作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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城塞都市カワゴエ

 暗い砂漠の街道を6時間走り、ようやくカワゴエ・シティーの光がかすかに見えてきた。
 カワゴエは高さ20メートルの鋼鉄に特殊硬化セラミックを吹き付けて造られた直径20キロの円形をした城壁で囲まれている。
 もともとは200年前に頻発した大雨大洪水に備えて造られたものだが、関東に雨が降らなくなり砂漠化が進む今、敵の侵入を防ぐ格好の防壁となった。カワゴエはこの城壁に守られた自治国家として栄えている。関東一円にはこのような城壁国家が大小合わせて16ヶ国、点在してしている。
 カズマは途中、固形食糧を幾つか口に入れただけで,ひどく腹が減っていた。今ならどんな料理でも美味く喰える自信があったが、コンバットロボに乗ったままカワゴエの城壁は潜れない。どこの城砦都市でも武器の持ち込みには、面倒な手続き必要で、必要最小限の武器しか携帯できない。コンバットロボを城内に入れるのは不可能だった。
 彼は城壁の2キロ程、手前でロボットを降り、岩のくぼみに隠すことにした。一帯はスクラップの不法投棄場らしく、使い物にならないガラクタがそこら中に転がっていた。
 カズマはコンバットロボで穴を掘り、ロボットを隠し、周囲に砂やスクラップのガラクタを置いてカモフラージュした。
 ロボットを埋め終わると、カズマは空腹に耐えながら、カワゴエを目ざして歩いた。
 ライトアップされた城壁が星空の下に赤錆色に浮かんで見える。歩くにつれ、風に乗って賑やかな音楽や人々の声が流れてくる。
 城門には武装した門衛が2名立ち、装甲車輌が停めてある。夜だというのに数十人の入城希望者たちが受け付けの前に列を作っていた。カズマは最後尾に並んだ。
「あんた身分証明書を提示すれば、そのまま城内に入れるよ」
 隣に並んだ行商の男が親切に声を掛けてくれた。
「いや、持ってない」
「じぁ、ここで並びな。何、形ばかりだよ、ここの関所は。賞金首以外は簡単に入れる」
 男が言ったとり、受付で申請用紙を書き、ボディーチックを受けただけで城内に入ることができた。
 シティはカーニバルのように華やかだった。砂漠育ちのカズマには夜の光が眩しい。明るい街灯の下を着飾った若い女たちが楽しそうにウィンドショッピングを楽しんでいる。歩道に面したレストランのカフェテラスには家族連れや仕事帰りの男たちが、美味そうな料理をほおばり、ビールを飲んでいる。
 カズマはふと自分が一文無しだということに気がついた。
「しかたねーか・・最終手段だ」
 彼はは薄暗い路地に立ち、大通りの人ごみを観察する。
「あいつがよさそうだ」
小金を持っていそうな親父を見つけると、後ろから近寄り、腕を掴み路地に引っ張り込んだ。
 男はカズマを見ると、ひどく怯え、
「すまん、俺には子供がいる。金なら渡すから命だけは助けてくれ」
 と、大げさに泣き叫んだ。
「オッサン勘違いするな。見てもらいたいモノがあるだけだ」
「何をです」
「これだ。22世紀の高性能時計だ。真空封印されていたため新品同様だぜ」
 男は時計を手に取ると、用心深く性能を吟味して、
「2万アセアですね。買うとしたら」
 男は、ずる賢い目で言った。
「ざけんなよ。そこらでメシを喰ったら8千アセアもかかる。2万アセアといえば2日分の食事代にもならねぇよ」
「安すぎますか」
「安すぎる、正規ルートなら20万アセアはするはずだ」
「私は時計を幾つも持っているんです。ほかを当たってください。ただし、こうした取引は関税法に触れることは知っていますね」
 男は勝ち誇った顔で言った。
「冗談じゃない。5万だ」
「3万なら面倒見ましょう」
 かなり足元を見られた値段だが、つまらない面倒を起こしたくなかった。それに腹も減った。カズマは男が財布から取り出した3万アセアを受け取り、腕時計を渡した。
 鮮やかな衣装をまとった大道芸人の女達たちが広場で賑やかなリズムにのって踊っていた。カズマはその広場に面したレストランに入った。
 奥のカウンターでは、人相の悪い男たちや、派手な衣装の娼婦がたむろしている。カズマがカウンターに座ると、彼らは若い新顔に興味深げな目線を送ってきた。カズマは気に留めず、カウンターの中で忙しく働く、でっぷりと太った店の親父にステーキ2人前とビール2本を注文した。
 親父は冷蔵庫から肉の塊を取り出した。刃渡り40センチの包丁を塊にあて、ザックリと肉片を二枚切り落とし、軽く調味料をふると鉄板に並べた。肉が焼ける香ばしい匂いを嗅ぎながらカズマはビールを一本飲み干した。
