作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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 「どこへ逃げる気だ。目的の部屋はここだろう」
 まさか、初日から出てくるとは思いも寄らなかった。それとも、あのいかれた人格が磁石みたいに引き寄せたって事じゃないだろうな。いずれにしても、この場で奴を消滅させる必要がある。
 誰とも知らない黒い影は、俺と視線が合うなり飛ぶような、または滑るような仕草とスピードで来た道を戻った。目的の部屋はここだ、ここを守っている限り奴は入って来れないだろうが、それだとこっちも動けねぇ。
 俺は、何とはなしに爺さんから貰った札を取り出した。結界用なんてのたまっていたが、正直怪しい。だが、使わないで後悔するのは、おれ自身も御免だ。俺はその札を横山の病室の扉に貼り付けた。
 するとどうだろうか、なんだってあんな爺さんが作った札に、妙な気配を感じるんだ。結界っていうよりも、完全に空間を整形しやがったぞこの札。
 「入れない以前の問題だ。ここには横山の病室が、無いことになる」
 結界という意味合いは間違えていないが、効果が違いすぎる。これでも寺の子供だ、ある程度の知識はあるが・・・・・だが、これは破格過ぎるだろう。入れなければいいというのが俺の理想だが、それを超えて余りある。
 「何にしても、これで俺も自由行動が出来るってわけか」
 爺さんには、礼を言うのは何か負けた気がするな・・・・血圧下げる飴でも買って帰るか、さっき売店で売っていたし。
 「まあいい、遊びに付き合っている暇はないんだ。鬼ごっこの始まりと行こうじゃねぇか、死に損ない!」
 俺は、逃げ出した黒い影を捕まえるが如くの足で駆け出した。どの道ここからエレベーターまでは一本道だ。寝ていてでもすぐに追いつくだろう。
 「案の定というか、捻りもないな」
 エレベータなど使えないそいつは、ホールで立ち往生していた。だとしても、あっちも俺が見える程度の人間としか思っていないだろう。基本的に互いには不干渉な存在だからな。なら、それはそれで好都合だ。
 「俺をそこらへんの人間と、同じだと思う時点で、油断だ」
 悪癖、というべきだろうか。いずれにしても、俺には自分が持っている可能性で納得できないものがある。それが、あっちの俺が持っていた妙な能力というか、道具というか、そういうものだ。
 俺が二回三回と、手のひらを閉じたり開いたりしたあと、適当な力加減をすると同時に、あの黒い球体がビー玉サイズで現れた。俺とあいつが会話できる機会は、早々ない。元々向こうが出てこないことには俺には会話することが出来ないからだ。だがただの会話じゃなく、イメージの中での会話ともなると話が違う。この場合、俺とあいつはイメージではあるが、ある一定の外的要因を受けたときに触れられるまでにイメージが構築されるらしい。
 つまり、横山の病室の扉を触ったことで、このマイナスの塊のような記憶の一部が俺に流れ込み、向こうがイメージないで肉体を持った。というのが正しいのだろうか。
 明なら、このくらいの説明はもっと簡潔にしてくれるだろうな。ともかくそういう事だ。んで、ここからが俺と向こうの悪癖、要は片方が片方を負かすことで、その得意な部分を借りられる、らしい。らしいばかりなのは仕方がないが、そうなのだ。現に俺は、普段は使うことの出来ないあいつの武器をこうして使っている。これが何なのか、明にもわからないらしい。
 「いずれにしろ、使えるものは棒でも使う」
 俺の目が標的の姿を固定する。きついのが来ると察したか、黒い影は息を呑む雰囲気をみせて身構えた。
 「吹き飛べ」
 手首のスナップを利かせ、ビー玉サイズの黒い塊を投げつけた。以前にも使用したことがあるが、この塊は『記憶』の連中にはだいぶ迷惑な代物らしい。どういう理屈かは、本当にわからないが、あえて言うならば―――――

