作品名:ここで終わる話
作者:京魚
← 前の回 次の回 → ■ 目次
どれくらいの時が経っただろうか。
疲労から膝が震え、手はまるで死後硬直のように剣の柄を握った形で固まっている。早い呼吸は口から血の混じった砂埃を吸い込み、必然的に何度も咳を繰り返す。
誰かが勝ったと叫んだ。
その言葉通り辺りに敵の塊はなく、逃げて行く後ろ姿が見えた。
朦朧とする意識の中、その光景と誰かの勝ったという言葉を何度も頭で反芻させる。
そしてようやくその意味を理解した時、僕は最後の仕事を成し遂げた達成感に、目をつぶった。
「タンラート!」
その瞬間、僕の目の前にジールが現れた。
彼は僕を庇い、腹から吐き出した血で僕の視界を真っ赤に染めた。
全ての音が消え、僕は自分のいる世界を見失った。
どこまでも続く広い世界にもかかわらず、ここはなんて狭い四辺に囲まれてるのだろう。僕は身動きできないこの空間を、仰向けに漂いながら更に高い位置にいる彼を見上げた。
血と弾かれた剣が宙を舞い、一定の場所を漂った。
髪が、僕と同じ白金だった。
それが何よりも嬉しかった。
ただ出身が同じだから似通っているだけだが、それだけで僕と彼を誰よりも近くにいる、家族のような錯覚を持たせてくれた。
でも目の前の彼の髪は少し長いのはなぜだろう。綺麗だから伸ばせばいいのにと言うと、欝とうしいからと言って、いつもすぐに切りたがっていたのに。
それにあんなに背は高かっただろうか。
ジールはもっと小柄でとても外見に気をつかう人で、耳にピアスなんて…
ピアス…
僕が彼にあげた物と同じ、ブラックパールの…
シェイ。
「シェイ!」
僕は我に返った。
同時に僕の背中に激しい痛みが加わる。地面に打ち付けたのだ。
そして少しずれるように僕の上にシェイが落ちてきた。それを必死に受け止める。宙を舞った剣は近くの地面にいい音を立てて刺さった。
僕はシェイを受け止めるとそのまま体を回転させて、シェイを切った相手の次なる攻撃をかわした。早く逃げたせいで攻撃はさっき僕が腰をうった地面に直撃した。
僕はシェイの下から抜け出し柄を握ると一気に引き抜き、地面に刺さった剣を抜こうとしている敵兵の首を掻っ攫った。近づいてくる二、三人の残兵もついでに切り伏せる。
「ああシェイ、なんでこんな」
剣をしまわずにシェイを担いだ。しかし自分より身長も体重も大きいため、足を引きずる形になる。
なんとか敵のいない場所まで運んだ。周りは死体と負傷した仲間。遠くで剣の重なる音と人の叫ぶ声が聞こえた。
「シェイ!シェイ!」
彼は赤くなった腹を手で押さえ、薄く目を開いた。すかさず僕も上から押さえる。
「タナー」
「何でだよ!何で!シェイっ」
「…」
「何でっ!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!シェイ!」
「タナー…ごめん」
「…っ」
「本当は、お前のこと嫌いになんてなってない」
「…わかってる」
「お前のこと、ずっと大切だった。でも、お前を苦しめたくなかったんだ」
彼のあの冷たい言葉の数々は、決して僕を疎んで罵っていたわけでも、己を守ろうとしていたわけでもなかった。
彼は、大切な人を守るために、自らが犠牲になったんだ。
なんて人だろう。
なんて優しい人なのだろう。
なんて不器用な人なのだろう。
そして僕は、なんて愚かなのだろう。
「…シェイ」
先にたつ後悔なんてない。いつも取り返しのつかないところまできて、ようやくその必要さを思い知るんだ。
僕は涙を流しながら、彼の首に抱き着いた。近づいてきたブラックパールのピアスに口づけをすると、僕は自分の剣を取った。
「本当に、何もなくなった。全部なくなった。これであなたは満足でしょう。僕は全てを失った」
タンラートはゆっくり剣を持ち上げ、平たい面を肩に押し付けた。そしてそれを首の方へスライドさせる。首の真横までくるといったん止まり、少し切れた皮膚から血が滲んだ。
「シェイ、一人ぼっちで行かせたりしない。ジール、今行くから」
タンラートは目をつむり息を止めた。
← 前の回 次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