作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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戦艦シナノ来襲
翌朝、船のエンジン音で目覚めた。
男たちは二日酔いの眠い目をこすりながら、スタンバイした。ゲンパチが調達したタンカーが到着したのだ。
全員総出で地下70メートルの備蓄タンクまでホースをつなぎ、タンカーのポンプでガソリンを吸い上げる。ポンプが動き出せば、自動的に吸い上げるだけだが、計算すると7時間はかかる。
カズマは不測の事態に備えて、ロボットのコックピットに座り、監視を続けた。
本部テントではムカデロボットがゼンじいの手で丁寧に分解されている。電子頭脳に残された記憶は携帯端末にすべて吸い上げデータとして記録された。
そこまでは全て順調だった。
日が天頂に差し掛かる頃、遺跡に残されたタワーの頂上で見張りをしていた男が手動サイレンを鳴らした。監視員が慌てて塔の上を仰ぎ見ると、男は手旗信号で、警戒警報を合図している。
知らせを聞くとじいさんとクマは、慌てて砂丘の頂上に走った。カズマは目立たぬようにロボットから降り、その後を追う。
3人は見晴らしの良い砂丘にうつ伏せになり、双眼鏡で砂漠の地平線を見た。
「貨物船か?」
カズマが聞いた。
「いや、まだ見えない。いずれにせよここは通常航路から外れている。わざわざこんな場所を通るのは、ご同業の密輸船くらいだ」
クマは大粒の汗を額に浮かべて言った。
「ありゃ、戦艦のマストだ」
ゼンじいが呟く。
眼を凝らしていると、黒いしみが次第に大きくなり、やがて砂丘の水平線上に戦艦のマストが現れた。
「1時の方向、距離5000メートル。速度40ノット…」
クマが、双眼鏡に付帯している目視観測のデーターを呟いた。
「進路は」カズマが尋ねるとクマは答えた。
「間違いない、こっちに向いている」
「どうしてここがわかった」
「タンカーを砂漠の真ん中に引っ張ってきたのが軍にばれたな。偵察にきたんだろう」
砂埃の中から現れた巨大な戦艦の全貌を確認したとき、クマは思わ息を飲んだ。、
「偵察じゃない。戦艦だ。でかい」
クマは艦体にかかれた名前を呼んだ。
「戦艦シナノ。これがシナノか」
「あいつら、ついにあれを完成させたのか」
「速度を上げた。10分以内に到着する。じいさん、祭りは終わりだ。俺たちは逃げるぞ」
クマは悲鳴のような声を上げながら砂丘を駆け下りた。
「戦艦が来た。いいか、タンカーはあきらめろ。このホバークラフトだけでもなんとしても助ける。全員撤収。脱出だ。急げ、もうすぐ射程に入るぞ」
クマの声を聞くと手下たちは作業を放り出して、ホバークラフトに乗りこんだ。
「カズマ、急げ、俺たちも撤収だ、みんなに伝えろ」
空気を切り裂く音が、ゼンじいの言葉をさえぎり、遺跡から五〇メートルほど離れたビルが爆発した。
「威嚇だ。艦砲射撃の射程に入った。カズマ、急げ」
ゼンじいが怒鳴った。
カズマはロボットにたどり着くとコックピットに飛び乗り、急発進させた。砂丘を猛スピードで駆け降りる。もくもくと砂埃があがったが気にしている余裕はない、飯場や作業場を駆け回りながら叫ぶ。
「おい、軍艦が来る,逃げろ」
クマの乗るホバークラフトが爆音を上げて動き出した。
巨大な戦艦は速度を加速して近づいてくる。
シナノは停船信号を打ち上げた。白い煙が、空にたなびいた。
「停船信号か。こちとら捕まれば銃殺の身。大人しく捕まる訳にはいかんのよ」
クマはフルパワーでホバークラフトを加速する。
「艦砲射撃、来ます」
ブリッジで見張りをしていたゲンパチが叫んだ。
「ハード・スダボード、急げ」クマが右旋回を命じた。
