作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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 「そろそろ、時間かな」
 僕は街灯に設置されていた時計を見上げた。午前十二時五十分、待ち合わせまで十分を残すときだった。待ち合わせとは、もちろん掲示板のスミスキーという人物と会うためだった。僕たちの見解では、その人物が横山さんのお墓から骨壷を盗んだ人かもしれないと、そう予想している。
 そんなときでも、僕は光夜のことを心配していた。たぶん、今朝の早退からまだ、光夜は病院にこもっているはずだった。光夜は、自分に関わるなって言った。どうして、今更になってそんな事を言ってきたのだろうか、僕には解らなかった。
 まさか、光夜に恋愛感情なんて一端を見せてしまったのが原因だろうかと思うんだけど・・・・光夜、僕に好かれるのはいやなのかな。僕だって、本来なら僕は他人を好きになる了見は持っていなかった。それは、いつの年齢になったって変わらない、そう思っていた。でも、そうじゃなかった。
 言ってしまえば、光夜はイレギュラーだったのだ。彼は、欠けているというか、剥離している部分はあれども、今まで僕に接してきた人間のように繕う感情を持っていなかった。当たり前のように、僕に意見して、僕に急力してくれて、僕を楽しませてくれた。
 僕は人間をやめたと思っていたのに、辞められるはずがなかった。だって光夜ともっと、一緒に楽しく過ごしたいと思ってしまっていたから。それは恋愛感情ではなくとも、一端の人間が、当たり前のようにもっている感情の一つ。だから、僕は人間をやめることは出来ない。相変わらず関わってくる人間以外を、信用できないけれど、でも人間嫌いは、薄くなったかもしれない。
 16年間、僕が人を拒んできた年数を、光夜という存在がたったの数ヶ月で一掃してくれた。そんな人間を、僕は知らない。だから、光夜にだったら何でも言える気がして、それは信頼という形で現れて・・・・だから、僕は光夜を好きになりかけているのかもしれない。
 「えっと、キリアさん、ですか?」
 心臓が止まりそうになった。行き成り声をかけられたからではない、あまりにも唐突過ぎて思考を停止しかけたからだ。僕は勢いよく振り返ってその人の顔を―――――あれ、顔がない。
 「あ、はい?」
 「すいません、無駄に身長が高いもので、自分」
 確かに、ちょっと首を上げても僕の目にはその人物の着ている黒いコートしか視界に入ってこなかった。僕の身長は150センチちょっと、でもその人は190センチはあるんじゃないかというほどに、長身だった。でも、その体の上に乗っている顔は、なんと言うか人懐こい、柔らかい顔だった。メガネをかけているから、余計に優しい雰囲気を感じさせた。
 「あ、えっと、はい。キリアです。はじめまして」
 「はじめまして、スミスキーです」
 ぺこり、と豪快なお辞儀をして、彼は挨拶をしてくれた。この人がスミスキー、古西さんの言うように、悪い感じはなかった。とはいえ、この人はたぶん礼のバンドのライヴにきたんだよね。この人のあとをつけるとか、そういう気分にはなれなかった。だって、何となく話せば解ってくれると思うもの。
 「色々と話したいことはあるんですけど、とりあえず会場に入りましょうか」
 「あ、そのことなんですけど、少しお話があります」
 僕は、先導して歩き出したスミスキーさんには付いていかず、すぐに引き止める形になった。なんでしょう、なんて引き止められた事に不満も見せずに聞き返してきた。僕たちはバンドのライヴを見に来たのだから、ここで話し込んでいる暇はない。もちろん、もう会場は開いてしまっているし、お祭が始まる直前だった。だから、彼にとってはここで呼び止められることに関して、僕が怖気づいた程度にしか感じていないのかもしれない。
 だから、ちょっと驚かせるのは、可哀想な気がした。
 「はじめに、謝っておきます。僕は、例のバンドのファンではありません」
 「え?それって、キリアさんの代わりの人ってこと?」
 む、そういう考え方をするんだ。そこは想定に入っていなかった。この人は、キリア=ロック&スミス好きというのが確立されているらしい。でもそれは違うんだよ。
 「いえ、キリアは僕だし、代わりの人間ではありません。キリアという人物自体が、あなたをおびき出すための人間でした」
