作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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 午後の問診も始まったばかりで、看護師も医者も忙しい時間帯。だが面会を希望する客にも親身に相談するのが、ここの基本スタイルといえるだろう。ただ光夜は、雰囲気だけで目立ちすぎた。
 「509号室の患者の面会希望なんだが」
 「はい、少々お待ちください」
 カウンターの看護師は奥へ引っ込むと、なにやら壁にかけているファイルやパソコンをいじり、調べている。そしてカウンターへ戻ってくると一言告げた。
 「申し訳ありません、509号室の患者様は現在面会を謝絶しております」
 「だろうな。わかった、なら扉の前までだ。それ以上は踏み入らない」
 「判りました。奥のエレベーターをご利用ください」
 光夜は一礼すると看護師の言うとおりに奥のエレベーターへと向かって移動していった。と、ここで少し話題はずれるが、先の通り光夜は雰囲気が目立ちすぎる。彼を知っているものなら暴力が目立ち、彼の見た目を判断する暇もないだろうが、初対面の看護師は光夜の整った顔立ちに少しばかり名残惜しそうに目を向けていた。
 「あら、どうしたの、ぼうっとして?」
 「ううん、ほら、あの子。いい顔よねぇ・・・・」
 「ああ、あの子ね。昨日も女の子と一緒に来てたわよ。兄妹かしらね」
 「かもねぇ、じゃあ入院している子は彼女かしら」
 などと、随分と勝手な想像を膨らますカウンターの天使二人組み。なまじ顔がいいと、こんな風に扱われることがあるということだろう。こういうところが個人情報保護法の最たる必要性の顕現かもしれない。それはそれとして、光夜の顔が良いと何かあるのだろうか。
 「で、今度はあの子でも狙う気?」
 「まっさか〜、彼女がいるなら手が出せないわよ。まあ分かれたら、そのときは、ねぇ・・・・」
 天使も裏を返せば、腹黒い悪魔に他ならない。所詮は人間である。

 「・・・・院内のエレベーターなんて、使うべきじゃねぇな」
 光夜は、また別の話だが、病院というものが嫌いになりかけていた。考えても見れば、昨日の段階でこうならなかったのが不思議なくらいだ。ここは病院だ、生と死が入り混じる場所。当然大きな病院ともなれば、死亡した患者を保存するための部屋もあるはずだ。そして、今乗っているエレベーターは人荷用のエレベーター、普通のものよりも大きな物が入れるよう設計されたこのエレベーターには、これまで多くのモノが乗り降りしたことだろう。
 「お前ら、なんでこのエレベーターに固執しているんだ・・・・」
 光夜の周りには無数の人影、だが誰も彼もが生気のない、陽炎のよう。そう、ここは病院、生と死が混合する唯一の場所。光夜の視線はフロア案内の掲示板。

 ―――――『地下一階 霊安室』

 この者達は、いまだ死体を院内で保管されている人間たちだった。霊安室へ行くときにこのエレベーターを使い、この隔離された箱の中にまで移動範囲を可能にした連中の、そういわば群れだ。害はない、ただ院内を歩き回るだけの、記憶に過ぎない。
 「だとしても、気分は良くないな・・・・」
 呟いて、目的階に到着したエレベーターの扉が開いた。隔離された箱から抜け出し、今一度彼は振り向いた。誰も彼も、感情もなにもない表情、その記憶の群れは、また扉の閉まる箱の向こうへと姿を消していった。
 「・・・・・怪談話か、これは」
 見ようによっては、確かに怪談話。だが、そんな事で一々考えている暇はなかった。
 廊下を歩き出す。目的のため、自身を偽るために、光夜は横山 咲の眠っている病室へと向かった。白い廊下、いくつもある同じ扉、これで名札と号室がなかった日には、どうやって目的の部屋を見つけろと言うのだろうか疑問だ。だがそこはそれ、病院の配慮は通常通り。
 509号室『横山 咲様』と、確かに書かれていた。そして、『面会謝絶』とも同時に表記されている。
 「予想通り、か」
 あまりにも予想を裏切らない状況。いや、さきほど面会謝絶と言われていたのだから、予想も何もないのだが。だとしても、やはりここまで止まりという結果を、こうもあっさりと確認させられれば気も抜けるというものだった。だが、少しは出来ることがある。
 光夜は、扉の中央に指を触れた。とたんに、指先から感じる不快感、それは経験のある感覚だった。そう、昨日横山 咲の見舞いに訪れたとき、彼女の足から感じ取った気配、酷似しているというのがあるがそれは―――――
 「時間的要素が多いのか、だとしても、濃すぎる―――――実際に横山を意識不明にしたのは、こいつらしい」
 感じ取った扉の気配は、足から感じ取ったものよりも濃く、禍々しい。だとしても、本人はここにいない。ならば、自分が律してここで待機するほかないということだ。
 「さて、長期戦、ってところか・・・」
 近くの待合用の椅子に腰掛ける。制限時間はない、制限行動もない、これは現実、向こうと自分がいつ衝突するとも限らない。だが、そのタイミングも時間も、光夜にはわからない。そう、出たとこ勝負だ。
 「とりあえず、24時間は待機できるはずだ」
 そう考え、とりあえず気を落ち着かせるべく、光夜は黙して壁とにらめっこを始めた。だが、彼に安息という言葉は、この時期無縁である。とたんに意識がぶれ始めた。
 それは、視界からも判断できた。白い壁は判断し難いが、扉を見れば明白だ。扉が、二枚、いや、視界がぶれて二枚に見えたのだ。
 「くっ―――――そ」
 唐突な体調の異常、気を抜けば昏倒しそうなほどの頭痛。思わず手で顔を覆ってしまった。そして―――――

