作品名:奇妙戦歴〜文化祭〜最終版
作者:光夜
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 「ハ―――――――、あ、っ、はあ―――――――、あ」
 呼吸を乱しながら孝太は住宅街から抜け出た。
 坂を含む交差点はまるで拷問のように孝太を弄んでいた。コアが飛んでいったと思われる廃墟街はこの坂を降りたところでシンが居るビルとやや距離がある。そんなことはどうでもいい、と孝太は目的の場所へ急ぐ。
 「あ、っ――――――――、はあ、はあ」
 肩で息をして立ち止まる。此処まで往復でなくとも三キロ近くは走った。それも全速力だ。息を乱さないほうがおかしいと言えるだろう。その乱れた息を整えながら周りを見る孝太。廃墟街には住宅街と違い瓦礫が所々に置いてある。落ちてきたと言うことは瓦礫の下にあるわけではないのだから孝太が探す場所はとりあえず人が来ても人目につかなそうなところだ。
 そんなことありえるはずが無いのに、と歩く速さを進めた。
 この先が行き止まりになっているであろう角を曲がると、それは居た。ガラス玉の原型を残してはいるが今にもスライムのように幾何学形になっていくコアが。
 「まずい……!」
 さっきあれほど走ったにもかかわらず孝太は走り出した。
 ガラス玉で無くなったアレは最早斬るしかないだろう。右手で柄を握り背中のベルトへ鞘を挟み、すらり、と夜に栄えるそれを抜いた。
 「おりゃあっ!」
 大振りに振って割るではなく斬った、何とかこのコアも人型になる前に切り倒せた。
 だが、まだ七つも残っていると脚に力が入らない。しばらく休もうと、腰をおろし。空を見た。
 「今頃、斑鳩は戦っているのかな………」
 月は翳り、雲が流れるさまを孝太は見つめた。
 「七つか、人型になってからじゃあまずいよなあ………はあ」
 整えた息で孝太はいまだこれからの大仕事に息を吐く。それでも立ち上がろうとはせずまるでこのまま寝てしまうのではないかと言うほど気配を落とした。気づけば目が閉じている。寝る気が無いもののこのままではまずい。立つべきか休むべきか、優柔不断な孝太が暗闇を見据えていると
 待ってる、なんて声が聞こえてきた。
 頭の中で聞こえたとは言え、妙に生々しい声はたった今聞いたかのように耳に響いてきた。
 目を開けると未だ月は翳っている。
 雲の流れも先ほど見ていた雲がどれかなど知る由も無い。だが、一つだけ変わったことは。
 「よし、張り切って行きますかな」立ち上がり一層気合を入れた孝太の姿だった。





 (三つ目か――――――――――まだ足りないな)
 イリスは孝太が壊したコアの数を丁寧に数え笑った。二人が話し込んでいれば邪魔になるものは居らずゆっくりとゲームを楽しむことができる。と。ローゼンがこちらを見た。話半分とは言え内容は一応聞いていたイリスは不敵な笑みのまま
 「ああ、それが俺だ」
 そう言って見せた。ひどく疑問を連想させる言葉だった。ローゼンは別段今所属している組織とは子供の頃関係がないように思える。それに養子として引き取られて初めに皮膚を採取されしばらくしてやってきたのがイリスという。なら、答えは一つではないだろうか。
 「その、東雲とか言う男は………まさか」
 「ええ、今現在私が所属している組織『IAD』の幹部ですよ」
 話が見えてきた、つまりはその東雲と言う人物がイリスを作ったのだ。だが。
 「IAD?聞いたことが無いな」
 「当然です、祖国にだって知られていませんし。表はただの貿易会社です、私の知っている幹部だって東雲一人です」
 「なるほど、組織の人間にも判らないことだらけ、か」
 「ええ、ですからもう少し話を続けますね。