 ステーキが目の前に並べられるとカズマはガツガツと食らいついた。
「ワシの焼いた肉は美味いか?」
 親父はカズマの食いっぷりに気を良くして、親しげに尋ねてきた。
「ああ、最高だ」
「そいつは嬉しいことを言ってくれる。おまえさん、どこから来た、この辺では見かけない顔だな」
 腹が膨れて一息ついたカズマは、質問には答えず、ゼンじいさんに渡された賞金首ハラダのポスターをつかみ出すとカウンターに置いた。
「この男を捜しに来た」
 ポスターを見て、親父の表情が曇った。二人のやり取りを横目で見ていた男たちも、ポスターから慌てて目をそらした。
「坊主、命が欲しかったら、そのポスターをすぐしまうんだ」
 低い声で諭すように親父は言った。
「こいつは、そんなに悪党なのか?」
「賞金首のハラダは連邦軍が認定した最重要犯罪者だ。ワルだよ。その破格の賞金の額でも分かるだろう?この賞金につられて今まで何人も首を狙ったが、全員、返り討ちにされている」
「こいつはどんな事をしたんだ?」
「そりゃ、相当なことをやらかしたんだろう。詳しくは知らん」
「どこに行けば会える?」
「そんなこと、俺が知るわけがないだろう。さあ、めしを食い終わったら、ガキは帰りな」
 カズマは親父の襟首をつかんだ。
「俺をガキ扱いするな。ハラダのことを何でもいい、話してくれ」
 親父は小声でささやいた。
「ハラダのことをこの町で口にするな。奴の仲間がどこかで見ている。これは親心だ。分かるな」
 カズマは店の中を見回した。カズマと視線が合いそうになると皆、目を伏せた。いわれてみれば全員が怪しく見えてくる。カズマは襟から手を離した。
 親父は襟を直しながら、
「どうしても会いたいなら、賞金首協会に行け。前の大通りを右に真っ直ぐ行け、500メートルも行けば、看板が出ている。そこなら合法的に賞金首の情報が手に入る。ハラダの情報もな」
 カズマはカウンターに1万アセア置き、親父に言った。
「ありがとう。めし美味かったぜ。乱暴して悪かったな」
 賞金首協会は繁華街のはずれにあった。入り口の看板には24時間オープンと書いてあるが、ロビーに人影はなかった。
 カウンターの呼び鈴を鳴らして待つと、髪を後ろに束ねた20代後半の女が表れた。
「こんばんは、何か御用かしら」
 女は美しい瞳でカズマを観察しながら言った。背が高く、素晴らしいボディーラインがスーツの上からでもはっきりわかった。カズマは一瞬、女の顔に見とれてしまった。
「人を捜している」
 動揺した胸のうちを彼女に悟らせないように、大声で言った。
「ここは交番ではないわ」
 女はやさしく微笑んだ。
「いや、賞金首のことならここで聞けば分かると聞いて来た」
「そう、ここはプロのハンターがターゲットを捜しに来るところよ。あなた、協会に登録しているの?」
「いや。俺は賞金稼ぎではない・・・」
「なら、ここでは紹介できないわ、ほかを当たって」
 女はそそくさと奥に立ち去ろうとする。
「待ってくれ。今は詳しく説明できないが仲間を救うために人を捜している」
「協会には協定があるの、いかなる理由があっても、無関係な人に情報を流すことはできないわ」
 女は取り付くしまも無い。カズマは咄嗟に言った。
「こういうのどうかな?今から俺が賞金稼ぎになるってのは。そうすれば、俺は協会の関係者だろ」
「登録には実績が必要よ。素人は認められないの」
「俺は非合法の発掘屋でコンバットロボのパイロットをしていた。ロボットの扱いなら慣れている。戦闘経験もある」
「そうなの、それが本当なら審査をクリアできるわ」
 女はカズマがパイロットと聞いて興味を持ったようだ。
「どうすれば加入できるんだ」
「加入手続きは簡単よ。申請用紙をもとにコンピュータ審査を通れば仮会員になれるわ。本会員になるには実績が必要だけど、仮会員でも同じ情報が引き出せる。その代わり、賞金首をゲットした場合、賞金の50%が協会の取り分よ」
「半分も、持っていくのか?」
「当然よ。でも、必要な武器はほかよりも安く買えるし、自分でターゲットを捜すより遥かに効率が良いわ」
「賞金を持ち逃げしたら?」
「そのときは窃盗犯として、協会が賞金を掛けるわ」
「なるほど。わかった。加入するよ」
 女はにっこり笑った。
 カズマは契約書にサインをした。
「カズマっていうのね。いい名前ね」
 女は契約書を見ながら端末にデーターを打ち込むと、登録室と書かれた部屋に案内した。
 中央に手術台のようなベットがあった。ベットの頭の方には金属性アームに支えられた円筒状のスキャナが付いている。
「カズマ、ここで上半身裸になってから、ベットに仰向けに寝てちょうだい」
 カズマは言われるまま上半身裸になりベッドに横たわった。女はマシンルームからマイクで指示を出す。ガラス越しに女の顔が見える。
