作品名:奇妙戦歴〜文化祭〜
作者:光夜
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「お、終わった」
教室にたくさんの生徒がいる中銀の声だけが聞こえた。皆自分達の偉業を前にして歓喜に心を躍らせている。かねてからチャンバラのイベントと平行していた喫茶店が見事に完成したのだ。教室後方の入り口には看板、前方近くに会計と出口、教室内には十数人が座れるであろう机をくっ付けてクロスを被せた長いテーブルが数台置かれていた、椅子もここの生徒たちのを使っているので他の教室のように別な所へ持っていく無駄な作業を必要としなかった。銀は振り返ると
「やったぞー!」
歓喜の声を上げた。それに乗るように皆も喜んだ。
「やっと出来たわね、協力したかいがあったってものよ」
薫も嬉しそうに言った。
「後はゴミの片付けと材料の購入だけだね」
と、銀が教室の隅のほうで集まっている五人に気がつき笑顔のままそちらへ歩いた。ローゼンを除く四人は幾分疲れが見えているようだ。
「どうしたんだい斑鳩君達?元気が無いよ」
シンは銀に話し掛けられても目を向けるだけで何も言わず机に顎をつけている。代わりに孝太が銀に向いた。
「あのな、なんで俺らまでが喫茶店の手伝いをしないといけないのか、結局ステージの方と合わせて五人は全部に関わった事となる、班別の意味を答えてくれ。斑鳩はそう聞きたいんだってよ」
銀はそうなのかいとシンに目を向けると頷く代わりに目を瞑った。
「はあ、見事な意思疎通は認めるけど、仕方ないよ君ら暇そうだったからね、ステージだって移動と看板、チラシ作りだけで既に終わっているし、手が空いているなら手伝ってもらわないと、協力、協力」
銀の言う事も一理ある、もう終わってしまった事をどうこう言うつもりも無いので孝太は息を吐いた。
「まあ、いいか。結局文句を言いながらも手伝ったんだ俺たちは、今更ブツブツ言っても仕方が無いな」
孝太は肩をすくめるポーズをする、すると様子を見ていたローゼンが
「でも、ブツブツ言っていたのは藤原君だけでは?」
なんて突っ込んできた。
孝太は四人に振り返るとローゼン以外の三人は頷いた。
「・・・・・・お前等、何なんだよ」
もうどうしようもないので孝太は天を仰いだ。
すると廊下の方で何かが動くのを見つけローゼンが横目で見た。
もしや敵か、なんて事は無く、一人の男子生徒が中の様子を見ている、大方別なクラスの偵察だろう。
確かに文化祭二日前で教室の準備が終わるなんてことはまず有り得ない事だ、しかも二つも出し物をするのに、この奇跡を目の当たりにして別なクラスはどう思うだろう。男子生徒が入り口から見えなくなると小さな声が聞こえて来た。いや、普通の人間なら聞こえないだろうがシンとローゼンなら別だろう。
「おい、やべえよ!もうこのクラス作り終わってんじゃん、うちらどうよ」
慌てた様子の声。
「いや無理だって、絶対前日まで残ってやる事になるぜっ」
このクラスの状況と自分達のクラスの状況を比べて更に慌てているようだ。急いで追い込みしようぜと二人は帰っていった。大体教室間の状態を見て生徒たちのやる気を上げる、相乗効果という奴はいい結果を生むことが多い。
「他の所は大変そうだな」
シンは体を起してローゼンを見た。
「そのようですね、私もこれほど簡単に準備できるとは思いませんでした、計画の早さが幸を相したようですね」
まるで解り切っていたような口振り、シンは少し質問をした。
「まさかお前、こうなるって知っていたんじゃ」
だとするととんでもない知能犯だ、自分の思った通りに人を動かしていたなんてまるでゲームのプレイヤーか審判のようだ、いいように動かされたのなら彼も黙っては居ないだろう。
「まさか、過剰評価ですよ斑鳩君。ここまで早くできたのは皆さんの協力があってこその結果ですよ、僕はただ背中を押してあげただけで」
背中、どこら辺の事だろうかとローゼンに訊き返す。
「イベント決めのときですよ、皆さん今一歩踏み進めないようでしたからね、ですから僕は喫茶店と平行して学校のシステムと一緒に出し物を増やすようにけしかけただけです」
シンは出し物決めの光景を思い出す、確かにあのくすぶった雰囲気の中ローゼンの意見が出たとたん次々と事が決められていった。
唯の意見は思った通りなのか知れないがシンは長引く話し合いにけりをつけたローゼンを関心・・・しようと思ったら少し気になる単語を思い出した。首をかしげた後ローゼンを見ようとしたら何所へ行くのか立ち上がろうとしている。
「まて、ローゼン」
ぴたりとシンに一言で立ち上がろうとする格好でローゼンは止まった。
「どうされました?」
いつもの笑顔で答える。
「おまえ、背中を押す代償として何かを差し出したろう、間接的に・・・・例えば俺と孝太」
シンの鋭い言葉におやおやと言いながら立ち上がる。
