作品名:続 銀狼犯科帳A(ぎんろうはんかちょう)
作者:早乙女 純
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近くて遠い隣国との会談



           壱




 華麗なる日朝の饗応料理の中で、朝鮮側が絶品と、もてはやすのが菓子である。
 
日本の菓子は食前食後にもてなすが、やはり貴重な白砂糖を豊富につかうため風味が良く贈答として持って返ってしまう。
 
今夜の菓子だけでも十種類(葛巻(くずまき)・敷砂糖・大落雁(らくがん)・おべりやす・五(ご)花(か)糖(とう)・氷砂糖などの干菓子、蒸菓子、砂糖菓子の類、それと梨
・九年(くねん)母(ぼ)・水栗・榧(かや)実(のみ)などの果実類あわせて(十種類)
 
朝鮮国は甘味料に蜂密や水飴を用いるらしいが、琉球以南で採れる砂糖は珍しい。
 
これに水(みず)羊羹(ようかん)がいずれ戦列に加わり、使者の感激はひとしおである。 

 さらに今夜は場所をオランダ商館に近い石蔵屋を利用した。
南蛮風の丸テーブルに白い卓袱と椅子そして赤ワインと異色な取り合わせで使者の度肝と慰撫を願った。
 
天和三年(一六八三)朝鮮が和館住民にむけた規律条約である癸(き)亥(がい)約条がある。
(文春新書 倭館 田代和生から引用)

癸亥約条は次の四カ条からなる。

壱、「闌(らん)出(しゅつ)」という規定区域外への徘徊禁止。背けば死罪。

弐、のぼせ銀(密貿易資金)を授受する者は、双方とも死罪。

参、私貿易のとき、館内の部屋に潜入して密貿易を行う者は、双方とも死罪。

四、支給品の倭館搬入のとき、日本人は朝鮮の下役人らを殴打するな。違反した双方の犯罪人は、倭館の門外で処罰する。


という条文を石に彫りこみ倭館の守門のかたわらに立てられた。
 
ただ女性に関する約条は盛り込まれていない。
明治維新という倭館終焉の日まで抱え続けなければならない館守の悩みの種である。



「二人を渡してほしい」
趙珩(チョヒョン)はワインを口含んで定行を説得する。

「硬い話は後で。食事がまずくなりますぞ」
定行は余裕の笑みを浮かべて答弁をする。
通訳をかってでたい石蔵は慣れないハングを使って仲介する。

「もし二人が日本に来ており、貴国に渡したら、なんとするかな」
 定行は伺う視線を投げかけた。
「双方ともに死罪に処する」

「生憎(あいにく)、二人は船中で病没した」
「なら屍(しかばね)を見せてくれ給え」
定行は顔を横に振る。

「流行(はや)り病ゆえに他人に伝染する恐れあり、船上葬儀を簡単にし棺(ひつぎ)は海の底に消えたとの事」
「嘘を申すな」

「嘘ではない」
「ならば、なぜ対馬府中に停泊せず直接、長崎に逃げ込んだ。狭い対馬なら隠しようがないからではないか」

「これは異なこと申される。伝染病は取り返しつかぬ不治の病ゆえの処置をやむをえずしたまで。半井(なからい)清四郎は対馬藩士。この長崎にも対馬屋敷があり往来は至極当然。髻(もとどり)をわざわざ出身地の田代に近い長崎まで届けに参っただけの事」

「そうか男は半井清四郎という武士か」
「御意」
「ならば女の髻を渡して貰おう」

「食事後に」
「相分かった」
 西洋料理が出た後に口直しにチュオタンが出された。

「趙珩(チョヒョン)殿、やや辛いがおいしい汁でござる」
「長崎探題殿、これはチュオタンというドジョウ汁でございます。暑い夏や寒い冬に皆の者は好んで食べて元気つけまする」

「ほほうチュオタンと申されるか」
 定行に湯江の木賃宿で小六が作ったドジョウ汁の旨さが蘇った。
定行も安堵して食事が進み、副使・兪瑒(ユチョウ)から朱子学の講義も受け、お開きになった。
 
なごやかな空気の中で、
「長崎探題殿、我が朝鮮国から連れ去られて戻って来ていない者が数多いが、私が赴任した南原出身の朴(パク)平(ビョン)意(イ)なる者の消息は御存じないか?」

「むろん預かり知らぬ」
 と定行は顔を横に振る。



             弐





船宿「一柳」の引き戸を赤紐結びの女が叩く。
宿の奥から女将の迷惑そうな声で断られる。
「道に迷い夜分遅くなって長崎に着いた者でございます。何卒、今宵は泊らせて下さいませ」
 