「じゃスキャンはじめるわ。20秒ほど動かないでね」 
 頭上の筒がゆっくりと回転しながら動き出し、白い光を発しながらカズマの顔から足まで移動していった。
 10分後、仮ライセンスが発行された。
「カズマ、これがあなたのライセンスカードよ。別に携帯の必要はないわ。保管場所が無ければこちらで預かるわ」
「確かに邪魔だな。でも、判別はどうする?」
 カズマはカードを、女に返しながら聞いた。
「あなたの指紋,声紋、光彩、脳の形状などのパーソナルデータは、すべてメインコンピュータに登録済みよ。千切れた脳がひとかけあれば本人が確認できる」
「爆弾で粉々にされても大丈夫ってわけか」
 彼は肉体スキャナーを思い出し納得した。
「良かったわ」
 唐突に女が言った。
「あなた非合法の発掘屋とか言っていたから、政府系機関から賞金を掛けられているかとちょっと心配していたけれど、今のところ何もなさそうね」
「調べたのか」
「もちろん」
「もし、賞金が掛かっていたら、どうした」
「ケース・バイ・ケースね」
「賞金稼ぎに紹介したかも?」
「協会はあくまで営利目的の組織よ。別に政府のお先棒を担いで警察ごっこしてるんじゃないから、協会にとってメリットがあれば賞金首でも会員として認められる。正義だけでは飯は喰えないからね」
 カズマは納得してうなずいた。
「他に何か聞きたいことはない?なんでも聞いて頂戴。今から私があなたのオフィシャル・アドバイザーになったわ」
「そうか、じゃまず、あんたの名前を教えてくれ」
「わたしはカガリ。ここの会長秘書兼情報分析官よ」
「会長の秘書なのか」
「そうよ。人手不足でね」
「会長ってどんな奴なんだ」
「それは秘密よ」
「どうして?」
「まあ、危険やら面倒を避けるためね。こんな協会だもの逆恨みしている奴は沢山いるわ。ところで、あなたの捜している人って誰なの」
「ああ、この男だ」
 カズマは女にハラダのポスターを渡した。、
「まあ、ハラダじゃない」
 女は怪訝そうな顔をした。
「知っているのか?」
「ここにはあらゆる賞金首の情報があるわ。ハラダの情報もね。でもあなたラッキーよ」
 女は一転、明るい顔で言った。
「どうして」
「ハラダについて一番詳しい分析官は私だからよ。いらっしゃい」
 カズマはカガリに案内されて分析室に入った。広々とした部屋に端末が20台以上の端末が並び、4人ほどの分析官がそれぞれ端末に向かい、情報を読み取っている。
 カガリは開いている端末の前に腰を降ろすと、隣の席をカズマに勧めた。
 ミニスカートから出た長い脚を組み、カガリはキーボードを叩いた。
 モニターにハラダの写真が映し出され、その脇に犯罪歴のデーターが細かい字で次々に表示された。
「この男と渡り合うのは、なかなか骨が折れるわよ。見て、射撃の腕は超Aクラス。肉弾戦にも強いわ。爆薬の知識も豊富ね。今まで手榴弾から核ミサイルまでありとあらゆる爆破物を扱っているわ。時限スイッチ、リモコン誘導で爆破するのが得意ね。小型リモート爆弾もよく使うわ」
 カズマはそれ以上の爆弾魔の戦歴を聞く気になれなかった。カガリの話を遮り、
「どこに行けば、会える?」
 と、聞いた。
「そうね、ハラダを最も目の敵にしているのは軍なの。軍は特にハラダの動向を厳しくチェックしているわ」
「どうして軍が?」
「犯罪歴を見れば一目瞭然よ。ハラダのターゲットは、軍施設、特に武器庫を襲うことが多いからね。あとは政府系の銀行、特に軍人の隠し資産がある銀行を狙うわ。だから、ハラダの情報をキャッチすると、軍の特務部隊が動くの。その動きを見ればハラダの動きも予想がつくわ。ハラダは元々軍人よ。脱走して賞金首になったの」
 カガリは再びキーボードを叩いた。モニターの画面が変わり、関東の軍関係施設図が写し出された。
「軍の中央コンピュータをハッキングしているの」
 カガリは画面を絞り込み、北関東軍の部隊配置を映した。
「あら、特務部隊が動いたわ。目的地は・・・・ここカワゴエよ。ひょっとすると、ハラダはカワゴエ市内の銀行を狙っているのかも」
 画面がプツリと切れた。
「逆探知されないように、ぎりぎりの時間になると自動的にハッキングは中断されるの。今晩はこれ以上のハッキングは無理ね。カズマ、また、明日来てくれる。もう少し詳しい情報を集めておくわ」
「明日まで待つしかないのか」
「今はそれしかないわ。カズマいい、ハラダは手強いわ。どんな理由があるか知らないけど、焦って無理すると命がいくつあっても足りないわ」
 カガリは優しく言って、微笑んだ。
「ああ、ありがとう。そうするよ」
 カズマは、釈然としないが、そう言うしかなかった。

 
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