作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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 淡々と現状は把握する光夜。だが本質は今もなお高笑いを、いや大笑いを続けていた。脳内に響くそれがいやに鬱陶しかったが、文句を口にする前にその笑いは、ぴたりと止まってしまった。そして―――――
 「なら、お前はどうなんだよ、器」
 「・・・・・なに?」
 器、随分な言いようだ。自分は本質であるこれを納めるための意思のある入れ物だって言いたいらしいが、そちらの単語よりも質問自体に疑問を感じていた。自分は、何だと?
 「俺が、どうした・・・・」
 「だからよぉ、お前はあの女をどういう目で見てるかって事だ。お前とあの女は、不本意だが、殆ど同じだけの時間を共有しているときたもんだ。そんで、向こうはお前に気をやった。なら、お前はどうなんだ、同じくらいの気持ちの経験はあんだろ?」
 「・・・・・・さあな」
 だが光夜は、間を空けて、否定とも肯定とも取れない、生半可な返事を返すだけだった。
 「さあなだと、おいおい、そりゃあねぇだろ、少なくともお前にだって人間並みの感情はあるはずだ。まさか、全部俺に持っていかれたとは思ってねぇだろうな」
 「解らない、判断は出来ない。俺は、ただ俺という存在を視認するしかない。自身が自身である、確証なんて、どこにもない。アイデンティティすらも、薄い気がする」
 「じゃあなにか、てめぇ、本当に器に成り下がる気か、そこまでしてあの女を遠ざける理由は何だ。悪いが、俺がお前と隔離されている状態で、確かにそっちの感情とやらをパクったさ、ああ、故に単調な性格だってのはわかるが、空っぽじゃねぇだろうが!
言え、どういう理由で、あの女を遠ざける!」
それは、脅しているような声だった。実態があれば、たぶん自分は自分に掴みかかられているだろう。感情の起伏が激しいやつだ、そう光夜は感じていた。どういう理由も何もない、それを言うのならば、光夜にも言い分はあると言うものだ。
「お前にいう必要があるのか。第一お前が、それを聞く理由がどこにあるという・・・。俺はただ、あいつが感情を左右される存在としては、不十分すぎる存在だってことだ。
あいつのことは嫌いでもなければ、好き好んでいるわけでもない、ただの同好会の部長と、部員の関係だ。居場所の提供者と、使用者。それ以外のなにがある・・・・」
「あー、あーあー、そうかいそうかいそうですかい!くそ、そうか、わかったぞ、ああ判明した、俺はお前が大嫌いだ!自分を判断しない自分なんて否定させてもらう!くそが、ああ、損した。んだよそれ、てめぇは、判らないふりして、そうやって閉じこもるのか!そうやって世間から隔離して、自分は世の中に相応しくないって殻の中か!?
 ふざけるな、ふざけるんじゃねぇ!お前は俺だ、そして俺はお前だ。感情も、意識も思考も、互いに半分だ。だってのに、その半分すらも活用しないで、ただ自分は『人間でない』と否定しやがる!
 なら言ってやる、俺はあの女に好意を抱いているぜ、これは間違いなく支配欲だろうがな。だが、あの女は他の女よりも特別な観点で俺は見ている。それは俺の物にしたい、俺だけの物にしたい、そういう単純な感情と欲求だろうよ!
 なら、同じ存在のてめぇはなんだ!俺よりも一番近くに居たお前が、何だってあの女への感情が希薄なんだ!」
 「一番、近いからだろう」
 それは、その通りだった。本質は、そこで押し黙ってしまう。だが光夜とて少しは驚いていた。まさか、見えざるもう一人の自身が、明に好意を抱こうとは、夢にも思わなかった事だ。だが、それは今、自分が口にした言葉で何となく理解してしまった。
 「お前は、そうやって自由に動けない、だから遠くから眺めるだけの存在に憧れ、欲し、支配をしたがる。だが逆に、一番近い俺は、あいつのそこの見えない興味欲に圧倒され、それは危険だと理解し、そして遠ざかる。
 間違っていない。遠すぎて憧れるのも、近すぎて離れるのも、どっちも人間の深層にある感覚だ。故に、対象。俺と、お前だ」
 「じゃあなにか、てめぇは本気で、あの女とはただの顔見知り程度で済ませようってのか!?そうか、そうかい、―――――そうかよ!」
 本質の声が一際きつくなる、瞬間、光夜の後頭部に何かが衝突した。痛みこそはないが、おかげでイメージの中で倒されてしまった。
 「なにを、する」
 「何をだと?何が何だってんだ!?ああ!」
 もう一発、その何かを本質は『放った』。それは、何かの黒い塊だ。高速で飛んでくるそれはゴルフボールくらいの大きさ、だがそこから感じられたのは、明らかに重く暗い気配だった。
 「そういえば、そんなの持ってたな、お前」
