作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
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――話を教室の三人へと戻そう。
下敷きで涼む亜由美に
「やっぱり、暑いものは暑いですよね?」
と、したり顔で言うのは真人である。
「え、まぁ、それはそうなんだけど・・・・」
亜由美はそう言って下敷きを舞に返すと
「涼むのはこれくらいにして、会議を始めましょっか」
ポン、と手を合わす。真人は逃げたなと、流し目を彼女に送ったがそれは簡単に無視されて。
さて、定期会議では、いつもの如くそれぞれの持ち場の現状報告がなされる。まぁ、要するに校内に異常がないか、見回りの結果を報告し合うのである。
大抵いつもは異常無しで終わるこの報告であったが、時折そうではない時もある。
今回は真人が幾分真剣な面持ちで口を開いた。
「プールの黒い魚の噂は聞いていると思うんですが・・・・」
と、その言葉に、残りの二人も同じタイミングで頷く。亜由美は噂だけだったが、舞にいたっては現場に居合わせ、友人が被害に遭っている。
「誰かがプールに鯉でも放したんだろうと言う事らしいです――」
そこで真人は言葉を区切って二人を見比べると
「実は生物の常盤先生に同行して、その謎の魚の捕獲作戦に参加してきました」
と、とんでもない事を話し出した。
「あぁ・・・・、その話なら聞いた事あるわ。先週の土曜日でしょう?」
亜由美は後輩の事後報告に若干眉を寄せながら合いの手を入れる。彼女の危惧と言うかいつもの通り、真人は実際にやった事をかなり縮小して話していたりする。
一週間前、生物教師の常磐によって捕獲作戦は確かに行われたが、真人はそれに便乗して『人面魚』の捕獲・観察ツアーを同時決行したのであった。――もちろん、これはここでは言えない彼の副業(!)なのである。
「で? どうなったの、それ?」
その問いに、真人は事の結末を知っている者のみができる笑みを浮かべて答える(亜由美には何となく見当はついていたりするが)。
「何もいませんでした」
「ウソ――!」
すぐさま舞が口走る。実際に妖気を感じ、目撃もしたた彼女から言わせれば、真人の言葉が正しいはずはない。
真人は舞の言葉に頷いてこう続けた。
「多分、この騒動に驚いた首謀者が慌てて魚を回収したんじゃないかな? 実際魚がいたって僕の友人も言ってるし、それは間違いないと思うんだけど・・・・、土曜日の時点でそれはいなかったんだよ」
「なるほどね。まぁ、一部では人面魚じゃないかと騒いでた生徒もいるみたいだけど――」
と、亜由美は意味深な発言を真人にぶつける。
そもそもどうしてプールに人面魚なんかがいるのか?
「まぁ、それは調べてみないと分かりませんからね〜」
「ふ〜ん。それで真人くんが?」
「それはもう――、って、先輩!」
「また変なイベントやったでしょ」
「はは・・・・、バレてました?」
「アンタねぇ・・・・、馬っ鹿じゃない」
とは、呆れる舞の言葉。最近諦め気味の亜由美に変わって、舞の一言は相変わらずキツかったりする。
「・・・・にしても、魚は回収されたと言う事で解決したんじゃないの?」
と、亜由美は再び訊ねた。が、真人はギュッと表情を引き締めてそれに答える。
「それがそうでもないらしいんです」
「――また出たの?」
「そうなんです」
真人は二日前にまた魚(の影)が目撃された事を発表した。そして、彼は人差し指を立てると、
「しかも今度のはオマケ付きです」
と、いやに自信に満ちた顔を見せる。――どうも真人と話していると、オカルト事件をホイホイ追っかけている三流記者(そんな人物に会った事はないが)とでも話しているような気分になってきてしまう。亜由美はその事を何度か指摘してはみたのだが、全く効果はないらしい。
「オマケって何よ?」
と、進行役の亜由美が黙っているので、舞が聞いた。
「いや、これは噂なんだけど、あの魚は排水溝から出入りしているんじゃないかと――」
「えっ?」
真人はドキリとするような事を言う。
「もしそうだとしたら、神出鬼没なのも頷けるだろ?」
確かにそうだった。しかし、果たしてあの魚が排水溝の格子の奥に入り込めるのだろうか?
