作品名:愉快な増田家
作者:亜沙美
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長編集
第三章
僕は、憂鬱だった。鬼のような父。そして、同級生からはいじめ。二つの狭間で苦しんだ。
小学校に入学したときばかにした、植松は、中学生になっても、同じだった。ある時は顔を書道の墨で真っ黒にされたり、ある時は靴の中に10近く画鋲が入っていたり。学校にも家にも安らぎはなかった。そんな中、
「朋美」と、良治伯父さんが部屋に入ってきた。
「伯父さん、僕の部屋に入ってはだめだよ、また、お父さんにしかられるよ。」
「いま、出かけていった。当分帰ってこないとおもうよ。ねえ、僕らもどこか行こうよ。」
僕は、伯父さんの提案通りにすることにした。
伯父さんと僕は、家からあるいて五分のところにある、バス停に向かった。バスは、数分のうちに来てくれて、僕らは終点までのった。そして、バスをおりると、立派な桃の木がある家にいった。良治伯父さんが、呼び鈴をおすと、
「はい、どなたですか?」と、若い女性の声がした。
「増田良治です。甥をつれてきました。家元、いらっしゃいますか?」
「おりますけど、いま生徒さんと一緒です。ちょっとおまちください。」
おそらく家政婦さんとおもわれた。
「お待たせしました。上がってください。」
家政婦さんは、ドアをあけてくれた。
僕が、良治伯父さんと一緒に中にはいると、箏の音がなっていた。
良治伯父さんは、構わず一番奥の部屋にいった。へやには、八十代と思われる男性と、二十歳になるかならないかの女性がいた。
「久しぶりだね、増田君。」と、男性がいった。とても、
ゆっくりした話し方だった。
「はい、半年ぶりですかね。今日は甥の朋美をつれてきました。」
「は、はじめまして、増田朋美といいます。」僕は、しどろもどろに挨拶をした。
「朋美君ね。私はこの箏社中、スピカの家元で、大槻善之といいます。どうぞよろしく。で、この子は、弟子の、佐野桂子。仲良くしてやってください。」
「佐野桂子です。どうぞよろしく。」と、女性がいった。しかしその顔は、笑顔でもなく、悲観でもなかった。能面のような顔だった。
「桂子ちゃん、何か一曲ひいてやろう。ひぐらしはどうかな。君は本手をやりなさい。」
と、大槻はいった。二人は箏を調弦して、ひぐらしを弾き始めた。
素敵な曲だった。桂子の演奏は、ひぐらしというより、みんみん蝉に近い演奏であったが、彼女の真剣なかおは、いまの社会になかなかないとおもわれた。
途中、テンポがずれたりもしたけれど、彼女は無事にひぐらしを弾き終えた。
弾き終えた桂子は、肩で息をしながら、
「今度は、良治さんと、朋美君の番。何かひいてよ。」といった。
僕は、小学生いらい弾いていなかったのだが、伯父さんは、大丈夫だといった。
僕と伯父さんは、片岩戸調子に調弦して、「小督の曲」をひいた。古典であったけれど、長い曲だった。でも、彼女は、ニコニコして、きいていてくれた。
弾き終えたあと、桂子は、僕を庭へつれていった。
「あなた、お箏やってなんねんになるの?」
「小学生の間だけですよ。」僕は、正直にいった。
「そうとは思えないくらい、うまかったわよ。ねえ、あなた家元直門したらどう?