 がん、と向かってきた黒い塊を、サッカーの如く蹴り飛ばした。この空間に範囲はない。ただの黒い部屋だ。見える部分が全て範囲、それ以外は視認出来なくなったところで意味はないが、ともかく蹴り飛ばした塊は戻ってくることなく飛び去った。
 「けっ、無駄に反応だけは良くなりやがって・・・・。自分のイメージだってのに、なんだよ不快だな」
 「黙れ、自分だっていうなら攻撃するな。お前は明と何の関係性もないうえに、俺でもない。お前が明を欲しがる理由が見当たらない」
 と、光夜の言葉に、今度こそ本質の彼は苛立たしげに手のひらで黒い塊を弄び始めた。
 「あーあーあーあー・・・・・・。うざっ、本当にうざいわ、自分の癖によぉ。俺は、普段からてめぇとは思考すら隔離されてるが、感覚は共有してんだよ。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、そのつどお前と同じだと思わされんだよ!その過程で、てめぇは自分を閉じ込め、俺はてめぇに憧れた。
 ここまで、まあなんとか気にせずやってこれたが。あからさまにこうも外界を否定するてめぇを俺は認めねぇ、ぜってぇ認めねぇ!故に、故に故に―――――俺は、お前と入れ替わるっ!」
 明確な殺意、本質は自分と入れ替わると、今後の目標を罵声とともに叫びあげた。そして、弄んでいた塊を、勢いよく投げ飛ばした。
 「砕けろっ、偽物がぁぁぁぁぁぁっ!」
 「勘違いも、甚だしい」
 それは、どのような手段か。静止、静止した、瞬間的速度は自然速度をも超えたその塊、確実に列車よりも早く、ジェット機よりも速く飛んでいたはずだ。
 二人の距離は数メートル。瞬間でその距離は縮まるはずだった。だが、光夜の胸の手前で、その塊は停止した。まるで、光夜が操ったかのように。
 「何故だ、何故止まったっ!」
 「お前、自分がさっきから何を言っているのか、解っていないのか。俺がお前なら、お前は俺だ。なら、これは俺のでもある」
 そう言って、指先で軽く触れた瞬間、塊は四散した。ありえないことではない、自分の物であるなら、制御できて当然だ。故に、光夜はこの攻撃があたることはなく、むしろ互いの決着のつけ方はそれこそ―――――
 「つまるところ、接近戦しか勝負はつけられない。悪いが、実戦経験はこっちの方が上だ。悪いな―――――」
 ダッ、と光夜はその一歩で本質との距離を縮める。まるで鏡、互いにどこも違うところはない。双子や一卵性双生児とも違う。1だ、そう1という表現でしかない。この体の中には1たる分量のそれが入っている。だが、意思は半分、1であり半分の、光夜。
 「なんて、なんて都合的ないい加減だっ!」
 「必然、明ならそう言う。いいか、分かれている時点で、無意味なんだ」
 それが、最初で最後の一撃だった。
 音もなく、痛みもなく、その一撃の下に、本質は倒れた。倒れる瞬間にこそ笑顔だったものの、今は地に足をつかされ、光夜を睨んでいた。
 「けっ、一撃勝負なんて、勝手にルールを決めるんじゃなかった」
 「俺が決めて、お前も肯定した事だ。今度俺の前に現れてみろ、また殺すからな」
 「はっ、お前の方から会いに着たらどうすんだよ」
 「同じだ」
 それは、理不尽だろうと、本質は呟く。だが、それは本質も同じこと、ならばと悪態をつき始めた。
 「なら、せいぜいお前も、俺に体を盗られないように気をつけな。お前に隙が出来たら、簡単に入れ替われんだからよぉ・・・・」
 「失せろ」
 最後に一発、倒れた本質の顔に中段蹴りをかました。本質の顔が飛び散る瞬間と、光夜の意識が戻るのは同時だった。

 「っ―――――・・・・・くそ」

 目の前は、変わらぬ光景。白い壁と、大きな扉、そして待合用の椅子に腰掛けている、自分自身。だが、時間はだいぶ過ぎていた。気がつけば、窓の外は夕方すらも越えて真っ暗だった。
 「イメージするだけで、数時間を費やしたか・・・・」
 ここに来たのが不幸中の幸いは、この間に敵とやらが来なかったことが全てだろう。だとしても、油断は禁物だった。別に眠いわけでもない、まだ時間は八時を回った辺り。
昨日の今日で、直ぐに出てくるとも思えない。出てくるのはどうせ夜、殺意と怨嗟は夜にぶり返す。昼間は、何も考えられない停滞期、だが用心に越したことはない、故に、敵が出てくるまでの待機。明日か、今日か、ともかく、長丁場になることに変わりはなかった。
だが―――――その黒い影は、不自然なくらいに、壁に半分体を埋めた格好で、光夜を眺めていた。その気配よりも、視線という物理的感覚に、気づけない光夜ではなく、その影の出てくる瞬間と、光夜の視線がそちらを向くのはほぼ、同じタイミングだった。


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