作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 どれくらいの時が経っただろうか。
 疲労から膝が震え、手はまるで死後硬直のように剣の柄を握った形で固まっている。早い呼吸は口から血の混じった砂埃を吸い込み、必然的に何度も咳を繰り返す。
 誰かが勝ったと叫んだ。
 その言葉通り辺りに敵の塊はなく、逃げて行く後ろ姿が見えた。
 朦朧とする意識の中、その光景と誰かの勝ったという言葉を何度も頭で反芻させる。
 そしてようやくその意味を理解した時、僕は最後の仕事を成し遂げた達成感に、目をつぶった。



 「タンラート!」
 その瞬間、僕の目の前にジールが現れた。
 彼は僕を庇い、腹から吐き出した血で僕の視界を真っ赤に染めた。
 全ての音が消え、僕は自分のいる世界を見失った。
 どこまでも続く広い世界にもかかわらず、ここはなんて狭い四辺に囲まれてるのだろう。僕は身動きできないこの空間を、仰向けに漂いながら更に高い位置にいる彼を見上げた。
 血と弾かれた剣が宙を舞い、一定の場所を漂った。

 髪が、僕と同じ白金だった。
 それが何よりも嬉しかった。
 ただ出身が同じだから似通っているだけだが、それだけで僕と彼を誰よりも近くにいる、家族のような錯覚を持たせてくれた。
 でも目の前の彼の髪は少し長いのはなぜだろう。綺麗だから伸ばせばいいのにと言うと、欝とうしいからと言って、いつもすぐに切りたがっていたのに。
 それにあんなに背は高かっただろうか。
 ジールはもっと小柄でとても外見に気をつかう人で、耳にピアスなんて…

 ピアス…

 僕が彼にあげた物と同じ、ブラックパールの…





 シェイ。







 「シェイ!」
 僕は我に返った。
 同時に僕の背中に激しい痛みが加わる。地面に打ち付けたのだ。
 そして少しずれるように僕の上にシェイが落ちてきた。それを必死に受け止める。宙を舞った剣は近くの地面にいい音を立てて刺さった。
 僕はシェイを受け止めるとそのまま体を回転させて、シェイを切った相手の次なる攻撃をかわした。早く逃げたせいで攻撃はさっき僕が腰をうった地面に直撃した。
 僕はシェイの下から抜け出し柄を握ると一気に引き抜き、地面に刺さった剣を抜こうとしている敵兵の首を掻っ攫った。近づいてくる二、三人の残兵もついでに切り伏せる。
 「ああシェイ、なんでこんな」
 剣をしまわずにシェイを担いだ。しかし自分より身長も体重も大きいため、足を引きずる形になる。
 なんとか敵のいない場所まで運んだ。周りは死体と負傷した仲間。遠くで剣の重なる音と人の叫ぶ声が聞こえた。
 「シェイ!シェイ!」
 彼は赤くなった腹を手で押さえ、薄く目を開いた。すかさず僕も上から押さえる。
 「タナー」
 「何でだよ!何で!シェイっ」
 「…」
 「何でっ!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!シェイ!」
 「タナー…ごめん」
 「…っ」
 「本当は、お前のこと嫌いになんてなってない」
 「…わかってる」
 「お前のこと、ずっと大切だった。でも、お前を苦しめたくなかったんだ」
 彼のあの冷たい言葉の数々は、決して僕を疎んで罵っていたわけでも、己を守ろうとしていたわけでもなかった。
 彼は、大切な人を守るために、自らが犠牲になったんだ。
 なんて人だろう。
 なんて優しい人なのだろう。
 なんて不器用な人なのだろう。
 そして僕は、なんて愚かなのだろう。
 「…シェイ」
 先にたつ後悔なんてない。いつも取り返しのつかないところまできて、ようやくその必要さを思い知るんだ。
 僕は涙を流しながら、彼の首に抱き着いた。近づいてきたブラックパールのピアスに口づけをすると、僕は自分の剣を取った。
 「本当に、何もなくなった。全部なくなった。これであなたは満足でしょう。僕は全てを失った」
 タンラートはゆっくり剣を持ち上げ、平たい面を肩に押し付けた。そしてそれを首の方へスライドさせる。首の真横までくるといったん止まり、少し切れた皮膚から血が滲んだ。
 「シェイ、一人ぼっちで行かせたりしない。ジール、今行くから」
 タンラートは目をつむり息を止めた。









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