作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 それに気付いたのは、仲良くなって随分経ってからだった。
 始めはただ興味があったからだ。彼には自分にないものを待っていると思った。
 自分とは違って自由に生きている様が、見ていて気持ちよかった。
 でも次第にわかって来た。自分が強く惹かれた理由、それはロブといる時のタンラートの表情だった。
 あんなに楽しそうに微笑む彼に感じた違和感。それはその笑顔だ。彼の笑顔は自分とそっくりだった。
 どこかで本来の喜びを感じていない。代わりに強い孤独を感じている。
 シェイは、そんな彼に少しでも笑って欲しかった。心から微笑んで欲しかった。そうすれば自分もいつか笑える気がした。いつも張り詰める思いで見ていた自分が、いつか愛すべきものに替われるかもしれないから。
 彼はそんな微かな望みをタンラートに託していたのだ。
 「ありがとう。タンラートが一人にはしないって言ってくれたときは、本当に嬉しかったよ」
 優しい声につられるようにタンラートの頬がみるみる内に紅潮した。
 「そんなんじゃない。僕はただ、自分が一人になるのが嫌だったんだ」
 「わかってるよ。でも、嬉しかった」
 嬉しかった。
 「死なんて恐いと思っていなかった。楽なら死にたい。でも、いざその場に立つと死ぬのはやっぱり嫌だった。恐かった」
 それでもタンラートは自分のために死を選んでくれた。
 「…いつでも死ねると思う矢先、なぜ人は死を恐れるんだろうね」
 いつだって優しい、思いやりのある温かい声音。
 あの時の彼が嘘幻のように思える。いかに自分が彼の奥底にある影に、怒りに触れたかが解った。そしてどれほど彼を傷つけたかが解った。
 「死だけじゃない。俺たちはどうあがいても一個の人間だ。どれだけ心を通わせても一つにはなれない。それなら通わせようなどしなければいい。そうすればもう傷つくこともなく、全てが安定する」
 タンラート同様、シェイの中にも同じ信念があった。しかし彼がその信念を貫こうとしなかったのは、それは間違いだという、大きな疑いを共に持っていたからだ。
 「何にも捕われず自由に生きて死ねばいいのに、人は自然とそれを欲しず、自ら破滅へと歩く。なぜ素直に眼前の死や絶望を受け入れようとしないんだろうね」
 「…」
 「タンラート、お前にはまだやることがあるだろう?」
 ゆっくりとシーツをめくると、必死に涙を堪えようと眉をひそめる横顔があった。
 「本当に大切なものは、本当に欲しいものは、絶望の喝中にいてはじめて気付くものなのかもね」
 タンラートが起き上がった。いつもとは違う目付きで膝の上の手を見つめる。



 まだ辞めてはいけない。
 僕にはやることがある。


 いいや、
 やりたいことがあるんだ。
 欲しいものがあるんだ。




 死んではいけない。
 もう誰も、寂しい思いをしてはいけない。









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