作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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 明けて明暦三年(一六五七)一月、江戸に大火が起こる。いわゆる明暦の大火である。江戸を、ほとんど焼失したこの大火により、米の値は急騰し、但馬屋の仕事も忙しくなり、手代が室津へ行くのも遅れた。 ←前回分(清十郎?)の付け落ち
  
         
            町屋の紹介
http://plaza.rakuten.co.jp/hakurojo/diary/200805100006/
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(その1)から(その8)まで あります。
【現在、JR姫路駅の北玄関から、向こうに姫路城が見える大手前道路が望める。
 そのJR姫路駅の西北に山陽電車のターミナルデパートがあるが、その西伝いの駅のプラットホームの西半分の場所に飾磨門があった。南から上がってくる飾磨街道からの関所である。 流れをずらした二つの外堀の間にあった。
  で、そのプラットホーム東側の所から北へ延びて二十メートルの区域には、飲食街の新町があった。】

          …………………………………………
 新町の裁縫の師匠の家から出てきた、お夏は、旅姿の店の手代を見つけた。
連れに小樽を背負った、一人の若者を連れている。 近寄り、
「茂助、戻ってきたの。その人は?……ああ、清十郎!」
 急に大声を出したので、通行人が振り返る。本人は恥ずかしいのか、かぶっている檜笠を下に向けた。
「ははは お嬢さま、流行(はやり)の清十郎ですか。……清十郎、こちらは、店のお嬢様さまだよ。挨拶をしなさい」手代は、若者をせかす。
 
 若者が笠を取ると、お夏は吹き出した。青白い病人のようで、まさしく青びょうたんである。少年から若者になりかけていたが、旅で疲れ果てた表情には、唄の清十郎の印象とは、大違いであった。
 はにかむように挨拶をした、清十郎に、お夏、
「わたしは、お夏、春夏秋冬の、お夏、よろしく。あなた、室津でも、清十郎の名で、冷やかされていたでしょ」
「はい」、恥ずかしそうに、答えた。
 横から、手代が、
「まだまだ育ちざかりだから、仕事に励んでいると、いい顔になるさ。この俺も、はな垂れ小僧と言われたのに、いまでは苦み走ったいい男と、女たちに誉められているよ」
「それは、酌をする人のお・世・辞」お夏は茶化す。
「お嬢様、それはないですよ。……ああ、店へ戻ろう。お嬢様は?」
「わたしも帰る」

 三人が連れだって帰るが、先が手代、清十郎、お夏と続いた。
 道を回ると、当時の北への主要道路・中ノ門筋に出る。
 突き当たりに、門と白亜の建物がそびえている。清十郎は立ち止まり、(まだ、巨大な門が!)つぶやき、見つめる。
 後ろから、お夏が、声を掛ける、
「あれは、中ノ門の建物よ、あれくらいの門は、わんさか御城下にあるから、珍しくないわよ」
「はあ、田舎者で、どうも」振り返り、照れくさそうに、お夏に謝る。お夏は、青びょうたんのはずなのに、その顔に、日が差したように感じた。

 町屋の光景を見ながら歩く、清十郎に、お夏は、辻に来る度、後ろから、説明を掛けた。
「ここと、次の辻の両側は白銀町、両替商のお店が、道をはさんで、東西に並んでいるでしょ。江戸では、金使いだけど、上方では銀使い、だから、白銀町(しろがねまち)」

「右が西紺屋町、左が、塗師屋町(ぬしやまち)、漆器の店が集まっているでしょ」

「右が紙屋町、左が西呉服町」

「ここは、東西ともに西二階町、旅籠屋、かご屋、飛脚屋とか、旅の人たちの世話をする町よ」

 で、次の四辻に係ると、左角の高札を示し、
「お城からのお触書があるから、ここは、札(さつ)の辻。……『灘や伊丹の酒を飲まずに、地酒を飲め』から、まだ変わってないわね。ここは西国街道で本町(ほんまち)通り、貸し本屋の町じゃないのよ、お城のお膝元の町だから、本町」
 
 作り酒屋の息子なのか、清十郎は高札の文を、立ち止まって、読みだす。
 せかすように茂助は、
「清十郎よ、あそこがお店だ。行こう」北西を示す。
 角から一軒置いた店が但馬屋で、二、三軒分、横に広がっている大店である。
 西国街道と中の筋通りの主要幹線が交わるこの辺は、町屋でも一等地であった。それだけで、但馬屋の身代が大きいことが推しはかれた。

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