「ですから、生贄ですよ、事を済ませるにはそれなりの代価が必要ですから、丁度水野さんが上手い事運んでくれましたけど」
悪気のない顔でローゼンは言った。
別に咎めようとか、懲らしめようとか、そんなことは考えていない。ただあまりいい気分ではないだけで。
「では」
と、それだけ言って何所かへ行ってしまった。もう戻ってこないことは解っている、最近途中で帰ることが多いからだ。そんな様子をシン意外にも見ていた物がいた。
「頭良いんだねローゼン君、全部思い通りだったし」
葵だ。
隣で様子を見ていた葵に痛いところを突かれシンは頭を抱えた。
「ねえそれよりもシン君。あれ、どう思う」
頭を抱えたシンの肩を突いて呼んだ。
「ん、どうした?あれって?」
葵が指をさす方向には孝太と唯が銀と、いつの間に来たのか薫と何か話していた。
「別におかしな所は見受けられないな」
そこには楽しく話している四人意外おかしな所は見られなかった。挙動不審はもとより気分が悪そうな顔も無い。
「もう、鈍いなシン君」
いきなり鈍いと言われてシンは言葉を詰まらせた。
「じゃあ、何が・・・」
葵は指している指を降ろすとシンに耳打ちした。
「唯だよ、唯」
耳を離しシンは唯を見た。けれどもそこには楽しく孝太と談笑する唯が居るだけだった。
「水野、がどうしたんだ?」
葵の方を見るとまだ分からないのという顔をされた。
「うう、そう言う目で見ないでくれ葵」
痛い視線を真正面で受けて冷や汗が出そうになった。好きな相手にそんな顔をさせてしまっては男として示しがつかなそうで困る。
「私が言いたいのは、唯は変わったよね、てこと」
視線を唯に戻した葵はそう言った。シンはそうかと首をかしげる。
「そうだよ、この間孝太と病院から帰ってきた時から何かいつもと孝太を見る目が違うの、もしかして二人とも倉庫に閉じ込められた時に何かあったのかも」
葵は自分の事のように嬉しく笑った。
ああなるほど、とシンも納得して孝太を見た、いつもと変わらないまでも本人達との間は何かが変わったのだろう。確かにいつもより二人は楽しそうだ、それは何よりの証拠なのかもしれない。
「・・・・」
その様子を黙ってみていると担任の教師がやってきた。一応席も机も在るので全員が好きな所に座った。
「今日は掃除と喫茶店員の係りを残りの時間で決めたいと思うが司会に任せるとしよう」
そう言って教卓から離れ、椅子を持って教室の端に座った。
つくづくいい加減な先生だ。
「じゃあ後はこの二人の進行という事で・・・・」
司会の二人が前に出ると早速始まった。
「まずは喫茶店の店員を決めるところから、ステージ係りの五人は外すとして・・・あれ、ローゼンは?」
司会がシン達のいる所を確認するとローゼンがいない事に気がついたようだ。他の所にも座っていないという事は教室にはいないと言うこと。
「ああ、あいつなら用があるって先に帰ったぜ」
孝太が代表してローゼンの事を伝えると司会も気にする事無く流した。実は孝太もローゼンが出て行くのを見ていたようだ。
「じゃあ彼には喫茶店の仮店員という事で書き込みを」
隣でノートを広げているもう一人に言うと素早く記入する。
「仮店員ね、人手が足りなくなったら呼ばれるんだろうが、あいつがそう簡単に動くか?」
孝太は黒板から目をシンに向けた。
「思わない、上手く誤魔化して逃げるな」
横で聞いていた葵と唯も頷く。
「ところで葵、記月記はどうした?」
シンは今日の朝から見当たらない記月記―――キックンの事を捜した。
「キックンなら部室だよ、流石に教室に連れてくると皆驚くし」
それもそうだなとシンは納得した。今ごろキックンは一人で暇を潰しているだろうと考えた。
「それじゃあ店員、やりたい人」
司会がいよいよ店員決めを始めた。しばらく教室を見回すと静かに手を上げた二人が目に入った。
「よし、居た。青山と進藤の二人」
気が変わらない内にノートに名前が書き込まれた。
「また、行き当たりバッタリなコンビか」
孝太が皮肉を言うと銀が振り向いた。
「ははは、アルバイトの経験が無い僕としては一度こう言うことをしてみたくてね」
いつも部活で忙しい銀はアルバイトの経験が無いようだ、文化祭なら授業の一環で店員が出来るとあっては銀も出たがるだろう。
「進藤もか?」
孝太は隣で未だ手を上げている薫に聞いた。
「まあね、こう言う行事でもないと働けないし」
孝太はふ〜んと二人を見た。
「で、本音は」
「薫のウェイトレス姿が見たいから」
銀はさらりと言うと後から薫に殴られた。
「―――――あんた、なんて事言うのよ!」
薫は立ち上がりながら拳で銀を殴った。
「痛いな〜、だって一度見てみたかったから薫と店員をやろうって誘ったんだよ、絶対薫なら似合いそうだし」
銀の本音に教室からおお〜と歓声が飛んだ。薫も煽られて更に怒っているようだ。