 「俺を、おびき出す?ははは、なんだって面識のない君が俺をおびき出す必要があるさ。これが初見なのに」
 もっともな言い返しだった。僕とスミスキーさんはこれが初対面、だから向こうが僕に用がなくても、僕は彼に用がある場合だってある。それが今この瞬間だ。
 「僕たちは、ある人から物探しの依頼を預かっています。その探し物はその人にとっては人生に無くてはならない、大切な物なんです。だから絶対に探し出して、その人の元へ返してあげたいんです。そして、一つの可能性として、あなたが浮かび上がった」
 「おいおい、悪いけれど、俺は生まれてこの方盗みとか犯罪なんて物はしたことがないんだ。人様から物を盗む行為って言うのは、俺の中では最低の愚行って部類だし・・・・」
 なるほど、確かに見た目や雰囲気から、犯罪という言葉とは縁遠い感じがあるけれど、そんな事で全てを決め付けられるわけがない。僕はそのまま言葉を続けた。
 「一つ聞きますけれど、お墓って行ったことありますか?」
 「墓?いや、俺の親は生きてるし、親戚はこの地域にはいないけど・・・」
 それがどうしたとばかりに、彼は眉をひそめる。そうなんだ、じゃあもう一つだけ聞こうかな。
 「そう、ですか・・・・。ああ、そういえば、あのバンドってキーホルダーとか作っているんですよね?」
 「あ、ああ。そうだね、貴重品だよ」
 唐突にバンドの話しに変えられたからか、少しだけ戸惑った彼は、それでも自分のフィールドだとばかりに、何でも来いと気を持ち直していた。いやそんな事に意味はないんだけど。
 「僕も調べたので少しは解るんですけれど、確か限定2000個だけ作られたとか」
 「そうだね、キーホルダー全部にはシリアル番号があるから複製はむりだろうしそれに―――――」
 「じゃあ、見せてください」
 「―――――え?」
 それは、意外な質問だったのだろうか、さっきまでの饒舌がぴたりと止まり、また戸惑いが彼の心を縛っていた。さて、これで詰みになるのだろうかは判らない。でも、追い詰められることは可能だろう。
 「ですから、スミスキーさんもそのキーホルダー、持ってるんですよね。リストに載っていましたし。なので、見せてください」
 「な、なんで・・・・」
 「いえ、この場合理由を問う必要はありません。見たい、だから、見せるというだけの話しです。それが出来ないんですか?」
 たぶん、彼の中では現在心臓が破裂しそうなほどに、追い詰められている思う。当たり前だ。だって、彼の手元には今、そんなキーホルダーは存在しないのだから。
 「あ、ええと・・・そうだ、家に忘れてきたんだ。ちょっと急いでいたからさ」
 「そう、ですか」
 それは、残念ですね。と僕は含みを込めて返事をした。じゃあ、もうここまででいいだろうと、僕はポケットに手を入れた。
 「手を、出してください」
 「え?」
 「手ですよ、手」
 僕が拒否権はない風にいうと、彼は恐る恐るという感じに手を差し出してきた。僕はポケットから取り出したそれを彼の手の上に乗せて、ようやく返せたと、一つ頷いた。
 「お返しします。あなたのキーホルダーを」
 「―――――っ」
 今度こそ、彼は打ちのめされた顔をした。裏の番号までも確認するまでもなく、それは彼のである彼のキーホルダー。言い逃れは出来ないと、彼はもう理解しているはずだった。そして、小さく笑みを漏らすと、とうとうと話し始めた。
 「盗んだ覚えはないよ。気づいたら、持っていたんだ。でもまるで他人事のようにそのときの記憶はあってね・・・・。おかしすぎるよ、もって来た覚えもないのに、そうしたって言う情報はあるんだから、わけが判らないんだ」
 どうしようもない、そう最後に付け足すと彼はうな垂れた。それは自分が犯罪を起こしたという事を悔やんでいるという事だろうけど、それはちょっと違う。
 「あの、勘違いしないで下さい。僕はあなたを警察に突き出したいんじゃない。ただその持っていったものを返して欲しいだけです。あなたが盗んだかどうかによる法の適用に興味はありません。なので、返していただければそれでいいです。だって、僕はただの学生ですし」
 「そ、それは―――――」
 「あなたの家に行きましょう。そこで、確認をしたいんです」
 僕が最後に言うと、彼は小さく頷いてくれた。


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