作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 この戦いが終われば軍をやめる。
 帰る場所なんてないから、行く場所を考えなければならない。
 やりたいことの一つもないし、生きたい生き方もない。
 そういうのって意外と面倒で、もう気分も優れないことだし、いっそのこと死んじゃってもいいかななんて思いだした。

 死を恐れなくなったのは、久しぶりだ。



 目の前には地面を埋めるほどの兵隊がいた。
 仲間ではない。国と国とが互いの権力を誇示させるために、用意された目標。殺し合うための敵駒。
 彼等は向かい合った敵である僕等を、心から憎み殺しにくる。僕等がいなければ人を殺すことも仲間を殺されることも、支配下に置かれ土地を奪われることもない。
 だから僕等を倒したがっている。
 幸せのために。
 愛する仲間と、愛する人達のまつ国に帰るために。
 しかしそれはこちらも同じ。
 自分たちの幸せのために相手のことなど考えず、ただ勝つためだけに殺していく。


 戦いが始まる前というのは恐ろしく静かだ。隣の人間の息づかいが聞こえてくるほどに。
 この張り詰めた緊張を好む人間もいた。しかしほぼ全員が出来ることならこの場に臨みたくはないだろう。
 今のタンラートは前者でも後者でもない。
 緊張の糸に乗ることもできず、自分という個体を客観的に遠くから見ているような感じだった。
 幻のような自分は、直ぐにでも消えてしまいそうなほど、存在が薄らいでいた。
 今では、鏡の前に立っても映らないだろう。
 「神の鏡…」

 神の鏡

 神の鏡。

 自分の姿

 映せない姿

 本当の姿

 どうか映してください





 神の鏡




 ほんの先の姿

 それだけでいいから





 互いの国の笛が、高く低く鳴った。
 その瞬間、せきを切ったようにみんな走り出した。足音と掛け声で、先程とは別の静けさが聞こえてきた。
 そして長く、短い短い命のぶつかり合いが始まった。











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