その事を口にすると、真人は苦笑いを見せる。
「大きさがはっきり分かったわけじゃないから、その可能性もない事はないと思うんだ」
「まさか――」
普通、そんな事は考えられない。その舞の思考を読み取ってか、真人はウインクして
「それにもし、ウチで扱うような事件なら、無意味な常識は通用しないぜ・・・・!」
と、付け加えた。
「・・・・それはそうだけど」
唇を尖がらせる舞。ひとまず彼女は亜由美の意見を伺おうとする。
「あれ、剣野。お前何か知ってるのか?」
その、いつもとは明らかに違う中途半端な彼女の反応に、真人が首を傾ける。亜由美も同様の感を持ったようで、そうなの? と、逆に視線で訊ねてきた。
もちろん隠すつもりなど毛頭なかったし、ただ、話すタイミングが得られなかっただけなのだが、舞はバツの悪そうに口を開いた。
「その魚、体育の授業中にアタシも見たンです」
「えっ、ホントか?」
すぐに真人が羨ましがる。「お前、そう言う事は早く言えよな〜」
「・・・・。最初、アタシの友達が気付いたんだけど、みんな気味悪がって――」
「――田舎に行けば魚と泳ぐなんて日常茶飯事だけど」
「あたしが言いたいのはそんな事じゃなくて!」
呑気な真人の、彼らしい発言に少々怒ってから
「――その時に妖気を感じたのヨ!」
と、舞は緊張した面持ちで言う。
「それ本当?」
「あ、ハイ。一瞬でしたケド、確かに・・・・」
舞は間髪入れず入った亜由美の問いに答える。そして、その答えが彼女の心を決めた。
「やっぱり調べてみる必要がありそうね」
「やっぱりって、先輩、動くんですね?」
「舞が妖気を感じたのなら、まず間違いなくウチの仕事でしょう。――それとも何、私たちが動くとまずい事でも?」
「嫌だな〜先輩。勘弁して下さいよ〜」
そう言って、真人は空疎な笑いを浮かべた。やぶ蛇である。
「まぁ、そう言う事にしておきましょう」
亜由美はたっぷりと目で威圧しておいて(!)
「それはそうと人面魚の事なんだけど、詳しい資料を集めておいてくれないかしら?」
と、畏まる真人に言う。そして彼女は、舞へ再びその真剣な視線を戻す。
「舞は私と一緒に――」
「あ、アノ、すみません。プールはちょっと・・・・」
赤くなりながら、舞は亜由美の言葉を先に遮った。
「――?」
「あたし、その・・・・、水関係はチョット駄目なんです」
舞は、それは気まずそうに下を向く。真人に弱みを見せるのは嫌だったが、こればっかりは仕方ない。亜由美も、すぐにその『理由』に思い至ったようで
「そうだったわね――」
と、とりあえず腕を組んで思案する。すると、真人がいつもの外れた調子で口を開いた。舞はてっきりからかわれるのかと思ったのだが、彼の口から飛び出したのは予想とは全く正反対の言葉であった。
「プールには僕が行きますよ」
その時、舞は思わず真人の顔をきっかり三秒は見つめてしまった。彼は、その視線をやや照れ気味に受け止め、こう続けた。
「ただ・・・・、僕じゃ妖気の事は分かんないんで、一ノ瀬先輩に一緒に来てもらいたいんですけど――。人面魚の資料の方は適当に物件を持ってきておきますんで、二人で調べてくれませんか?」
――それはおよそ真人の口から出たものとは思えない程、頼もしい言葉であった。
「――? あの、どうかしました?」
「うぅん、何でも・・・・」
そう首を横に振りながらも、亜由美なんかは目の前にいるのが本当に真人なのかと、今も疑っているくらいである。
「・・・・ありがと・・・・」
舞は真人の思わぬ好意に、少々ぶっきらぼうに礼を言う。が、はっきり言って、今のはポイントが(何の?)高かったりする。
「いいって事」
真人はあくまでさり気ない。それで舞は初めて彼の事を見直してしまった・・・・。
後輩二人の微妙な距離の修正に、何だかおいてけぼりを食らっていた亜由美だが、そこはすぐに気を取り直すと
「じゃ、そう言う事でいくわよ」
と、進行役らしく話をまとめる。
「あ、先パ〜イ」
「何?」
「一ノ瀬先輩なんですけど――」
「あぁ、先輩なら私からお願いしておくけど? 真人くんは資料の方、頼んだわよ」
「分かりました」
「忘れないでヨ」
と、突っ込む舞。
「分かってるよ」
と、真人が苦笑する。
この後――それぞれの行動を更に細かく決め、次の会議の日時を決めると、会議は終了した。
それにしても、プールで起きた奇妙な事件に、舞の胸はまた嫌な予感を疼かせていた・・・・。
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