作品名:冬の花
作者:上原直也
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冬の花。完
「その日瞼を閉じる前に想うこと」
仕事から家に帰ってくると、広樹は鼾をかいて気持ち良さそうに眠っていた。
眠っている広樹の顔を見つめながら、同棲をはじめてからもう三年が経つんだな、と、なんとなく思った。季節が過ぎるのって早い。わたしも今日は疲れたし、お風呂に入ってさっさと寝てしまおうと思った。
熱いシャワーを頭から浴びながら、わたしはなんとなく今日一日の出来事を思い返していた。今日もあまりパッとしない一日だったな、と思う。
わたしは派遣会社で働いていて、今は東急ハンズの店員をやっている。決して重労働とかではないけれど、かといってそれほど楽しい仕事でもない。いや、楽しくないのはまだいい。仕事なのだから。我慢できないのは、自分は何もしないで他人にばかり仕事を押しつけるひとがいることだ。そして何故かそういうひとに限って社員受けが良かったりする。頑張っているはずのわたしは文句ばかり言われて・・・。その他にも色々うんざりすることがある・・・。何だか疲れたな、と、思ってしまう。
お風呂から上がって、ベッドにそっと身体を横たえると、寝相の悪い広樹がわたしの身体の上にのしかかってきた。「もう!」と、呟いて、その広樹の身体を押しのける。
三つ年下の広樹とは昔アルバイト先で知り合った。広樹はそのときから変わらずに音楽活動を続けている。でも、彼も二十四になって、少し焦りを感じてきているようだ。まだ明確な結果を出せずにいることに。
ふいに、彼がわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。ちょっと慌てて彼の顔を見てみると、彼の瞳は閉じられたままだった。どうやら寝言だったらしい。わたしはそんな彼の寝顔を見つめながら、何故かホッとしている自分に気がついた。・・・ねえ、いつかきっと、と、わたしは思う。あなたのその夢が叶う日が来るといいね、と。そして、そのためにもお互い頑張らなくちゃね、と。わたしは少しだけ幸せな気持ちになって、瞼を閉じた。
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