 〈―――――っ〉

 低いうめき声。だが空気の振動によって耳に聞こえたものではなく、なにか脳に直接響いてきた叫び声だった。俺の黒い塊は、向かって右側、黒い影の左上に命中し、その腕を完全に消滅させた。『記憶』は、その一つで一人の記憶を形成している。故に、分裂した場合、分裂した部分は消滅する。それは考えなくても明白だった。繋がってひとつ、分かれれば消える。それだけだ。
 だがデメリットも、俺の攻撃にはある。二発目をかますのに時間が掛かるという事だ。偶然だろうが、黒い影は腕を取られたことも気にしないで壁の中に消えていった。
 「くそっ、物は触れねぇくせに通過は出来るってのは反則だろう・・・」
 この向こう側は今来た道を戻ってぐるりと回る必要がある。だがそんな遠回りをしていたらどこかへ行っちまう。どこへ行く気だ、どこ―――――ああ?
 気配。それは人ならざる者の何かメインが抜けた空っぽの気配。今しがた俺の目の前で揺れていた、そう黒い影の気配。真後ろだった。
 「・・・・・馬鹿にしてんのか」
 あの黒い影は、壁の中に入り込んだあと、俺の後ろに回って再び姿を現した。なまじ人型だけに、なんだか腹がたつ。俺を出し抜いたつもりか、無貌の影は一瞥したように、横山の病室に向かった。
 「・・・・まあ、無駄だがな」
 どうせ影はあの部屋の前で立ち往生するのが関の山だろう。ならば好きなだけ走らせてやろう。俺は歩いてもあいつには追いつける。さて、如何様にして消すかだが・・・・・・精神に余裕があると、余計なことを考えるようになっちまう。
 あの影は、誰だ?何が目的で、横山を狙う。今回の骨壷の窃盗と、何か関係があるのだろうか。
 「いるのは解っていたが、無様すぎる」
 横山の病室の前、片腕を失いバランス悪くふらふらと動き回る影。俺の視界には札の貼られた扉が見える。だが、影は、まるで見えていないようにその辺りを行ったり来たりしてるばかりだった。
 その実、あの影にはあの部屋の扉が見えていない。爺さんの札は、どういうわけか効果的過ぎた。結界というのは、札を貼った場所から特定の範囲内で壁を作るようなものだが、あの札には『空間隔離』が付属されていた。つまるところ、あの札を貼ったが故に、実体を持たない『記憶』にはそこが部屋の入り口だと認識できない。空間を隔離しているからな。
 「んで、どうする?」

 〈―――――っ〉

 俺が追いついたことに驚愕したのか、影は身の危険を感じて、部屋の前から反対側へと逃げ出した。向こうは―――――わからない、だが緑のランプが『非常階段』と表示している。ならば、たぶん階段しかないのかもしれない。
 「上、か」
 影は、一目散という表現が似合うほど、上を目指して移動していった。連中は元々残された部分、その本能というよりも帰巣本能は上へと向かう。物を考えないのは馬鹿というらしいが、何とかと馬鹿は高いところが好きらしいからな。
 屋上へと続く階段、その扉を思い切り蹴り飛ばし、鍵ごと破壊した。
 「風が、強いな」
 入り口を見つけた風は、襲い掛かるように建物内へと吹き込んだ。一瞬の間の後、俺は屋上へと足を踏み入れた。ご丁寧にも待っていたのだろう、影は世闇に隠れるように、たたずんでいた。

 〈なぜ、邪魔をする―――――〉

 そうして、一言俺に問いかけた。
 「邪魔はしていない。罪のない人間にたかる虫を追い払うだけだ」

 〈それが、邪魔だ―――――〉

 口の達者な奴だ。にしても、不可解だ。昨日学校で出くわした横山の父親といい、この影といい。何でこいつらは会話が出来るんだ。
 「俺からの質問は一つだ。横山を狙う理由を言え」
 ヨコヤマ、その単語に影は揺れた。そして長い間が空いた後、搾り出すように影は言った。

 〈憎い、ヨコヤマ―――――私を置いて、行った〉

 「置いて行った?」
 不可解だった。言動が理解できなかった。置いていかれたというのは、誰かという第三者が、自身と言う存在を蔑ろにされた場合に適用される。だが果たして、横山 咲にこの俺よりも長身な野太い声の人間と面識があっただろうか?
 いや、待てよ、だとするとそれは―――――

 〈憎い、憎い憎い!―――――〉

 俺の質問が引き金だったかのように、影は一層念のこもった声を荒げ始めた。同時に、残った腕がゴムのように、俺に伸ばされ首を掴まれた。その変化に気づくのが遅かった俺は、油断してしまった。
 「ぐっ・・・・・」

