作品名:灰色の街
作者:鰐部祥平
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土曜の夜。三台の単車が名古屋市内の通りを彷徨っていた。メンバーは純の運転する単車にヨシ。ヒロの運転する単車にカネモト。ケンジの運転する単車にトモユキ。この六人である。
ケンジは純たちの一つ下の後輩。トモユキはケンジの中学の後輩で十五歳中学生だ。中学を卒業したら「奇目羅」に入るのが希望で今回は「体験暴走」に来ている。純たちとは初対面。幼年期から青春期に変わる時期独特の青臭い顔つきをした少年だ。カネモトは20歳。近年増えている社会人デビューである。中学、高校といじめられていたようだ。そのせいか劣等感が強い。だがその裏返でプライドが異常に高く、彼の性格を見抜いた純たちに煽られ、いつも車を提供し年下のメンバー達に「足」扱いされている。
春奈と別れた純は「邪神」主催の暴走に参加していたが、トモユキが初の暴走で緊張の為かお腹を壊したので暴走隊から離脱し、コンビニのトイレに寄っていたのだ。
ケツに乗るヨシとカネモトが携帯電話でチームのメンバーと連絡を取り合っているがなかなか合流できないでいた。その時、後ろからサイレンが鳴り「こらー!とまれー」と怒鳴る声。振り向くとパトカーが一台後ろにいる。純達は素早くバイクを横隊に展開し、蛇行運転を始める。パトカーもぎりぎりまで突っ込み、純たちを一箇所に集めては急ハンドルを切り空いたスペースに車を突っ込み、横隊を崩そうとする。その繰り返し何度か行われたとき、中央を走る純と右側のケンジとの間に間隙が出来る。パトカーはすかさずその間隙に入り込みケンジを中央分離帯とパトカーで挟み込もうとする。純はとっさにギアを一つ下げアクセルを開ける!直管のマフラーから甲高い音が響き、急加速されたバイクは一気にパトカーを追い越す。純はパトカーの前に出て急ブレーキを掛ける。衝突を回避しようとパトカーもブレーキを掛けて、ハンドルを左に切る。その隙にケンジは危機を脱し、また元の横隊が維持された。
これだ!この感覚だ!純は暴走のスリルに酔いしれた。誰かが指揮をしなくとも、息の合ったコンビネーションにより警察車両すら押さえ込んでしまう。こうした快感は他にどんな事で得られるのか。この瞬間、スリルと興奮に酔う純にとってはヒロやヨシとの微妙な価値観のズレから来る孤独感も、春奈とのやり取りも忘れ、このゲームに熱中していた。その後パトカーは「やるべき事はやった」とでも言うかのようにいつの間にかいなくなっていた。
迷子になった純達は熱田区界隈をさまよっていた。先頭にケンジの車両が走り、純とヒロがその後ろで横に並ぶ。前方の交差点は青信号である。ケンジは特に気にすることも無く、交差点に進入する。だが突然左から信号を無視した一台のバンがケンジのバイクに突っ込む。しかもノーブレーキで!純には衝突の瞬間がまるでスローモーションのように見えた。バンのフロントライトがケンジ達を激しく照らし一瞬ライトの明かりのせいで二人の姿が消えた。その後に衝突。ライトがケンジの体によって塞がれ明かりが遮られる。闇が広がったのも束の間ケンジはバイクもろとも跳ね飛ばされていた。