操舵手が舵輪を右に回す。船は大きく傾きながら旋回し、砲弾はホバークラフトの左舷前方に着弾。船体が爆風で大きく揺れ、ブリッジの見張り員は柱や計器台に捕まり体を支えた。
「やはり、本気だな・・」
「二発目、来ます」
「どけ、俺が舵輪を握る」
クマは操舵手を押しのけ、ガラガラと舵輪を左の限界まで急旋回させた。至近弾が右舷で爆発。砂埃で視界が閉ざされた。
「くそ、ここまでか。スピードを落とすなよ、狙い撃ちにされるぞ」
クマはマイクを取り、艦内放送で命じた。
「全員、船から退避。急げ、捕まるなよ」
闇商人たちは脱出用の小型エアバイクで次々に船から飛び降りた。
「親方、3発目、直撃します」
ゲンパチが怒鳴った
爆音と共に船体が大きく揺れ、見張り員とゲンパチが転がった。舵輪にしがみつき、クマは辛うじて立っていた。
後部右エンジンが爆発し、右舷後部の前進用プロペラと方向舵が吹き飛んだ。船はコントロールを失い、激しく回転しながら、岩にぶつかり爆発、炎上した。
発掘屋たちは緊急集合地点に決めておいた小高い砂丘の陰にいったん身を潜め、敵の動きを見守っていた。
「クマさんたちがやられた」
カズマはコンバットロボから降り、ゼンじいをはじめ、トモジ、ケン、ヤスなどと砂丘の頂上に身を伏せてホバークラフトが沈められるのを眼下に見た。
「も、も、燃えた」
ケンが叫んだ。
「マジかよ?燃やしちまったら、奴らブツの略奪ができないだろうに」
トモジが言った。
「ああ、お宝が燃えちまう」
ヤスが情けない声を出す。トモジもケンも声には出さないが、同じ気持ちだった。
「みんな脱出できたか?」
ゼンじいが視力が抜群に良いカズマに聞いた。
「爆発する前にエアバイクが5機脱出した」
ゼンじいの顔が微かに明るくなり、
「クマは?」
と、期待を込めて聞いた。
カズマは黙って首を振るしかなかった。
戦艦シナノは全長200メートルを越える巨大な船体を遺跡に横付けした。
巨大陸上戦艦シナノの総排水量は3万トンを越える。36センチ砲8門、15センチ砲14門を持つ。砂漠を時速60キロ以上のスピードで進むこの巨大艦の姿は見るものを威圧する。
科学的な知識がある者は反重力エンジンを大型化して使っているのではと推測した。反重力エンジンとは22世紀に実用化された浮遊装置で、エアバイクや小型エアクラフトの補助エンジンとして使われている。しかし、反重力エンジンを大型化すると本体の自重が増えるため浮力が失われてしまい、巨大船には向かない。
タラップが降ろされると、バイザー付きヘルメットを被り5.56mmライフルと20mm擲弾発射機の二つの銃身を一体化したOICW(個人戦闘兵器)で武装した兵士50人が整列した。最後に長身で痩せた男がタラップを降り、兵士の前に立つと、兵士たちは一斉に敬礼した。男が鷹揚にうなずくと、それを合図に兵士たちは遺跡の調査に走った。
男は軍服を着ていたが軍人というより高級官僚のようだ。彼は貪欲な目つきで品物の物色を始めた。
「やはり奴じゃ」
ゼンが唸るようにつぶやいた。
「あいつを知っているのか」
「奴はカトーという男だ」
双眼鏡の中でシナノの司令官、カトー大佐は、残された発掘品を,自ら一つ一つ手に取り眺めながら、機嫌良く笑った。
「こ・い・つ・は・み・っ・け・も・ん・だ・な」
カズマは読唇術を使う。カトーの唇の動きを読んだ。
「こ・れ・だ・け・の・発・掘・が・で・き・る・の・は・関・東・に・一・人・し・か・い・な・い・・・・」
ふと、カトーは目を細めてこちらを見た。
カズマの双眼鏡に日光が反射したらしい。
「感づいたな」
カトーの動きに、カズマは舌を鳴らした。
「奴は怯えたネズミだ。カンだけは鋭い」
ゼンじいが吐き捨てるように言った。
カトーは砂丘を指差して怒鳴った。