 〈憎い、憎い、憎い・・・・・〉

 その言語しか口に出来ないかのように、影は何度も呟いていた。その度に俺の首に絡みついた指に力が込められていく。このままだと、窒息か骨を折られて、確実に殺される。
 「・・・・・誰が、憎いんだ」
 搾り出すように、俺は影に問いただした。だが、相も変わらずヨコヤマと呟くだけだった。

 〈邪魔だ、邪魔だ、邪魔だっ!―――――死ね〉

 「がっああああああああっ・・・・・・・・」
 呼吸が止まりそうになる、意識が朦朧とする、骨が折れそうだ、体液が口から漏れ続ける、だらしない声が耳障りだ。大人しくしていれば、いい気になりやがって。

 〈死ね、死ね、死ね、死ね―――――〉

 「ああああああああああああっ――――――――――なんてな」

 〈―――――っ!?〉

 苦しい声から一転、俺は相手を小馬鹿にするように口元を歪めた。その顔に影が怯むのと、変化は同時だった。

 〈ぎゃ、ああああああああああああああああああっ!〉

 奴の手が、俺の首からは外れる。いや、外れたというよりも解けて消えていく。まるで導火線の火がダイナマイト本体に向かって迫るように、腕を溶かし進むのは黒い粘土のようなもの。
 首をつかまれたとき、俺は自分の黒い塊を奴の手を触ることによって浸入させていた。どうもこれは、記憶やその類を『喰う』ことができるらしい。今も腕を伝っているそれは食い散らかしを屋上の地面に撒き散らしながら、本体へと、文字通り『食べ進んで』いた。

 〈ああああ、ああああああ、ああああああああああああああああっ!?〉

 まるで肉食獣が草食獣に襲い掛かる有様と同じだった。意地汚く、見栄え悪く、ただ己が食欲に任せて対象を貪る様は、自分が放ったものとは思いたくもなかった。
 食われている、喰われている、侵食われている、犯われている。どの表現も「クワレテイル」としか言いようがない。その通りだった。
 断末魔は、もう聞こえなかった。屋上には俺の放った黒いものが、いまや重力に逆らえずにタールのように地面に広がっていた。食べ散らかされたものは、空気に帰り、屋上は綺麗なものだった。タールも、地面に溶けるように、消えてしまっていた。
 「あっけない、と言えばそれまでなんだろうが・・・・どうだろうな」
 俺は、尾上のフェンスに向かって歩き出した。腑に落ちないことが多すぎる。何故に、横山 咲は狙われたのか、あの黒い影は何者なのか、そもそもただの骨壺探しが、どうしてこんなことになったのか。
 夜闇を彩る町のネオンを見たところで、それは解消されるわけがなかったが、見ていて悪いものではなかった。と、前方から目を逸らし、俺は階下へと視線を移した。すると、こんな夜中に病院の前で立ち往生している人間が見えた。
 「―――――明」
 見間違えるはずもない、何かを抱えているようにも見えたが、少なくとも明がきたと言う事実がおれを動かしていた。横山の部屋の前を通り、札を剥がしてエレベーターに乗った。そのまま建物の外へと飛び出した。
 「あ、光夜」
 明は、何か嬉しそうに俺の名前を呼んで近づいてきた。その腕には、大切に小さな壺が抱えられていた。横山の父親の骨壺だろう。どうやら、明は明で巧く行ったらしい。気になったのは、その壺には俺が渡したお守りが貼り付けられていたことだった。
 「怪我、ないか」
 「うん、光夜のお守りのおかげでなんとかね、ありがとう」
 「そうか」
 俺は、明から壺を受け取るとその感触を確かめた。とりあえず、これは寺に持って帰ろう。
 「それで、結局壺を盗んだ人間は―――――」
 「そんなことよりも、いいかな、光夜」
 「あ?」
 俺は、この壺を取り返した経緯を聞こうとした。だが、あろうことか明がそれを止めた。これ以上に、何か重要な話しがあるというのだろうか。
 「色々考えたんだけど、やっと解ったんだ」
 「何が、解ったんだ・・・・・」
 なにか、嫌な予感がする。この会話は、してはいけない気がする。だが確証のない俺は、それを止めることは出来ず、結果として―――――
 「僕ね、光夜のこと、大好きだよ」
 満面の笑顔で、それを言われてしまった。


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