作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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「だから未だに僕も殺せない。あなたは誰より優しくて、誰よりあの人を知っているから」
知っているから、これ以上の罪が犯せない。
それはロブ一人おいていってしまった、彼の最後の罪滅ぼしのように、抗うこともできないほど、ロブの心に強く根付いている。
「あなたのその優しさが、あなたの自由を大きく制限し、あなたを救った」
タンラートはロブへの尊敬と素晴らしさに涙を禁じえなかった。
人を愛する天性の力をもっていた彼の唯一の誤算は、たった一人の人間へ向けた大きすぎる思いだった。
故に自由の翼はその重みに耐え兼ねてもぎ取れる。
人の死は決してかえることの出来ない自然の摂理。
それに涙しながらも、天性のそれは新たに何かを手にしたかったのかもしれない。
「正直今はまだ、死にたくないです。やっと大切なものを見つけたから。でも僕にとって、あなたは何よりも大切だから。僕の命なんかより、あなたの望みがなにより。それがたとえ、ちっぽけな意地だとしても」
タンラートが小さく微笑んで、ナイフを机の上に置いた。戦に行くとき、必ず持たされるネーム入りの自害ナイフ。
そこにはしっかりと柄にニダ所属タンラート=ゾナチウムと彫られている。
机から離れると手を前にだし、どうぞというジェスチャーを送る。
導かれるように、具合の悪そうな顔でロブがナイフに吸い寄せられた。
「先に行って、お兄さんに挨拶をしてきます」
柔らかく微笑んだ彼は、いつも神々しい優しさを与えてくれた兄に似ていたように思った。
「僕が死んでも、シェイを一人ぼっちにしないでください。ああ見えて、とても淋しがりやだから」
最後に見た彼の笑顔は、少し哀愁を帯びていて、儚げだった。
もし叶うことならばあの優しい、満面の笑顔にもう一度会いたかった。
「お願いします」
「ああ」
「ありがとう…」
シェイ ごめん
僕は、結局こんな生き方しか出来なかった。
だって、みんなが僕は僕のまま生きればいいって言ったから、僕はこの結末を選んだんだ。
目をつむって小さく言うと、両手をすっと肩まであげた。それはおいでというような形で肩幅より広げられる。
ロブはそんな彼に導かれるようにナイフを腹辺りに構えると、タンラート目掛けて走った。
狭い部屋で彼らの体がぶつかるのは、ほんの一瞬の出来事だった。
「ロブ…さ…」
僕たちは、生きるために生まれてきたんです
一度目のお話は
これで終わり。
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