「あの砂丘に隠れている。捕まえろ。逆らったら容赦なく殺せ。どうせゴミだ。ただし首謀者の60過ぎの老人が居たら生け捕れ。決して殺すな・・。奴らゼンじいのこと知ってるみたいだぜ。ゼンじい以外ゴミだから殺せって言っている」
カズマはカトーの言葉を伝えた。
「やはり、奴の狙いはワシか」
ゼンは困惑した表情で頷いた。
戦艦の側面が開き、次々にエアバイクが降ろされた。武装兵士はOICW(個人戦闘兵器)を背負いエアバイクに跨る。
カトーは、無線電話の受話器にむかって指示を出している。艦橋への直通ラインらしい。カトーが受話器を置くと同時に、シナノの主砲がゆっくりと動いた。
「やばい、みんな逃げろ」
カズマは立ち上がり大声で叫んだ。
シナノの主砲が火を噴いた。炸裂音と同時に砂が舞い上がり、視界を消した。弾幕に隠れ、兵士達のエアバイクの甲高いエンジン音が近づいてくる。
「完全撤収開始。ワシがしんがりを務める。各自,捕まらないように逃げろ。いいな。間違ってもへなちょこ軍にやられるなよ」
その声に、男達は砂丘に隠しておいた倉庫の鉄蓋を持ち上げ、ロボットやエアバイク、小型ホバークラフトに乗り込んだ。
「カズマ、お先に」
トモジがホバークラフトのコックピットから声をかけた。退却戦には皆、慣れている。
「みんな無事に逃げろよ」
同乗したヤスとケンが手を振った。
仲間たちが次々に逃げていく。カズマは全員が手はず通り、四方八方に散っていくのを確認した。
「ゼンじい、オレが蹴散らすから、ぼちぼち行こうぜ」
「カズマ、ワシはよい。みんなを逃がせ。ワシの心配は無用じゃ」
ゼンじいは砂丘にセットしたオートマチック・グレネードランチャーを連射して敵のエアバイクを落とした。
「カズマ、見ろ。当たったぜ。うまいもんじゃろ」
ゼンじいは子供のように笑った。カズマはあきれて、
「じっちゃん、早くロボットに乗ってくれ」と、促した。
「いいんだ。奴らの狙いはワシじゃ。奴らはワシを殺さない。おまえは、コンバットロボで敵を蹴散らせ。さもなければ全滅するぞ」
ゼンじいはランチャーを撃ち尽くすとずらりと並べた迫撃砲に次々に砲弾を詰めていく。砲弾が白煙を引きながら上空に舞い上がり、弧を描きながら落下、エアバイクに直撃した。
「カズマ、一つだけ言っておくことがある。ワシに何かあったら、おまえはこの男を探せ。カワゴエというオアシスに行けばきっと会える。この男じゃ。いいか、このポスターを持っていけ」
ゼンは、『賞金首ハラダ』と書かれたポスターを渡した。太い眉毛、鋭い目、頬骨が張った顔にはいくつもの修羅場を越えたであろう迫力があった。
「生死にかかわらず賞金10億アセアか?」
「そうだ・・・」
ゼンの言葉を打ち消すように爆発音が響いた。至近弾だった。
敵が近い。
カズマはコンバットロボのコックピットに飛び乗り、砂埃が消えるのを待った。
ようやく視界が戻ると、エアバイクの小隊5機が、猛然と向かってくるのが見えた。カズマはコンバットロボの重機関砲を連射して、5機のエアバイクを打ち落とした。
「カズマ、はやく行け、ここはまかせろ」
カズマは、敵のエアバイクが仲間のホバークラフトを追っているのを見ると、重機関砲でエアバイクを撃ち落とした。
「ゼンじい、死ぬなよ」
「当たり前じゃ。おまえも気をつけろ」
二人の間に砲弾が炸裂したのを機に、カズマは全速力で駆け出した。
エアバイクの兵士がコンバットロボの前ををさえぎり停止を命じたが、カズマは無視しロボットの足でバイクを踏み付けて進んだ。
走りながら戦場を見回すと3機のエアバイクが仲間のホバークラフトを追いかけているのが見えた。
狙いを定め、重機関砲の引き金を引くが反応がない。
「クッソー、弾切れか」
カズマはスピードを上げ、エアバイクに接近、トマホークで3機を次々に切り落とした。
