作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 「彼が亡くなってもう五年経ちますか」
 「ああ」
 「早いものですね。といっても俺は直接その場にいたわけじゃないからよく知りませんけど」
 「あの時はもう立ち直れないと思っていた。なのに時というものは不思議なもだ。どんな思いも風化させる」
 「風化なんてしてませんよ。ただ、心に余裕ができただけ」
 二人はクロスの墓石の前に並んだ。
 シェイが花を横たえて置く。しゃがんで胸に右手を当て目をつむる。後ろで立ったままロブも同じようにした。
 数秒間二人はそのまま目をつむり、先にシェイが立ち上がった。シェイより三十秒程長くそうしていたロブも、やがて目を開けて手を戻した。
 「彼には、たくさんの大切なものを教わった。俺だけじゃない」
 「ええ」
 「…もっと早く知り合っていれば、みんな傷つかずにすんだのかもな」
 「でも、今の俺達があるのはきっといろんな偶然の重なりの産物なんですよ。この世はとても、矛盾しているから」
 「いや、彼はきっとこの世に後悔はなかったと思う」
 時間と共に哀愁が流れてくる。冷たい風が百合の花を掠め、分厚い香りを二人に届けた。
 全てを記憶としてだけ存在させるには、残酷すぎるかもしれない。
 しかしそれを背負うのが、生き残った物の宿命。
 ロブはいつだったか、そんな話をしたのをぼんやりと思い出していた。
 人一人の命と、生きのみびた人間の後世な苦しみ、どっちが重いと思う?
 そのときはたしかとちらも同じだと言ったはず。
 今もそうだと思っているのかわからない。
 結局苦しみもすべて、その者の持つ価値観で決まるのではないか。
 「ロブさーん!シェーイ!」
 後ろから大きな声が聞こえた。二人はいっせいに振り返る。
 「やっと来たな」
 「遅いよ」
 シェイは走って来る自分と同色の髪と瞳をした小柄な男に、わざとらしく怒った顔を見せた。
 彼は両手一杯に抱えた百合の花束を墓前に置き、二人同様瞳を閉じた。
 「よし。報告終わり」
 勢いよく立ち上がり、後ろを振り返った。
 「それじゃあ行くか」
 「はい」
 三人はもと来た道を引き換えした。
 しかしロブとシェイが歩いて行くのにたいし、一人振り返って再び墓石に向き直る。
 「また来ますね」
 安らかに微笑んで、頭を軽く下げた。





















 「タナー」
















 ロブがなかなか来ないタンラートを大声で呼んだ。呼ばれたタンラートが走って二人の元へ行く。
 「すみません」
 「早くしろよ。この後も会議なんだから」
 「そういってどうせ人の意見なんて聞かないんでしょう」
 「いいだろ。今や俺達にたて付ける奴はいないんだからよ」
 「そうそう」
 「もシェイまで」
 「タナーも今日は出るんだろ?」
 「ええ、まあ」
 あれから五年。月日の経つのは本当に早かった。
 ロブはすぐにでも上に行った。少し卑劣な真似も繰り返し、結果的には国を動かす軍の最高責任者になった。これはかなりの地位で、国政にも大きな影響を与えることができる権力がある。
 遅れてタンラートとシェイもロブの助力を借りつつ同地位まで上った。
 度重なる戦の果て、ここ一年丸々他国と争いは起こしていない。これはニヒダにとって前例のないことだ。
 今からの軍は防衛のためのものにしていこうと、タペストリーを掲げた。
 あれから五年。長いようで短かった。
 それでも僕等の関係は変わらなかった。自分を保ち他人を敬う気持ちを忘れない。
 「お前は考え過ぎなんだよタナー」
 「でもロブさん…」
 「そこまで!二人とも、ロブさんもタナーも、そんなこと言ってまた遅れますよ」
 結局シェイに止められ、僕たちは僕たちの居場所へと急いだ。






 僕等は大切なものを手に入れた。
 それはみんなそれぞれ違うもの。
 しかしそれに伴う喜びは同じ。みんな大切なものを失い、一時は絶望に魂を売った。
 それでも僕等は間違えなかった。
 それは、見守ってくれたのがあの人だったから。


 「ありがとう、タスカさん」
 「なんか言った?」
 「え?ああ、なんでもないよ」
 「ふーん」
 シェイが首を傾げながら先を歩いた。それをタンラートは笑顔で見送り、そして安堵の溜息をついた。
 しかしそれをばっちりロブに見られてしまいすぐさま顔を引き締める。
 「早く行きましょう」
 タンラートが涼しい顔をして先を急ぐと、突然その手を掴まれた。ぐいっと引き寄せられ、後ろから首をブロックされる。
 「俺達の巡り会いに感謝する。タスカ、ありがとう」
 「…ありがとうございます」
 「ありがとう。タンラート」
 「あっ…ありがとうございます」
 「何やってるんですか?二人で」
 なかなか来ない二人を不振に思い、シェイが戻って様子を見に来た。そこで首に手を回すロブと顔を紅潮させるタンラートに、目をきつくして言った。
 「またナイショ話ですかぁ?」








 この幸せな時は、長きに渡る苦しみの果てにたどり着いた枯れることのないオアシス。
 水は地下から沸き上がりその空間に潤いを満たす。
 しかしその水を得られるのはほんのわずか。
 水を手にすることのできない者は全体の98パーセントを占め、その中24パーセントは死んでゆく。
 僕等はこのどちらでもない。
 僕等は余るほどの水を得た。
 だが僕等はその水を分け与えはしない。
 余った水は国を率いる力をもった次の世代を生きる先駆者のためのもの。






 僕らは足並みをそろえ歩く。
 肩が触れ合うほどの距離で。


 ここに、僕の不必要なものはなかった。


















     ここで終わる話/おわり












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