赤紐結びの憐れな声に一柳の表の引き戸が少し明いた。
 渡世人が少し開いた隙間に入って来た。
 女将の悲鳴が上がる。
 
同時に一柳の引き戸が勢いよく土場に倒れる。
 渡世人二人が力強く蹴り倒したのだ。
 夜陰に三人の渡世人を先頭に上総が三人の側近を連れて乗り込んだ。

騒々しい響きと砂塵が合図となって、二階の若侍の二部屋の襖が勢い良く開いた。
 八人の侍は素早く廊下を渡り千代のいる襖を勢いよく開けた。
 千代は驚愕し身を竦(すく)めた。

「おい。二階がやけに静かだな」
 上総が自ら階段を昇り始める。
「千代と示現流の門下生の筒井小六の二人に手間どう様じゃ修行が足りんな。この上総が示現流免許皆伝の腕を見せてやるか」
 と階段を昇っていると肉を斬る鋭い音と侍が回転して落ちて来た。

「おお小六も、やるな」
 上総は階段で屍をかわして昇り着ると、新たに素浪人に上段の構えで一撃で切り殺されているのを目撃した。

「東郷藤兵衛!。なぜ貴奴がここに」
 二階は千代を囲む小六と大友そして東郷藤兵衛と呼ばれた浪人と若侍そして女旅芸人の仕込み刀が対峙していた。

「まずいな」
 上総を踵を返して階段を下りると、渡世人三人に懐(ふところ)から小判を渡す。
「残りは明日(みょう)後日(ごじつ)諫早の本陣宿で」
 
そう言って二階を見上げる。
 二階は大勢の刀が交わる音や斬られて襖に倒れ込む音で騒然となっていた。
「上総様、何かございましたか!」

「藤兵衛が二階にいる」
「まさか示現流道場の東郷藤兵衛」
上総は大きく頷く。

「それは好都合、我らにお任せを」
 上総は顔を横に振り、
「それには及ばぬ。油を撒き火をつけよ。証拠は何も残すでない」

「御意」
主水らが油に撒き火をつけると赤い炎は素早く油の上を走ってゆく。
 一階の土場が異様に明るくなり女将の横顔が悲しく照らされた。




             参




「殿、まずは一安心でございますな」
遠山が定行に耳打ちした。

趙珩(チョヒョン)は木箱の白い布をほどき、中から髻を取り出したが、通訳の石蔵屋に何かと抗議を始めた。
「今度はどうしたと云うのかい」

「船上葬儀をした割に髻が匂わない、と」
「おい、病没したのだぞ。あまり体に触れないだろうが」

石蔵屋は顔を横に振り、
「いえ船で死んだのが十日前ならば、二人の髻に香が染み込んでいるはず。なのに何も匂わないし、塩をかぶって変色した様子もない。まるで先程、切り落としたかのようだと」

「なるほど」
石蔵屋はさらに趙珩(チョヒョン)の言い分を聴く。

「船から十日前に棺を海に落としたなら、博多か下関、場合によったら出雲の松江の浜に打ち上げられているはず検分の許可を願いたいと」
定行はムッとし、低い唸り声をあげた。

「久松様、なんと返答すれば宜しいので」
「当地まで出向いての実地検分はならぬ、と申せ」
定行とそう語り石蔵屋もそう通訳するが、
「それでは帰国できぬ。手ぶらでは申し開きがたたぬ、と嘆いておりまする」

「それは出来ぬ相談だ、と言ってやれ」
「御冗談を」
「構わぬ」
 定行は微笑して開き直った。

趙珩(チョヒョン)の紅潮した顔が定行を睨んだ。
背後で半鐘の音が鳴り響いた。
定行は身がまえた。

鐘の響き方向が南の丸山辺りだったからだ。
「久松殿、遺体安置に協力してくれないのなら考えがある」
「なんでござるか」

「久松殿、我らのキョンガン商人と月六回の取引を望んでいるのは対馬の方で、我らは交易を停止しても構わぬ。誠意を示して頂きたい」
 定行は話を落ち着いて聞けない。

「胸騒ぎがする。あとは遠山と町奉行に任せる」
と定行は踵を返し、門の外に待たせていたカゴを無視して走り出した。

入れ違いに西町奉行の一向に出くわし、
「すまん馬を所望する」
と言い放つと、与力の馬を奪い馬上の人となった。

周囲は息を飲んで見守る。
町方には定行の役名を承知していたのは云うまでもない。

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