作品名:算盤小次郎の恋
作者:ゲン ヒデ
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その頃、商家の主人が、小次郎の屋敷を訪れる。殺された町人が勤めていた、両替商の主人である。
穏やかな顔をした、六十を超えた主人、
「うちの手代が、無惨にも殺されたとき、お宅のご子息様の証言で、切り捨てご免が、通らず、足軽は切腹し、親たちは何とか満足しておりまして、……」
「当たり前のことを、しただけまでだが」安藤は、謙虚に答えた。
「いえいえ、それが、当世なかなか出来ぬ事でして、……、今日お伺いしたのは、これをお礼として差し上げたく、参りました」
細長い布の包みに入った長算盤である。
「これは、あの手代に、店を継がせるときの引き出物として、小野の算盤作りの名人に頼んだ物ですが、届いた時には、あの者は、すでにこの世にはおりませなんだ。先月、母親が来たとき、渡そうとしたら、農家に、かような名品は、いりません。どうか、証言した若様に差し上げてください、と言われまして」
「小次郎、せっかくのご厚意だが、もらうか?」
小次郎は、こっくりと頭を下げた。
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