 『あーあ、結局、これか』

 脳に、声が響いた。それは、自分と同じ声。イントネーションも、発音も全てが同じ、ただ違うのは、発音には嫌味のような高慢なイメージを貼り付けている。互いの顔は見えず、いや、深層意識に浮上したのなら、イメージの中で向き合うことも可能だろう。
 だが、互いに背を向けていた。視線は合わせられない、あわせれば、そこで殴り合ってしまいそうだからだ。
 話し合うには、この状態が一番、だが・・・・
 「・・・また、お前か」
 苛立たしげに、その遠く霞むような自分と同じ声に吐き捨てた。次に聞こえてきたのは、はっきりとした、自分の声だった。
 「そう怒るな、自分で俺が出てこれる要素に触れたんだ。責任は、お前にあるんだよ、光夜。おっと、俺も光夜だったな」
 「喋るな、二度と出てこないと思った矢先にこれか」
 光夜は、脳内で響く声に文句を吐く。当然だった、これは不自然、これは禁忌、これは―――――光夜が認めたくない、もう一人の光夜。桐嶋 明曰く、これは光夜の『本質』だという。光夜が、光夜たるに、足るべくして深層に落ちた、もう一人の光夜。いや、これは―――――
 「喋るな、だと?あはははは、そりゃあ無理だ無理、俺は視認できない以上は喋って存在を教えるしかねぇ。安心しろ、お前が餌を与えてくれたおかげで、しばらくはこのままだ」
 「餌、だと・・・・」
 「その扉、随分といい味出してたな」
 光夜は、自分が触れた扉を見た。そうして至る、あの感覚、あの扉に触れたときに感じた感覚、確かにえらく濃い記憶の気配だった。まさか、あれがこの本質の栄養に・・・・
 「ご明察、怨嗟と怨恨、恨みと呪いの気配。だいぶ気分がいいぜ、さぁ朝までトークショート行こうか」
 「御免こうむる。俺にはやることがある、貴様に構っている暇はない」
 「おーおー、まさか自分に蔑ろにされるとはな。いや、それだけじゃねぇ気もするな。なんだって、そんなに不機嫌なんだよ、確かに俺にゃ関係ねぇが、自分のことだ。気にはなるってものだろ」
 「・・・・・」
 「あの、女のことか」
 光夜は、その言葉に僅かながら目じりを細めた。自分に言い当てられることほど、悔しいことはない。普通の人間なら、それは深層意識で認めるものだというのに、光夜の場合はダイレクトに判断させられる。
 「あはははははは、なんだよなんだ、お前が女のことで悩むってか?餓鬼の頃は誰一人として近づくこともなかったくせに、この年にして女で悩とはな、なまじ性質が似ているだけあって、気になるんだろう?なあ」
 問いかけでもなく、独り言でもない、その言葉は、自身をあざ笑うもう一人の、自分。だが、光夜は動揺しなかった。むしろ、はっきり言われた方がまだいい。
 「悩んでいる・・・?ああ、そうかもな。あいつは無属性過ぎる、長く居すぎる人間の属性に染まるのは容易だ。だからといって、俺みたいのに染まる必要はない。お前が俺の中にいる時点で、俺は人間の紛い物だ。そんな人間に興味は持てども、染まる必要はない・・・・」
 「・・・・・」
 と、息を呑んだような本質の気配。先ほどまでの威勢が、なぜか感じられなくなった。表現するなれば、何かに驚いている感じを光夜は考えていた。だが、その瞬間―――――
 「ぶっははははははははははははっ!?え、なんだって?今なんて言いやがったお前!?属性に染まるだぁ!?ってことはあれか、あの女、お前に気があるってことかよ!?かはははははははっ、傑作だ傑作、ついこの間まで化け物扱いされていたお前に、女が惚れただと!?確かか、確かな情報なんだろうなぁ!ああ!ガセだったらこの場で殺すぞ!」
 「・・・・・」
 「ああ、そうかい、言い繕わないのは事実だな。まあおかしな話じゃねぇな、確かにあの女、お前の言うとおり無属性過ぎだ。ありゃあ確かに放っておくと、ふらふらと誰かに付いていきそうな感じだが、まさかお前とはな」
 「今までが内向的だっただけだ。最近は普通になりかけている、友人も出来た、それなりに楽しさも見つけた。ただ、人間感情には疎い、故に周囲からの影響が強すぎる。俺に気を見せたのは、何かの勘違いだ」

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