍛えられた、戦闘家の顔だ。
「はじめまして。五番目の本物」
不意に、路地から一人の男が現れる。その言葉に、凛は乾いた笑みを浮かべた。
「五番目の本物、か。懐かしい名前だ。もっとも、アカデミーにいる時はその名で呼ばれたことは無かったがな」
―ただの一度を除いては。
「何を言いたいかは、解っていますね?」
「…アカデミーへの出頭。もしくは、復帰と完全なる忠誠を誓うこと。…違うか?」
「ご名答。そして、貴方が簡単に屈しないであろう事はこちらも予測済み」
「ならば」
話が早い。
鍛え抜かれた筋肉が収縮し、地面をえぐる勢いで地面を蹴る。凄まじい勢いで前進しながら凛の指は男の的確なツボを狙っていた。
「予測が付いていることに、対処しないはずがない。我々は、一つの方法を考えた」
しかし、男は微動だにしなかった。それどころか、軽いステップで凛の攻撃を避けながら、嘲るように身体をゆらす。
「そしてそれが」
男が飛んだ。
「逃げるな!」
三階建てのビルに着地して、男は言葉を続けた。
「私の考えた方法だ」
目の前に、別の男が降り立った。
―やや小柄で、少し目つきが悪くて、それでも気さくな人柄の男が。
「…!」
間合いを取ろうと後ろに飛んで、顔を上げた凛は目をむいた。
「将志…どうした?」
「わるい、小牙。雑伎団出たところでこいつらに掴まって…」
将志は羽交い締めにされ、首筋にナイフが突きつけてあった。
「どうだね? これ以上抵抗するようなら、彼の命はないが?」
「……」
「小牙! お願いだ! こいつらの言うことを聞いてくれ! 俺は…俺は、まだ死にたくない」
その言葉で、糸が切れた。
唯一の武器である短刀を腰から抜き、その場に放り捨てる。両手を頭に回し、凛はそこにしゃがみ込んだ。
「…ご協力、ありがとうございます」
白々しいほどの声が、上空から振ってきた。

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