仲間のホバークラフトは被弾して、白煙を吹き上げながらよろろろ蛇行している。
カズマはホバークラフトに近づきコックピットを覗いた。
中にトモジの顔が見えた。
「トモジ、まだこんなところに」
さらに近づくと、トモジのシャツの胸に赤いものが見えた。嫌な予感が走った。
「・・・血か?」
「トモジ」
カズマが叫んでも、トモジは前方を見たまま、反応がない。ホバークラフトのボディーは蜂の巣のように穴が開いている。後部座席のヤスとケンも動かない。
「ヤース、ケーン!」
3人は眼を開けたままだ。反応がない。
「まさか」
カズマはなんとかホバークラフトの動きを止めようとコンバットロボの腕を伸ばしたが、届かない。それどころか、慌てて掴もうとしたため転倒してしまった。
白煙を噴いて離れていくホバークラフトの後部に炎が見えた。
「まずい、燃料タンクに火がついた」
ホバークラフトは炎に包まれ激しい爆裂音ととも爆発、砂の上に残骸が放射状に散った。爆風とともに破片がロボットの装甲にバラバラと刺さった。カズマはシールドに身を伏せて難を逃れた。
迫撃砲の砲弾を打ち尽くしたゼンじいは仲間たちが充分に離れたことを確認して、携帯端末のキーを押した。
モニターに砂丘の回りの砂の中に仕掛けられた爆薬の位置が赤く点滅した。敵エアバイクは黄色い点で表示されている。黄色の点滅が赤い点滅に囲まれた瞬間に、点火スイッチを押し、素早く退避壕に身を伏せた。
砂丘の砂が、炎とともに吹き上がり、火砕流となった爆風がエアバイク隊を吹き飛ばした。
カズマは爆裂音に驚き振り向いた。
砂丘の空に黒煙と砂埃が高々とあがっている。その黒煙にシナノの巨体がゆっくりと近づいていくのが見えた。
埃とススだらけの顔をしたゼンは、両腕を背の高い兵士に捕まれたため足が地面につかない宙ぶらりんの格好で、カトーの前に連行された。
「大佐。60代、首謀者らしき老人を捕まえました」
カトーはゼンの埃だらけの顔を見ると、ニヤリと笑った。
「これはこれは、珍しいところでお眼にかかりますな」
「フン、ワシが発掘した遺跡を横取りしおって」
「落ちぶれましたな、ドクターゼン。こんな安っぽい遺跡などにかかわって」
「フン、おまえには価値がわからんのだ」
「まあ、あとでゆっくり話しを聞かせてもらいましょう」
カトーは振り向き、兵に命じた。
「このじいさんをぶち込んどけ、ただし丁重にな」
近くで見ると戦艦シナノの船体は想像以上に巨大だ。艦橋まで40メートルはあるだろうか。船体のいたるところからハリネズミのように砲身を突き出した姿は船と言うより、巨大な要塞だった。。
「おい、年寄りを乱暴に扱うとバチかぶるぞ」
と、捕虜収容用の雑居房に投げ込まれゼンは憎まれ口を言った。
その声を聞いて、雑居房の奥でもそもそと誰かが起き上がった。
「だれじゃ」
ゼンが聞いた。
薄明かりに照らされたゼンの横顔が見えたのだろう、聞き覚えのある太い声が牢に響いた。
「おお、じいさん。生きとったか」
手を差し出したのは、クマだった。
「クマか。おまえこそ、よく生きていたな」
「直撃をくらい、飛び出したが、ざまない。逃げそびれちまった」
情けない顔でクマが苦笑いした。
「まあ、うわさの新鋭艦にも乗りたかったんだよ」
その表情には余裕があった。
「負け惜しみを言いおって、しかし、その意気だ」
見回すとクマの部下もゲンパチのほか二人いる。みんな爆発の炎で服が焦げていたが、およそ囚人とは程遠い覇気があった。
「俺の方は、残ったのはこれだけだ。じいさんの方は?」
「どうかな・・・」
「小僧は?」
「カズマは大丈夫だ」
「そうか・・しかし、この船は想像以上に凄いな」
「まあな。今はじたばたせずに時を待つことじゃ。さて、わしは疲れた。寝るぞ」
