作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 「やめろ…」






 一度大きく離れ、今にも勢い任せに首を掻っ攫おうとしていた剣が、ぴたりと止まった。タンラートの瞳が大きく開く。
 「死ぬな…、生きてくれ」
 気がつくとシェイがタンラートの腕を必死に掴んでいた。痛みで力が入らない上に血で濡れてさらに掴みにくい。しかしそれでも決して手を離そうとはしなかった。
 「大丈夫。一人になんてしない。俺は死んだりしないから」
 「…っ」
 「死なないでくれ…。お前が死んだら、何のために頑張るんだよ」
 「うっ…うう」
 掌から剣が落ちた。そのうるさい音を境にタンラートの泣き方が変わった。関を切ったように溢れ出し、シェイの上に倒れ込んで泣いた。
 「ごめ…ごめんなさい。ごめんなさい」
 タンラートの頭をシェイがぎこちない手つきで撫でた。
 「わかったと思ったのに…僕、どうしてこんなに馬鹿なんだろう」
 「いいんだ、タナーはそのまんまで」
 赤い手が頬を撫で、彼と同じ色に染めてくれた。



 「誰かいるか!」
 後ろ耳に威勢のいい声が聞こえてきた。勝利を治めた残りの隊員達が仲間と死にぞこないの敵兵を探しに来たのだ。
 タンラートは目をつむったシェイの頭を抱えながら大声で叫んだ。
 「助けてシェイが!助けてくれ!」
 側にいた二人の兵隊が、タンラートの元に駆け寄った。その瞬間、安心からかタンラートも気を失ってしまった。

 しばらくは、なにも考えなくていい。









 「シェイの馬鹿」
 タンラートは仏頂面で言った。いつもなら輝く青い瞳も今は軽蔑の色に濁っている。
 「ごめんって。悪かったってばぁ」
 ベッドの上でこんな会話を続けてすでに二十分。平謝りを続けるシェイを依然タンラートは許そうとはしない。
 「僕がどれだけ心配したと思ってるんだよ!本気で死ぬ気だったんだ」
 小さく怒鳴りながら、タンラートがシェイの隣のベッドでシーツを頭まで被ってしまった。
 あれから一日が経った。腹を切られたシェイはタンカーで運ばれすぐに処置を受けた。命に別状はない。出血はひどかったが傷はたいした事なく、当人もそれはわかっていたらしい。それにもかかわらず重傷のふりをして和解したことを知られ、今に至るようにタンラートの機嫌を損ねてしまった。
 そのタンラートはというと、緊張の糸が切れ安心しきってしまい中々深い眠りから覚めず、実際に目が覚めたのはシェイよりもずっと遅かった。
 ようやく起きたと思うと、隣のベッドで包帯を軽く巻いただけでけろっとしているシェイに、突然顔を真っ赤にして怒りだした。
 結局ロブのことも全てシェイの言う通りになり、その上、まさかこんなにたいした事のない怪我にのせられ、自殺までしようとした事が無性に情けなくなって、無理矢理怒りで押し隠そうとしたのだ。
 「本当に悪かったと思ってるよ。俺だって、ちゃんと死ぬ気で庇いに行ったんだから」
 シーツの中でうずくまりながら大人びた優しい声を、タンラートは目をつむりながら聞いた。
 久し振りのこの声。
 優しさに溢れる、シェイの声。
 タンラートは悔しそうに唇を噛んだ。
 「もうこんな事しないから。俺も、タンラートと離れたくなかったんだよ」
 初対面からあだ名で呼ばれ続けていたシェイに、始めてタンラートと呼ばれたため、驚いて体が思わず大きく揺れた。
 自然と大粒の涙が溢れ、頬とシーツを濡らす。
 「シェイの馬鹿。何もわかってない」
 「え?」
 「僕が一番嫌なのは、僕のせいで大切な人が死ぬことなのに。一人残されることなのに」
 「タンラート」
 シェイが腹に手を添えながらベッドから下りた。裸足のまま二、三歩ほどしか離れていない隣のベッドに座る。
 シーツの上からタンラートの頭を探し、撫でてやった。強くつむった瞳から再び涙が溢れ出す。
 「もう一人かと思った。今度こそ…もう一人ぼっちかと思った」
 突き放した、あの日と合わせて二度目の弱々しい声。言葉通りそれは怯えて震えていた。
 誰も見ていないと知り、シェイは見せた事のない真剣な表情を作った。明るい印象に不必要なこの強い眼差しは、普段は決して人前に出さない。
 これこそが彼の本当の性格だ。いつも笑顔で不快な思いをさせない、人に自分の努力を悟らせない。これは見栄ではなくあくまで彼の本来の姿だ。ポーカーフェイスが上手く、誰とでもすぐに打ち解ける事が出来る。浅く広く付き合うため、本当の付き合いはなかった。
 しかしそれはシェイのせいではない。彼を育てた保護者の責任だ。
 彼等はシェイに、自分に有利な人間とだけ上手く付き合うようにと教えこんだ。そのため、いつ何時もシェイはその強い先入観に従い行動して来た。
 だが、シェイが始めてタンラートを見たとき、何かが変わった。
 その時タンラートはロブと話していた。とても楽しそうに。
 でもどこかがおかしい。強い違和感を感じた。









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