作品名:妄想ヒーロー
作者:佐藤イタル
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「おい、テンジ。前向け、センコー来るぞ」
体ごと後ろを向きながら昔の様々な出来事を思い出していた僕を、井上君がぐい、と前
に戻した。
慌てて教科書を机の中からひっぱりだして、教室のドアを見ると、確かに生徒からの評判と顔の作りが非常に悪い男性教師が、建てつけの悪い僕たちの教室のドアを一生懸命になってこじ開けようとしている最中だった。
雑談をやめて授業前の予習復習する振りをしているクラスメイトも、そちらを見ていた。心なしか、笑い声も混じっている気がする。

フと、ツキコちゃんの方を見ると――――……驚いた……! 彼女も、絵を描くんだ……!
机に広げたスケッチブックには滑らかな鉛筆の線で、僕と井上君が明確描かれていた。
それが僕らだとわかるくらい、彼女の絵は才能に溢れていたのだ。
眉間に皺を寄せた僕と、それに呆れて頬杖をついている井上君。知らない間に、見られていたようだ。
それが気恥ずかしかったり、同じ趣味を持っていることが嬉しかったりして有頂天になりつつ、体力測定にうんうんと悩んでいた僕の憂鬱の曇り空は、ちょっとだけ快晴に近づいたのである。

つまり、だ。色々と言ってきたが、体力測定は僕が運動能力ゼロだということを、改めて知らされるという――言わば拷問に近い嫌味な行事なのだ。
恥をかけ! と誰かに言われているような気持ちになる。それは同時に、ツキコちゃんは、所詮僕なんかには不似合いだと思い知らされているようだった。
だからこそ、ぼくは体力測定が嫌いだったのだが……。
ガタン! と、ドアはいつもの音を立てて開いた。厳つい肩を揺らしながらドスドスと教室内へ、進化途中の大猿が入ってくる。

この教師の授業は、はっきり言って嫌いだった。
大体は女子にばっかり指名しているから、スケベ心が丸出しだった。
もちろんツキコちゃんにも指名するというのが気に喰わない。僕はヤツこそが身近な一番の悪だと信じて疑っていない。
こんな猿の退屈な授業の間は、感性を磨くに限るんだ。そうだな、今日は……

――――僕が本当にヒーローだったら?

先程の井上君と同じ様に、頬杖を突きながら教科書をめくる。一応は生徒会長の身。真面目に授業を受ける振りだけでもしなければ。

例えば、だ。この学校が、悪の手に支配されたとする。抽象的よりも具体的な方がいいな。誰がいいだろう。
よし、今教卓でベラベラと喋っているあいつは、悪と呼ぶに相応しい。奴でいこう。
あまり緊張感が無いのは僕のポリシーに反するので、仕様が無く「奴」ではなく猿渡という本名で呼ぶことにする。


事の起こりはやっぱり誘拐からだろう。
「大変だ、テンジ! 高瀬が……高瀬が猿渡の手下に攫われたぞ!」
「何だって!」
井上君が血相を変えて教室に飛び込んできた時、僕は教室で一人、本を読んでいた。
予想は的中した。……因みに高瀬というのは、ツキコちゃんの名字だ。
現実では僕の威厳の無さの所為で、私語の注意すら聞いてくれない僕のクラスメイト達だが、想像の中ではそうはさせるものか。

あらかじめ危機を予測していた僕は、生徒会長である権力を振りかざし、校舎三階中にいた井上君以外の生徒をグラウンドに非難させていた。
あんなに素直に聞いてくれるクラスメイト達。現実世界では一生目に入れることは出来ないと断言できる。それを痛感してちょっと目が潤んだ。気がした。

「廊下を歩いてた高瀬を、手下が抱えて屋上へ逃げやがったんだ。チッ、あいつ鍵までかけやがった」
僕はそれを聞いて頷くと、読んでいた本を閉じ教室を出た。そして井上君も僕を追って教室を飛び出した。




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