 取り分け、私は初めイリスを見たときハッキリ言って邪魔と思いました。なにせやっと外へ出れたと思ったらまた理解の及ばない人間がやってきた思ったのですからねそれはもう恨みがましいほど睨んだと思いますよ」
 ローゼンはまた乾いた笑いを漏らす。だが此処から先に感情はいらないようだ。すぐに表情を堅く閉ざし心の奥を見られまいとする。
 「ですが、そもまた私の勘違いでした。二日ぐらい経った時でしたか、イリスは意味も無く私に声をかけてきました。初めに聞いたのは彼の名前です、仕方なく言い返せば本当に呆れるほど嬉しそうに笑ったんです。いくら心を閉ざした私でもあれを見たときは正直驚きましたよ。何でそんなに笑えるんだって」
 シンはイリスを見た。彼はもう話に興味が無いのかこちらを意識しながら街を眺めていた。到底笑うように見えない無の顔はローゼンの話にそぐわない様に思えた。
 「それから東雲も加わって三人で少しばかり楽しい生活が始まりました。一応笑えるようにはなりましたよ、イリスの何をしても純粋に答えてくれる生き方に感銘を覚えて。ですが、話はここからが本題です。私やイリスの昔の生活などどうでもいいです。」
 ローゼンが声を強張らせて言った。
 「いいですか、子供とは親の仕事を知りたがる傾向があります。私もご多忙に漏れずそのうちの一人でした、彼の仕事を知るきっかけは彼が自分の部屋で仕事をしていたときです。彼はなにやら書類を書いているように見えました。当然訊きましたよ何をしているのか、と。そうしたら彼は「店の書類を書いている」と、そういいました。ですが子供とは恐ろしいです、書類を書いていた時の彼の顔と店で働いているときの顔とではまったく顔つきが違いましたね。こうなるともう後には引けません。こっそり部屋に忍び込み鍵の掛かった引き出しを開けて――あ、もちろん壊してですけれど――中の書類を見ました。お世辞にも綺麗とは言えませんでしたね彼の字は。まさに彼を文字にするとこうなるとだけは感じましたけど………そして、その書類には見慣れないIADなる会社と、報告内容が書いてありました。イリスのことや自分の活動状況。近日中に新しい人間をよこすなど色々と書いてありました、イリスが私の皮膚から作られた存在と言う事も」
 その行動が間違いのようにローゼンは眉間にしわを寄せた。
 「でも、どうしてか子供の悪戯は見つかるのが常のようですね。後ろのドアが開いて見事にばれました、そうしたら彼はなんて言ったと思いますか?普通なら起こられて当然の行為を彼はまるで我が事の様に喜び私を抱き上げたんです。『やはり俺の見込んだとおり、お前には才能があるとかないとか言って勝手に喜んでいました。大人のエゴですね、書類を見てしまった私は受け入れるしかなかったんです。ああ、もう戻れないんだな、と。そこからは早かったですね。
 次の休みには『IAD』に連れられて、東雲の正体やイリスのことをもっと知りました。最初東雲の隠し子と思っていましたから、現実はかなりショックでしたよ泣きたいほどに。ですが待ってはくれませんでした。彼らは知的生命体の存在を確認し近年にも現れることを教えてくれました。まだ十歳ぐらいの私に訓練や子供にはいらない教育、さらに本当の殺し合いまでしました。とりあえず誰も殺していないのでそれはそれでいいかもしれませんが―――――――で、最終的に私は『IAD』のエージェントになりました、何でも聞いて吸収する人材は貴重ですからね。諜報活動専門に働きました。それでも笑っていられたのはやはりイリスが居たからでしょうね、そのときほど年下の仲間が居てくれたのが何よりの救いでしたから」
 ローゼンはこちらを見ないイリスに消え入るような笑顔を向けた、だがすぐに無表情へと変わり歯を噛んだ。
