作品名:雪尋の短編小説
作者:雪尋
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【前書き】

これはエースポに掲載された短編小説ではなく、エースポ連載のきっかけとなった中編小説でございます。実は6割の加筆修正されたヴァージョンがあるんですが……。
あえてショートバージョンを掲載してみます。

 では、どうぞ。







「お米の嫁入り」



『お嬢さんを私にください!』

 玄関の戸を開けると、十数人の男が一様にひれ伏していた。

「これは、何事じゃ」

 聞けば、男達は我が娘である「おこめ」を娶りたいと集まった集団らしい。
 なるほど。娘も年頃だ……そろそろ、嫁に出さなければならないだろう。
 グズグズしているうちに古米などと呼ばれてはたまらない。

 新米の今こそ、嫁にやるべきなのだろう。

「では、面接をするので中に入られよ」

 ワシは男達を招き入れ、番号札を渡して廊下に並ばせた。
 用意のいいことに、全員が履歴書を持参していた。



「では、えんとりーなんばー壱。入られよ」
「はっ」

入ってきたのは、フリカケと名乗る男だった。

「志望動機は」
「私とおこめさんの相性は抜群で、互いが互いを必要としているからです!」

「ふむ……自己ぴーあーるはあるかね」
「はい! 私は老若男女に愛される、7つの顔を持つ男!
 その7つの顔を自由に使いこなし、きっとお嬢さんを満足させてみせます!」

「うむ……分かった。では部屋で待機していなさい」



「次のもの。入られよ」
「はっ」

「その方、名は」
「私はすき焼き地方から参上した、牛肉と申すものでござる」

「ほう……武士なるものか。志望動機は」
「はっ。目的達成のためには、私の力だけでは不十分なのです」

「ふむ。故におこめの力を求める、と?」
「左様にござります。
 友軍の将、白滝や白菜、豆腐などでは力不足なのでござる」

「うむ。そなたの事情は分かった。下がるがよい」



「えんとりーなんばー三。入られよ」
「失礼します」

「なんと。玉子国の王子ではありませぬか」
「はい。突然の来訪、失礼したします」

「いいえ、いいえ。そんな事を仰らず……そちらの方は?」
「はい。私の部下の醤油にござります」

「かの有名な『ばとらー・醤油』殿でござったか……」
「我らがおこめ殿と交われば、さぞかし魅力的な跡継ぎが生まれるかと思い、今回の騒動に便乗させていただきました」

「……うむ。伝統的な玉子国の王子と、その執事ですか。結構です」
「では、今回はこれにて失礼いたします」

「はい。長旅でお疲れでありましょう。ごゆるりと結果発表をお待ちくだされ」



「この異臭は……入られよ」
「ヒヒッ、入りますよ〜」

「……やはりお主か。納豆」
「へっへっへぇ〜。分かります? やっぱり?」

「……志望動機を尋ねよう」
「そりゃ、やっぱおこめ殿と交わるためですよ」

「…………」
「そりゃもう、グチャグチャのデロデロにね」

「………下がれ」
「いぇっひっひっひっひ! まだ自己ピーアールしておりませんぜ」

「勝手に申せ」
「へい……なんといっても、我が水戸家は伝統があります。まぁ、貴族ですな」

(どの口が貴族などとほざくか……すとーかーめ)