雑居房は換気が不充分なため、囚人の体臭がこもり、汗臭く息苦しかったが、ゼンは横になると、すぐに眠りに落ちた。船は巡航速度に入り、エンジン音が規則正しいリズムを響かせていた。
カズマは戦艦シナノから10キロ程離れた岩陰から、シナノの行方を見守った。
1時間後、シナノは、砂塵を巻き上げ去って行った。クマの調達したタンカーはシナノに曳航されていった。
カズマが発掘現場に戻ると、生き残った仲間達が呆然と立ち尽くしていた。艦砲射撃でビルが大きく傾き、鉄骨から赤錆が風に舞っている。この1週間をかけて掘り出した発掘品のほとんどはクマの貨物船と一緒に燃えてしまった。遺跡はふたたび廃墟に戻っていた。カズマは生き残った仲間と手分けして殺された仲間の遺体を葬った。
トモジ、ヤス、ケンの遺体も焼け焦げたホバークラフトの中から発見された。
「トモジ、ケン、ヤス。すまん」
カズマは力任せに焼けたホバークラフトのボディーを握り拳で何度も殴った。
「カズマ、やめろ。みんな同じ気持ちだ」
爆破技師モリイがカズマをなだめた。
カズマは焼け爛れた3人の遺体を見るうちに、心に激しい復讐心が生まれた。
「俺が必ず敵を討つ。必ず、あのシナノを沈めてやる」
カズマは心に誓った。
全員の弔いを終えるころ、すでに日は傾いていた。
カズマは、仲間に聞いた。
「ゼンじいはどうした?」
「隠し爆弾を破裂させたあと、兵士に捕った」
モリイが答えた。
「ゼンジイは生きているんだな」
「そうだ」
カズマは砂漠に残されたシナノの航跡を見ながら聞いた。
「あの軍艦はどこに向かったんだろう?」
「多分、タチカワだ」
「タチカワ?」
「ああ、連邦政府軍の関東管区の基地だ。関東の大型戦艦はタチカワを母港にしている。でかい基地だ」
モリイは苦々しく答えた。
カズマは、うなずくとコンバットロボに乗りこみ、エンジンをかけた。
「カズマ、どうする」
「ゼンじいを助けに行く」
「じゃ、俺たちも行くぜ、なっ」
モリイがみんなを見渡すと、みんな一斉に頷いた。
「いや、みんなはいい」
「一人で軍の基地に乗り込むつもりか?」
「まさか、そこまで無謀なことはしない。大丈夫だ。ゼンじいは最初から戦艦に潜入するつもりで、あいつらに捕まった」
カズマは闇雲に全員で動くのは危険だと感じていた。
「親方は考えがあってワザと軍に捕まったんだな」
「そうだ。一か八かの賭けだったが成功したようだ。これからどうするか、ゼンじいから作戦を聞いている。みんなは俺がゼンじいを助けるまで待っててくれ」
もちろんカズマに作戦などは無い。ただ、ハラダに会うようにという一言が便りだ。みんなを安心させるには、こう言うしかなかった。
かなり強引なウソだったが、カズマの気持ちを察して、モリイが大きく頷いた。それを見てほかの仲間も安心したようだ。モリイはみんなを代表して言った。
「親方が居なけりゃ、オレたちは飯が食えない。とりあえず近くの町でカズマが親方を連れてくるのを待つよ」
「約束する。必ずゼンじいを連れて帰る」
カズマはコンバットロボのコックピットに座ると、エンジンをふかし、ギアを入れた。
とにかくゼンじいに言われた通り、カワゴエに行き、ハラダに会うしかないとカズマは思った。
『賞金首ハラダに助けを乞えというのだろうか? それとも・・?』
様々な疑問が浮かんだが、とにかくカズマはハラダに会いに行くことにした。
2足歩行の戦闘ロボットは砂漠の砂を力強く蹴り上げ、夕暮れの砂漠を走り出した。
何時間眠ったのか、鉄の扉が擦れ合う音でゼンは眼が覚めた。
コツコツという靴音が、床から壁、天井へと波紋のように共鳴しながらこちらに向かってきた。てかてか光る革のブーツは横たわるゼンの顔の前でピタリと止まった。