純たちは単車を止めケンジに駆け寄る。ヨシがバイクを起こし、ヒロと純でケンジを助け起こす。ケンジの表情が苦痛で歪んでいた。突然バンから一人の男が走り出る。さらに後方の車から二人の男が走り出てきた。二人組みは道路に座り込むトモユキに覆い被さるようにして押さえつけ羽交い絞めにする。バンの男はケンジの腕を掴みねじ伏せようとしている。ケンジはとっさにスカジャンを脱ぎ捨て男の手から逃れ、足を引きずりながらも、単車に走りより急発進する。純も慌てて単車に駆け寄る。ヨシが既に運転席に座り、純を待つ。純がケツに飛び乗ると、ヨシは単車を発進させる。ヒロ達も無事に逃げおおせた。「ケンジ大丈夫か?」ヨシがバイクを寄せ、ケンジに向って叫ぶ。返事が無い。単車を運転しているがかなり辛そうだ。「追ってこないな」ヒロが後ろを振り向き確認する。彼らは路地に入り込み手ごろなマンションの駐輪場に単車を止める。そのままマンションの階段の踊り場に身を潜める。ケンジは車にぶつけられた太股を抱えうずくまり、身を小刻みに揺らしている。「やばい、どうする」「とにかくシン君に連絡しよう」ヒロがそう言いながら電話を掛ける。シンは濃尾連合の各チームをまとめる総長。歳は21.連合のケツ持ちをする後藤組の構成員でもある。「シン君の話だと、やばそうだから後藤のオヤジに連絡するって。俺達はとにかく隠れて連絡を待てだって。あと念の為に注意しながら様子を見て来いだって」「誰が見に行くんだよ!!」カネヒラが震えながら語気を強める。四人はそれぞれの顔を見あった。「いいよ。俺が行くよ」純はそう言いながらダウンジャケットと首のバンダナを外す。目立つ服装なので用心のためだ。
通りに出て現場に向いながらしばらく歩くと前方からガッシリした体格の中年の男が歩いて来るのが見えた。純は緊張しながら通り過ぎようとする。相手は怪訝そうに純を見ていたが、すれ違いざま「おい、お前さっきの族だろ」そう言いながら純に掴みかかろうとした。いつもの純ならこの厳つい体格の強面に絡まれれば間違いなく一目散に逃げただろう。しかし自分達をひき殺そうとした相手に純は激しい怒りを感じ自分でも思わぬ行動に出た。「ガツッ」純は相手にめがけて拳を繰り出した。相手はまさか十代のヤンキーが反撃して来るとは思わず一瞬ひるんだ。おそらくヤクザであろうこの男を見れば普通のヤンキーが反撃すること無いに決まっている。その心の隙を衝かれ男はたじろぐ。純は更に二度三度と拳を夢中で繰り出す。「てめー!マジで殺すぞ」相手は不意打ちから立直り、純にめがけて拳の猛ラッシュを浴びせる。とたん形勢は逆転した。所詮は純の敵う相手ではなかった。恐怖心が戦意にとって変わる。力で相手に屈服させられる時に感じる独特な感覚が純を満たし始める。恐怖に駆られ、目の前の苦痛を早く終わらせるために憎いはずの相手の慈悲に縋ろうとする卑小な自分。そんな自分を見た時に感じるあの自己嫌悪。純は惨めに上半身を丸め腕で顔を庇う。無抵抗になった純を羽交い絞めにしようと男が手を伸ばす。腕を掴まれた瞬間に純の理性が僅かに顔をもたげた。まずい!!このまま拉致されたらもっと状況は困難になる。純は最後の勇気を振り絞り、男の鼻頭にめがけて頭突きを繰り出す。額に相手の鼻の骨が砕ける感触を感じながら純は走り出す。来た方向とは逆に。皆の居場所に走るわけにはいかない。男が気勢を発しながら、追いかけて来る気配を背に感じながら細い路地へと逃げ込む。民家の垣根を無理やり掻き分けて庭を突っ切りブロック塀を乗り越え、隣のアパートに逃げ込んだとき純は救われた。鍵が掛かっていな自転車を見出したのである。純はその自転車に乗り、兎に角全力でペダルを漕いだ。
純は無事に隠れ場所に戻った。「純。口から血が出ているぞ」ヒロに指摘され自分の唇が切れていたのに気づいた。口の中も何箇所か切れていて血液、独特の不味い味がする。「ペッ」純は赤く染まった唾をはいた。
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