「あんたね、そんな理由ならあたし店員やめるわよっ!」
薫は大声で言うが―――――
「それは無理です、もう決まっちゃいました」
と、司会が言った。
「やった〜」
銀も嬉しそうに言った。
「なっ!・・・・」
薫は取り返しのつかないことをしたと後悔しながら座った。でもまあ、似合うと思うが。
「さて、他にはいませんか、店員」
だが銀と薫を皮切りに誰も手を上げる事は無かった。
「まずいな、最低でもレジと案内、調理人、注文、十人は必要だ」
司会が唸っているとそうだと隣に居た書記の頭に電球が光ると言う異常現象が起こった。
「こうなったらローゼンも店員をしてもらおう、結構女性客が入るかも」
教室からおお〜とまた声が上がった。
「さあ、これで店員は三人、ローゼンの犠牲を無駄にしないためにもう一声」
司会はとんでもない事をさらりと言った。情報集めで歩き回っているであろうローゼンに端で座っている四人は手を合わせた。その後間もなくして足りるだけの人数が集まり何とか店員は揃った。
「後は掃除だけなので全員でやろう」
そう言うと全員立ち上がった。箒を片手に教室と廊下を念入りに掃除する事四十分、明日からでも始められそうなほど教室は見違えるほど綺麗になった。
「よし、今日はここまで、部活のあるものは残るように」
お決まりの挨拶を済ませた四人は部室へと歩いた、途中銀と薫がもめているのを無視して。
「姐さ〜ん!」
開口一番、入り口に先に入った葵にキックンが飛びついた。
「わっ、どうしたのキックン?」
いきなりの事に一応キャッチした葵も驚いている。
「寂しかったんですよ、昨日から誰もいなくて今日も一人で、自分は捨てられたのかと思いました」
大げさに言って葵に擦り寄ってきた。
「大丈夫だよ、そんな事しないから」
よしよしとキックンの頭を撫でた。
「あっ・・・」
その抱かれているキックンの後首を掴んでひょいと持ち上げるのはシンだった。くるりと回転させて自分の目と合わせた。
「だったらメス熊のぬいぐるみでも持ってきてやろうか、そうすれば寂しくはないだろう」
皮肉を口にするとキックンがありもしない怒りマークを頭に出した。
「やかましい、お前は好かんと言っただろうが、早く下ろせコノヤロー!」
そう言いながら手足をばたつかせる、シンが腕を伸ばすのでもちろん当たらない。
「はあ、やかましい・・・」
息を漏らしてキックンを葵に返した。再び腕に抱かれているキックンはまだ怒っている。
「ま、斑鳩の気持ちも解らないでもないがな」
後から孝太が歩いてきた、唯も同じように孝太の隣にいる。
「何がだ?」
シンは孝太の言う事が良く解らず聞き返した。
「そうだよね、焼餅は若い証拠って言うけど」
唯が孝太の代わりに言った。シンは椅子を倒して立ち上がると
「なっ、だ、誰が誰に焼餅をっ・・・・!」
動揺しているのか回らない声で叫んだ。
「ははは、落ち着けよ斑鳩、慌てると墓穴だぞ」
孝太が楽しそうにに言うとシンは言葉を詰まらせた。
「・・・何か、調子が狂うな」
倒れた椅子をなおして座った。
「そっか、シン君焼餅焼いてくれたんだ」
葵も現状を把握しながらシンの隣に座った。
「いや、俺は、ただ・・・」
言葉が続かず黙ってしまった。
「いいから、いいから、ありがとう」
いきなりお礼を言われてシンの思考が止まった。焼餅を焼いてくれてありがとう、未だかつてこんな言葉を耳にしたことがないシンはしばし笑顔の葵に見入った。胸元をキックンに殴られているのを無視して。
「はいはい、ごちそうさま」
孝太と唯が肩をすくめた。
「で、これからどうしようか」
部室でのこれからを唯は孝太に訊いた。あちらの二人と一体は未だ時が止まったままだ。
「そうだな、文化祭も準備も終わったし・・・ん、ステージ置いた、看板掛けた、広告貼った…………………おいおい、唯、まだしていないことがあったぞ」
指折り数えていた孝太が気がついたように言った。
「え、何か足りなかったっけ?」
唯は首を傾げた。止まっていた二人と一体もそちらを向く。
「参加者を募集していないぜ俺たち」
この一言に三人はあっと声を上げた。状況が解らないキックンは葵の腕の中でクエスチョンマークを浮かべた。
「そうだった、あれだけ大きくに宣伝しておいていまだに参加者募集が行われていないのは不自然だ」
シンも自分達のミスに声を上げた。
「今から募集するのも良いけどどうやってやるの、それに参加人数だって限られているんだよ、一般のお客さんだって参加するんだし」
困った顔で慌てる唯を孝太は肩を掴んで止めた。
「まあ、そう慌てんな、一応お前が責任者なんだから、困っている事を一緒に解決するのが仲間だろ」
たまに真面目に戻る孝太の言葉は説得力のあるもので唯も少し落ち着いた様子で頷いた。
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