作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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「よし!今日の訓練は終了!各自復習項目をロビーの掲示板で忘れずにチェックして明日までに終わらせておけ!食事班はこの後食堂に集まれ!解散!」
「脱帽!敬礼!」
『ありがとうございました!』
午後の慌ただしい訓練はあっと言う間に終わり、各自解散となった。
珍しく復習項目のなかったタンラートは、後は決められた時間内に食事と風呂を済ませるだけだった。
重い固まりとなった体を引きずり風呂に入る。体のあちこちに傷や痣があり、湯がしみる。
風呂から上がると、頼んでもないのに食事に誘われた。そう言えば聞こえはいいが、部屋でくつろいでいるところを襲撃された。もちろんシェイだ。
「にんじん…」
タンラートはスープに浸かりきらない程皿に溢れる人参を、スプーンで端に寄せた。
大鍋で大量に作る軍事食では、殆どが一品ニ品料理ばかりだ。栄養バランスを考えたスープやシチューはもってこいの料理で、週に二、三度は出る。
ただでさえ忙しいさなか料理婦たちは、量や具の分量を計る余裕もないため適当に上っかさからすくっていくと、自然と後になるにつれ重さに沈んだ野菜たちの分量が増えてくる。
「食べなよ。だから力がつかないんだ」
「悪かったな弱くて」
あの粘土食よりはマシかと、タンラートはしかたがなく口に運ぶ。
「あ、そういえば昼間言ってたことって本当?」
「ん?」
「ロブさんの」
周りを気にして声を潜める。
「ああ、噂だけどね」
「どんな?」
「ずいぶん突っ込むね。いつもはあいづち打って終わるくせに」
「…」
「まあ、あくまで俺が聞いた事を言うよ」
「うん」
「俺が聞いたのは、地方の豪族の息子で社会勉強のために来てるとか、上官に親をもっててそのコネでいるとか。他国のエリートスパイとかね」
「そんなに?」
「まあね。後一番そうじゃないかって言われてるのがあって」
「なに?」
「だってあの人あの顔だろ?腕も立つし頭もいい、だから噂が絶えないんだよ」
「…」
「上司をタラシ込んでるんじゃないかって」
「なんだよそれ!」
タンラートが机を叩いて立ち上がった。椅子が大きくバランスを崩してよろめく。周りの視線が一気にタンラートに向いた。
「ただの噂だよ」
驚いたシェイが窘める。いつものような余裕が少しない。
「ロブさんはそんなことする人じゃない」
始めて見る感情的タンラートに、シェイは不思議と複雑な心境になった。
一人で食事をするタンラートにシェイが声をかけたのが二人の出会いだった。
気さくで誰とでもすぐに打ち解けられる、タンラートとは真逆の性格のシェイ。友達に不足したことのない人生を送って来た彼には、どうしてもタンラートが放っておけなかったのかもしれない。
そして惹かれた。自分にはないもの、周りばかりを気にして行動する自分には、一生手にすることの出来ない自由をタンラートは持っていた。
「なんでだ?」
だから近づいた。憧れがあったのかもしれない。
「なんでそんなに熱くなるんだ?」
自分にはないものを持った奴に、やっと出会えたと思った。
「僕は別に、熱くなってないよ」
「なってるよ!」
「なってるのはシェイだろ…」
さっきとは対象的なタンラートの冷静な怒りに、シェイは落胆した。
「お前そんな奴じゃなかっただろ」
「何言ってるんだよ。僕はいつもと変わらない」
「嘘つくなよ!」
「じゃあお前は僕の何を知ってるんだ?」
タンラートの一言で二人の間の空気が固まる。しばらく互いの瞳を睨むように見つめあった。青い双眸がそれぞれの思いに傾いて光る。
「悪い…」
彼は小さく謝ると、席を立って行ってしまった。シェイが食事を残すのを始めてみた。
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