革のブーツは上等な生地を使った折り目正しいズボンをはき、軍服に金のボタンを輝かせてゼンを見下ろしていた。ドアの向こうから差し込む光が男の表情を隠していたが、その男は紛れもなく司令官のカトーだった。
カトーはゼンの顔を見ると、
「ドクターゼン。手違いでここに案内してしまいました。申し訳ありませんな。兵士どもが丁重という意味を全く勘違いしたようでね」
と、金縁眼鏡をずりあげながら慇懃に挨拶した。
「ふん、誰がドクターだ。今のワシは発掘屋の親父だ。ただの民間人だ」
「遺跡荒らしの賞金首と、言い換えてもいいですよ。ドクターゼン。まあ、こんなところではゆっくり話しもできませんね。どうぞこちらに」
薄暗い船底から直通エレベーターで最上階まで上る。エレベーターを降りると、そこは船の司令塔である艦橋だった。広々とした室内に様々な計器が並んでいる。カトーが入るとそれまで忙しそうに動いていた士官たちが手を休め、機械仕掛けのように全員が敬礼で迎える。
見晴らしの良い窓から、関東平野の果てしない砂漠を見渡す事ができた。当直の航海士や見張り員が窓の前に立ち、肉眼や双眼鏡を使って常に見張りをしている。速度計は30ノットのところに針を指し、ジャイロコンパスは北東を指していた。
「ドクターこちらへ」
カトーは、艦橋の後ろにある司令官室にゼンを案内した。
そこは戦艦の中とは思えない豪華な装飾品で溢れていた。若い女士官がお茶を注ぎ、黙って出て行った。カトーは皮製のソファーにどしりと座り、ゼンにも座るよう勧めた。
「いかがです。この艦は。あなたの夢をかなえることができましたよ」
「何がワシの夢じゃ。こんなおもちゃを」
ゼンは座らずに答えた。
「そう、最高のおもちゃです。あなたがお作りになってくれた」
「ドクターゼン。いや、元連邦政府軍科学技術開発局局長」
「けっ、古い名前じゃ」
ゼンは吐き捨てるように言った。
「いかがですか、ふたたび私と一緒に新しい社会の構築に向けて努力しませんか」
「ふざけた事を言うな、何が新しい社会だ。言葉で取り繕っても本音が透けて見えるわい。おまえら軍人がやりたいことは、過去の遺産を独り占めして、私利私欲を肥やすことじゃ。もう、ワシはおまえら軍人の為に働くのはやめたんじゃ」
「ドクターゼン。あなたは連邦政府から反逆罪として指名手配されているのですよ。このまま本部に連行すれば、あなたの輝かしい経歴など関係無く、死刑は免れません」
「それがどうした。こちとらとっくに命は捨てた、余生の身。殺人兵器を造るより、このまま死刑にしてもらったほうが遥かに人類に貢献できる。おまえらはまだわからんのか。このままでは人類は遅かれ早かれ滅亡じゃ。300年前に大隕石衝突で世界人口の8割が消滅。その後の異常気象、地殻変動でさらにその半分が死に、そのあげくの戦争じゃ。もはやどれ程の人口あるのか統計すら取れない状況じゃ。その上、人類の生殖能力は年を追うごとに急激に減少してきている。殺し合う兵器など開発しなくても人類はじきに地球上からいなくなる」
「ドクターゼン、相変わらずですな。おしゃる通りです。だからこそ、残された生命を正しく導くために、秩序と計画が必要なのです」
「何が秩序と計画じゃ。独裁と強制の間違いではないのか」
ゼンは、カトーを睨みつけた。
「まあ、時間はあります。あなたが設計した、この戦艦シナノの威力をみれば、再び軍が好きになりますよ」
ゼンは、それから士官室の並びにある来賓用の部屋に幽閉された。独房よりは遥かに快適な部屋だ。窓もありトイレもついていたが、ドアの外に 監視兵が常時2名、威嚇するように立っていた。
夕闇が迫る砂漠をシナノは音もなく進んだ。
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