「それに、我が家の血統を他の血統と混ぜ合わせることで良い結果が出るのは歴史が証明しております! ネギしかり卵しかり!」
「……終わったか? もう無いか?」

「いえいえいえ、まだまだありますぜ」
「そうか。しかしもう十分だ。下がれ」

「またご冗談を。いぇっひっひっひっひ!」
「さ・が・れ!!」



「はぁ……。えんとりーなんばー五。入られよ」
「失礼します」

「その方、名をなんと申す」
「漬け物と申します」

「ふむ、そなたの噂はワシの耳にも届いておる。中々の人物らしいな」
「恐縮です」

「志望動機と、自己ぴーあーるを」
「志望動機はおこめさんを幸せにするためです。
 自己ピーアールは……特にありません」

「……そうか。噂に違わぬその人物性。見事なり。下がってよいぞ」
「ありがとうございました」




「次の者。入られよ」
「へいっ! 失礼しやす!」

「……ほぉ」
「へいっ! 見ての通り刺身でやんす!」

「志望動機を尋ねようか」
「へいっ! あっしには、おこめさんしかいないからでやんす!」

「自己ぴーあーるを」
「へいっ! おこめさんには、あっししかいないでやんす!」

「結構。下がって結果発表を待つがよい」
「へいっ!」




「む……? 何故書類が7枚もあるのだ。次の者、入られよ」

『失礼しまーす!』
「……こ、小人っ!?」

『僕たちは、みんなでおこめさんを幸せにしまーす』
「ええっと……ごほん……君たちは何なのだね」

『僕たちは 油! 豚! 玉ねぎ! エッグ! 塩胡椒! 火炎! カニかま!
 みんな揃って、炒飯’s!!』
「………」

『今日はありがとうございましたー!』
「あっ……帰っちゃった……」




「えんとりーなんばー……何番じゃったか」
「8番でんがな」

「そうじゃった。そなた、名は?」
「お好み焼きいうものです。はい」

「珍しい国から来たものだな……志望動機は?」
「へぇ、うちの国ではこっちのもんを嫁はんにするのが当たり前のことでして」

「そうなのか?」
「へい。あるいは一生独りもんかのどっちですなぁ」

「なるほどな。自己ぴーあーるはどうかね」
「うちのソースは天下一品やで」

「良かろう。下がって結果を待つがよい」
「ほんま天下一品ですがな」

「分かったから。下がれ」
「ほんまでっせ」

「下がれ」
「あんじょうよろしゅー」



「む……ここからは外国人か」
「ヨロシクです」

「そなた、名は」
「カレーと申すですよ」

「カレー、とな。変わった名だな」
「外国の名前。みなそんな風に聞こえる」

「……そうだな。異文化が持つ違和感とは、新たな可能性の証明だ。聞き慣れるのも当然か」
「御義父上、いいこというね」

「父上言うな。自己ぴーあーるをどうぞ」
「わたし、一度結婚してたね。ナン言う、白くて細い女だたよ」

「そうか。まぁ失敗した愛を間違っていたと断ずる事を私はしない。続けて」
「ナンはいい女だた。でも私、自分の可能性を知りたい。だから、ここまできた」

「向上心ということか。なるほどな。よく分かった。下がりなさい」



「次は……西洋大陸からだと?」
「Yoー入るゼ」

「……名前を」
「ステーキ。ファーストネームはペッパーだ」

「ではステーキ氏と呼ぶべきか。志望動機は?」
「なに、マッシュポテトのビッチに飽きたんでネ。
 大和撫子ってヤツを試食しにわけDa-Yo」

「……………」
「あの白くてツヤツヤでプリプリの肌をオレの肉汁で染めてやるノサ」

「…………自己あぴーるを」
「あん? そんなもんが必要カ?」

「いや、必要ないな。即時退出せよ」


「What? Excuse me?」 (すみません。なんと仰ったのですか?)
「Get out of here」  (出て行けや)
「Oh yes sir」       (あ、はい)





「ふぅ……まったく。次の者。どうぞ」
「失礼、します」

「……君は」
「私、キムチ、です。あなたの、娘さん、もらいに、きた」

「志望動機は?」
「脂肪、動悸……ゴニョゴニョ…ああ、志望動機。
 ええと、私、おこめさんと結婚、したら、幸せに、なれる」

「では自己ぴーあーるをどうぞ」
「私、おこめさんしか、愛、さない」

「……ふむ。分かった。下がっていいぞ」
「ありがと、ございました」




「おお、ついに外国人が終わった。次は……なんと」
「失礼します。おじさん」

「やぁ、のり君。久しぶりだね」
「はい。おじさんもお変わりなく」

「君も……おこめを嫁に?」
「はい。ずっと、ずっと昔から……おこめさんをお慕い申し上げておりました」

「ははは。のり君。私と君の間だ。もっと緩い言葉で構わないよ」
「……はい。おじさん」

「君は…おこめの事が好きだったのか」
「はい……でも、勇気が無くて……」

「……君は昔からそうだったな」
「でも今日は違います。僕はおこめさんと結婚するために、ここに来ました」

「よろしい。志望動機は尋ねなくてよさそうだ。自己ぴーあーるを聞こうか」
「……私は主役にはなれません。でも、おこめさんを主役にすることができます」

「……素晴らしい答えだ。ありがとう」
「はい……」

「結果に私情は挟まない。
 どんな結果でも、おこめの為と思い……受け入れたまえ」

「……………」
「なぁに、君が落ちたとはまだ言ってないよ。
 まだ面接は終わってないしね。ただ、厳粛な結果を下す」

「はい。良いお返事を期待しております」
「うん。君は……もう少し自信を持ちたまえ。これは私からのアドバイスだ」

「はい。ありがとうございます、おじさん」
「後2人残っている。もうすぐ面接が終わるから、待っていなさい」





「次の者……えんとりーなんばー十三。入りなさい」
「失礼」

「ま、まさか、君も来たのか……」
「はい。のりと共に志願しました」

「塩……まさか、君が来るとはな」
「おかしいですか?」

「ソルトや塩分とはワケが違う。君は、塩なのだ。君ほどの男だったら、引く手あまただろうに、何故おこめなのだ?」
「……………」

「君は全世界の頂点に立つ男だ。嫁など、それこそ選り取り見取りだろうに」
「……………」

「なのに、何故おこめなのだ……?」
「……昔から、そう、生まれた時から……私はおこめと共にありたかった」

「……………」
「おこめと塩。我ら二人が結ばれるのは至極当然のことかと」

「……なるほどな」
「もったいないことですが、私は幸いにも選べる立場にある。しかし、そんなことはどうでもいい。私は、おこめと共に生き、共に死にたいのです」

「ふぅ……まさかのり君と塩君が来るとはな。正直予想外だった」
「私もここに来るまでは勇気がいりました」

「分かった。……………下がりなさい」
「……願わくば」

「うん?」
「願わくば、おこめさんにとって幸せになれる相手を選んでください。それは私じゃなくても構いません。誰でもいいから……おこめさんを幸せにする事が出来る相手を選んでください」

