作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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「なんで…。だってあれは中止になったって!」
カンソールは、来月行われる領地拡大のために宣戦布告をいってきた国の名前だ。国の名前でもあり、王の名前でもある。
長い間内乱も起こっていて一時は崩壊の危機にもあった。しかし仲介に入り何とか立て直させたニヒダ国に、今度は土地を奪おうと攻め寄ったのだ。血も涙もない、力のみに執着する国はいくつもあるが、カンソールは特に戦好きの卑劣な大戦国だ。
「行くことはわかっていた。俺自身も、それを望んだ」
目眩がしそうになった。
カンソールはずっと北に位置する国だ。
地盤の関係からこちらがカンソールに近い場所まで行かなければ戦うことは出来ない。そうして戦うことの出来る土地まで歩き続けると、どうしてもカンソールの敷地内に入ってしまう。そうなれば全ての生活を携帯器具で間に合わせなければならない。ストレスも計り知れないはずだ。そのうえ雪も積もり足元は最悪。
訓練を詰んだ軍人でも、不利な条件はこちらに揃っている。いくらルッカレイヤターカの剣とはいえ、帰還は大変難しくなる。
ショックが隠し切れなくて、僕は彼から目を離した。涙が出そうになったからではない。なんとなく、裏切られたような気がしたからだ。いつも笑っている彼は、時々見ていて無性に辛くなる。どんなときでも決して弱みなんて見せないから。
「ほら」
ロブさんは再び胸に手を持って行き、クロスを掴んだ。首から外し、僕の首にかけた。
「これ…。でも、大切な物なんじゃないですか?」
少し、目が細くなる。
「お守り」
「クロス…。神様のですか?」
「さあね」
風が少し強くなって、髪が顔の半分近くを覆った。首にかかったそれをよく見る。シルバーでできた十字には、細かい細工が成されていた。角度を変えると光りの加減で輝く。ロブの胸元で、常に表情を変えていた物が、今は自分のもとにある。
「剣(つるぎ)をもつ者へ…」
裏を返すと、消え入りそうな細く掠れた文字を見つけた。彫り込まれているが擦れて読みにくいが、何とかわかる。
「これって」
ルッカレイヤターカの剣のことだろう。つまりこれは、何か大切な思いを込めて贈られた物なのだ。
「いけません!こんな大切な物を手放したら」
「俺にこれは重過ぎるんだ」
「でも…」
ロブは無言で重圧をかけてきた。この強い眼差しで目をこうなればこちらが降りるしかない。
「わかりました。戴きます」
僕はクロスを胸に戻した。彼にはちょうどいい長さでも、僕には少し長すぎて心臓あたりにくる。ちょうど第二ボタンに新しく付け代えられた、あのウルボスの金ボタンに当たって音がした。僕の胸が、また少し重くなる。
「ロブさん、聞いてもいいですか」
「んー?」
インスタントの携帯コーヒーを口に付けながら、彼は返事をした。
「天国ってあると思いますか?」
「…」
「昔いた親友が…、友人がよく言ってたんです。戦いに敗れて命を落としても、最後まで国に尽くしていけば、天国に行けるよなって。そう彼が言う度に僕は考えていました。天国ってあるのかって」
「…」
「いつもクロスを提げていたから。ロブさんはあると思いますか」
くすっという効果音が聞こえそうなほど、お似合いの笑みを見せた。
「お前そんなこと考えてるのか」
彼は暫く月を見ながら考え、やがて話し出した。
「さあな、どうだろう、俺はないと思う。死んだらそれっきりだ。神様はくたびれた魂を浄化して使い回して、そんな面倒でみみっちいことしない。だから俺はないと思ってる」
「そうですか」
「でも、俺とはちがう、本当に天国があって、死んだらまた違う生き物として生まれ変わるんだって思ってる奴らには、きっとあるんだと思う」
飲み終わったカップを床に置き、彼は地面に寝そべった。
「よかった」
「何が?」
「ロブさんが、ロブさんで」
彼は一瞬不可解な表情を浮かべた。
「どうして僕がここにいるかわかりません。でも、僕が誰かに手を引かれてついてきたことは一度もなかった。あなただから僕はついていきたいって思うんです」
彼は何も答えなかった。僕もあえて突っ込みはせず、沈黙を守った。
始めて彼にあった時もそうだった。誰にも言わない内の思いを彼には簡単に話してしまった。
彼が特別だとは思わない。ルッカレイヤターカの剣と言われる男。しかしいくら天才と見まがう能力に秀でているとはいえ、性格はそこらにいる男とたいした変わりはない。
そう思っていた。
しかし始めて見た時から感じていたのかもしれない。
ただ気付いていなかったかもしれない。
でも確かに僕は、彼と同じものを持っている気がする。能力ではない。
内に秘めた、共鳴しあうような影だ。
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