 「でも、世界はイリスを認めませんでした。ダイム、いえコアの出現の兆しが強くなればなるほど彼は日に日に凶暴な内面を見せていきました。なぜ人工的なイリスと自然界の生物であるコアが同調し始めたのかはわかりませんが。イリスは初め考えも無く家の中のものを壊したりして掃除が大変でした。次は町の物を壊しましたね、警察沙汰になりました。最後は――――――――私の腕を壊しました、切り傷は完治するのに結構時間が掛かりました。それでも仕方がないと認めましたよ、私情はどうあれそれで彼を消すために追いかけていました。今日まで先延ばしにしたのは情でしょうかね」
 なんて、歯切れ悪く以上ですと言って話を終わらせた。簡潔すぎる内容、人間と言う感情を押し殺した話し方は時間が乏しく想像するのも難しい。いや、あえて想像させないように話たのかもしれないがそんなことすら考え付かない。
 「そう、か」
 これだけの話を聞いて最後にかけた言葉はそれだけだ、だがそれ以上の言葉があるのか、想像のつかない話に現実味は無い。それどころか作り話の域を出ないぐらいにいい加減に聞こえた。
 「話は済んだか、ローゼン」
 イリスは授業が終わったあとの学生のように体を伸ばして訊いた。
 「ええ、一応は。ともかく私とあなたは義兄弟と言うことは理解されているかと」
 「あっそ、じゃあ次は俺だ。手っ取り早く言うがなお前の仲間がたった今四つ目を殺しやがった」
 イリスは先ほど個数で言っていたコアを生き物で換算するように言った。つまり形を成した者が死んだということ、か。
 「孝太が、そうかよかった」
 「よかった?何を言っているんだ、ゲームは確実に破局を迎える方向へ進んでいるぞ」
 イリスは心底楽しそうに クク、と喉で笑った。
 「破局?なぜだ、こちらは確実にコアを破壊しているんだぞ、どうしてそれが俺たちの敗北になるんだ」
 「そうですね、敵であるあなたに聞くのは正直腹立たしいですが聞きざるを得ません」
 ローゼンも今や敵となった元兄弟を睨みつけた。
 「くくく、なあに簡単だよ。『意思疎通』と『継承能力』ってのを知っているか?」
 ん、と馬鹿にするように聞いてきた。
 「『意思疎通』、言葉を交わさずとも相手の考えがわかるって言う人間のコミュニケーションの一つだ、だがそれがどうした」
 シンは何の変哲も無いその言葉が妙に怪しく感じられた。意思疎通、たしか別名テレパシーとも言ったか―――――
 「そうだな、でもう一つは知っているか」
 「『継承能力』と言うのは単純に人の持つ遺伝子でしょう。
 DNAと呼ばれるモノですが一般的に子供が親の一部と似たところを受け持つと言うことです。母親に似ているとか父親に似ているとかはそう言うことでしょうけど、イリスの言う継承能力とは遺伝ではなくそのままの意味ではないのですか」
 ローゼンは何を理解したのか理解の及ばない言葉を発する。
 「言葉のまま?じゃあなにか記憶やら体格やらがそのまま次に襷回しされるって事なのかローゼン」
 「でしょう、そうでなければ意味が通じません、彼が言いたいのは言葉のままの意味です。あの十個のダイムにそれが備わっていると言うことでしょう」
 ローゼンは一層強くそして呆れた声でイリスを見る。正解なのかイリスはかなりご機嫌で笑っている。
 「はは、なんだ解っているじゃないか。そうだなその通りかもな、あいつらは一つ遣られるたびに残りの者すべてに敵の情報を与えることができる。『意思疎通』、『継承能力』を十分に生かした最高のパーティーだ」
 一際高く笑うと勝利を確信したのか笑顔のままだ。
 「じゃああいつらはやられるたびに仲間が強力になると言うのか」
 「そう言うことですね、また厄介な者を…………」
 呆れる声はローゼンの物だったがシンは無視して街を見下ろした。
 「孝太…………」
 不安は鼓動とともに高くなっていく。




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