作品名:雪尋の短編小説
作者:雪尋
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「手書きのエレクトリック・メール」


 僕デスクの上に可愛らしい封筒が置いてあった。ハートのシールがついていて、まるでラブレターのようだ。裏返してみるが差出人の名前は書いてない。周囲を見渡すがみんな仕事に集中していて、配達人が誰かも分からない。

「まぁ、開ければ分かるだろうさ。ええと……………………なんじゃこりゃ」

 中に入っていた便せんには謎の数字が羅列していた。
 たまに記号もあるけど。ほぼ数字のみ。

「……043361542*333224444*333……なんじゃこりゃあ……」

 ラブレターだなんてとんでもない。
 これは、あれだ、嫌がらせというか……そう、怪文書だ。

 延々と続く数字。しかも手書き! 執念込めすぎだろ。
 それは意味不明の内容のくせに、僕に問答無用の不安と恐怖を与えた。
 もう、なんだよこれ。誰がこんな電波系なことしやがったんだ。

 というかそもそも僕の会社のパソコンはローカルネットワークで繋がってるし、業務で使うメールアドレスも公開されているのだ。匿名でメッセージを送ることは難しくないし、こんな数字をみっちり書き込むぐらいならメールの方が早いはずだ。
 それでもあえて封筒に入れてシールまで貼って僕のデスクに置くというのは、一体どういう理由だ? そんなに僕が嫌いか? 恨まれてるのか? 泣くぞおい。

 即座の解決を求めるなら「イタズラか」と断じてゴミ箱にポイすればいいのだろう。しかし差出人も意図も理由も不明な手紙というのは実に怖いものだ。相手は僕を知っているが、僕は相手を知らない。つまりこの手紙こそが唯一の手がかりなのだ。

 よし、指紋でも割り出すか。

(ここで紙についた指紋の割り出し方について説明しよう。ニンヒドリンという薬剤(二千円程度)を適切に使用すれば、指の脂によって化学反応が起き、紙についた指紋が検出できるのだ。化学すげぇ)

 確か以前、産業スパイを自力で割り出すために使ったんだよな。薬剤の残りがまだ備品庫にあるはずだ。そして同様に、社員の指紋サンプルも保管されてるはず。
 個人情報保護法? なにそれ? 社会と会社ってのはそういうもんだ。文句があるなら産業スパイを恨め。というわけで僕は備品庫を管理している上司(美人)にこっそりと声をかけた。備品庫の鍵を貸してください。

「備品庫? いったい何を使うの?」
「怪文書が届けられまして。指紋の割り出しにニンヒドリンと指紋サンプルが要るのです」

「ちょ! し、指紋? あ、あれー? あったかな。たぶんもう破棄したはずだよ?」
「んなワケないでしょ。サンプル集めるのにどんだけ苦労したと思ってるんですか」


「で、でも……個人情報とかうるさいのが現代社会だし……ね? きっと無いよ」


 彼女は顔を真っ赤にしてサンプルの存在を否定した。
 あー。なんか直感なんだけど、犯人はこの人っぽいな。

 だが、色々な意味で、なんでだ?

 僕は首をかしげつつ(でもこの焦った様子がなんか可愛いからもう少しからかおう)と熱く激しく堅く決意して、彼女に手を差し出した。

「んじゃニンヒドリンだけでも。指紋サンプルは自力で集めます」
「ちょ! ……に、にんどりひん? その薬? もたぶん無くなってると思うよ?」

「仕方がない。ちょっと本屋に行ってきます。実験セットで売ってるんですよねー」

 彼女はいよいよ慌てふためいて
「とりあえずその手紙っての見せて? 参考までに」と言ってきた。ふん、お断りだ。

「で、でも見たら何か分かるかも」 えー?

「ほ、ほら、私暗号とか解くのすごく得意だし!」…………やべぇ。なにこのドジッ子。推理もんとしちゃベタだけど、ちょー可愛い。

「なんで怪文書が暗号仕立てってこと知ってるんですか?」

 彼女はがくりとうなだれた。――――やがて彼女は自供という名の告白を始める。

 曰く「とりあえず変わったことをして興味を惹きたかった。引かれるかもしれないと思ったけど、あえて普段とのギャップを狙った。というかそうしないと自分の意志を伝えられなかった。ほら、私って年上だし上司だし、いっつも怒ってばっかりだし……あの、その……ごめんなさい……」可愛い。


 ちなみに暗号、もとい怪文書の正体だが。ヒントは携帯電話とメールだ。以上っ!
 



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