「愚問だな。私を誰だと思っている」
「……ふっ、失礼しました。まさに仰る通り、愚問でした」



「では…最後の方。えんとりーなんばー十四。入られよ」
「…………………」
「き、君は―――」





 最後の一人の面接を終えたワシは、書類を前にして悩んだ。
 数名は即時却下した。問題は残る数名だ。
「ううむ……」
 問題は、その残った数名を一名にまで削る作業だ。
 ワシは大いに悩んだ。誰の元に嫁がせれば、おこめは幸せになれるだろうか。
「どうしたものか……誰をおこめの伴侶にするべきか……」



「俺だ!」



 ワシは突然響いた声に驚き、立ち上がった。

「おこめを娶る(めとる)のは、そう、この俺だ!」
「何やつ!」




「マヨネーズ様だ!」







「あーでは、結果発表をする」

 皆、シン―――と静まりかえっている。

「選考は難航を極めた。どの者にも長所があり、それぞれに理由があった」

 みな厳粛にワシの話を聞いている。
 一様に真剣な表情。それぞれが抱く思いを感じ取り、快感すら覚える。

「数名にまではワシがしぼった。しかし、ワシにはどうしても決めきらなかった」

 そう、ワシは答えを出せなかったのだ。

「だから、ワシはおこめ自身に問うた」
 ざわ……。

「お米よ、お主はどの殿方と結ばれたいか―――と」
 ざわ……ざわ……。

「おこめが出した答えは、ワシと間逆のものだった」
 ざわ…ざわ……ざわ……。




「ふりかけ殿」
「はっ」
「そなたは、焼きそばという伴侶や、彩りという役割を得ることができる」


「牛肉殿」
「はい」
「豆腐どのや白菜どのはそなたを必要としておる。そして、ネギの力を信じなされ」


「玉子王子。醤油執事殿」
「こちらに」
「君たちには、選ぶべき相手がいる。
 何にでもなれる王子と、何にでも合う醤油。二人で別の道をさがしておくれ」


「納豆」
「げへへへー」
「藁(わら)がお前の帰りを待っているぞ」


「漬け物殿」
「はい」
「そなたには……酒の相手や、麺類一族の相手を頼みたい」


「刺身殿」
「へいっ」
「もっと高みを目指し、独りで生きていく強さを身につけなさい」


「7人の小人達よ」
『は〜い』
「正直、炒飯’sは解散してそれぞれの相手を探した方がいい」



「お好み焼きよ」
「へい、毎度!」
「そなたは生涯独身であるべきだ……これは偏見かもしれんがな」


「カレー氏」
「ハイ」
「国に帰れ。お前にも家族がいるだろう」


「ステーキ野郎」
「なんか俺だけ扱い酷くネ?」
「マッシュポテト以外にも、パンとかいるだろう」


「キムチ氏」
「私だよ、ね?」
「正直、君はおこめじゃなくてもいいんだろう?」



「のり君……失礼、のり殿」
「……はい」
「個人的な感情は抜きだ……おこめは君を選ばなかった。
 ラーメンさんとの仲を知っていたから……な」


「塩殿」
「はい」
「君は一人の女性と結ばれるべきではない。旅をし、世界を知りなさい」


「そしてマヨネーズ」
「だろ?だろ?俺だろ?」
「野菜と戯れてろ」



 それぞれ、表情が違う。
 諦め。疑問。嫉妬。執着。憎しみ。悲しみ……
 それぞれに、違う表情が浮かんでいる。
 その14の視線は、自然と一人の男に集まった。


「最後に、えんとりーなんばー十四」

 ワシはスッと息を吸い、本当のことを言った。

「ワシは君を選ばなかった」

 だが。

「おこめが選んだのは、君だ」





 ワシは最愛の娘、おこめとのやりとりを思い出す。

「何故だい?何故、彼なのだい?」
「他の殿方は……私を幸せにしてくれるかもしれません」

「だったら、何故……」
「でも、あの方を幸せに出来るのは私だけです」

「…………」
「私だけがあの方を幸せに出来る。だから、私はあの方に嫁ぎとうございます」


 そして、閉じていた瞳を温かい気持ちと共に開いた。


「えんとりーなんばー十四」

 そう、娘は自分の幸せより、他人の幸せを望める優しい子に育ってくれた。
 それは他人の幸せを己の幸せとする女神の才能。
 だからワシは娘の選択を信じる。












「茶碗よ―――娘を頼んだぞ」










 おこめと茶碗が寄り添い、完璧な形へと昇華する。
 美しき陶器のような肌。おこめのために生まれてきたかのような、その在り方。
 そして神々しいまでの白き光を放つおこめ。照れているのか湯気が出ている。
 それは見るだけでよだれが出そうなほど、美しかった。















【後書き】

 それぞれの食べ物に恨みはありません。
 貴方の「おこめ」には、それぞれの伴侶を貴方が決めてください。




             
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