せっかくの才能がもったいないわよ。」
「い、いや、そんなこと、」鬼のような父の顔が浮かんだ。
「じつはあたし、統合失調症なの。昔は、精神分裂病。あたし、入院したことあるのよ。でも、全然気にしてない。むしろその方が楽よ。確かに症状はつらいけれど体が疲れたってことを教えてくれた、病気だから。ただ、みんなより、つかれるだけ。あなたのおじさまも、文字が読めないのは、辛いとおもうわよ。でも、読めない分、心のはなしが出来るでしょう。だから、何事も、ひっくり返せば、良いことになるのよ、」
僕は、そのあとの言葉をわすれない。
「あなたが好きよ、あたし。」
顔がカッと赤くなって、めまいがしたようなきがした。
彼女は、メールアドレスとスマートフォンの番号をくれた。
僕は、桂子さんに、スマートフォンのアドレスと番号をもらって、涙が出るほどうれしかった。学校にも、家にも居場所がない僕にとって、スマートフォンは、非常にありがたいものであったから。僕は、しばらく桂子とたわいのない話をして、伯父さんと一緒に家にもどった。父は、まだ帰っていなかった。そこで、僕は、彼女にメールをした。いわゆる恋文だ。昔の人が和歌を交換していたのと同様に、スマートフォンでやりとりをしたのだった。桂子さんは、確かに統合失調症ではあった。時に、一人で、ディズニーランドにいったのを、架空の友人と一緒にいったと、嘘をついた。しかし、それは、そういう友人が欲しいから、そうやって、架空の人を作ってしまうんだな、と、友達のない、僕は、おもった。そこで、桂子さんにこうきりだした。
「差し支えなかったら、一緒にディズニーランドにいきませんか?」
「本当?嬉しいわ。でも、増田君、お家の方に迷惑を、かけては。」
「いいさ。予備校に行くと言っておけば。」
と、僕は、送った。実際、父の命令で、予備校に週に三回、いかなくてはならなかった。
それに、弟の長治郎は、なんども、予備校に行くといっておきながら、歌舞伎町や、秋葉原に行っているのだから、おなじようにすればいいとおもった。
日曜日、僕は、予備校の鞄を持って、新幹線にのった。予備校は、東京にあった。東京駅で、桂子さんと待ち合わせ、二人で京葉線に乗って、舞浜でおりた。そして、ディズニーランドに入った。僕と桂子さんは、いろいろなアトラクションにのり、時に水に濡れながら、毎日の事も忘れて、あそんだ。あっと言う間に1日経ってしまい、桂子さんとわかれて、僕は、八時頃家にもどった。
「只今」と、僕は、家にはいった。
「どこに行ってきたんだ!」と、祖父が怒鳴った。
「いま、予備校にでんわしたら、欠席してるそうじゃないか。携帯に何度かけても、でないし!」
僕は、スマートフォンを出した。すると、十以上着信が入っていた。あわてて、留守録をきいてみると、
「おばあちゃんが、たおれて病院に運ばれた。すぐ戻ってこい!」
と、祖父のこえが入っていた。僕は、みるみるうちに蒼白になった。
「お父さんと、良治伯父さんと、長治郎は?」と、恐る恐るきいた。
「お父さんと長治郎は、おばあちゃんと帰ってくる。良治は、パニックをおこして、精神病院にいれた。もう、戻ってこないだろうね。」
僕は、床に崩れおちた。
すると、車の音がして、父と、長治郎、そして、祖母が帰ってきた。
祖母は、きれいにお化粧していた。でも、その眼は開かなかった。
「おばあちゃん、ど、どうしてこんなに、まだ、逝かないでよ、起きて、お願い。」
「お前がおばあちゃんを殺したんだ。」
と、父がいった。
「お前は、おばあちゃんが狭心症なのをしらなかったな。それが、心筋梗塞に発展してしまったんだ。なんていうひどいことをしたんだ、この不良息子め!」
父は、スマートフォンを取り上げトイレの下水道に流してしまった。
僕は、ひたすら泣くしかなかった。僕は、部屋に閉じ込められ、食事も、家族と一緒にとることは、許されなくなった。
そして、学校にいかないと、父の百たたきがはじまる。なので、学校にいかなければならない。どういうわけか、いじめっこというものは、弔辞をよくしっているものだ。
僕は、植松に、祖母殺しの犯人で、指名手配写真のようなものを、スマートフォンで撮られ、クラスメート全員にチェーンメールをされ、さらには植松に金を脅しとられた、
家にかえれば、父がいる。長治郎がうらやましかった。弟は、兄のようにならないとちかう生き物だから、適当にごまかして、適当にやっている。僕は、死ぬことにした。
せめて、これだけは、と、想い、弟に一万円を渡して、桂子さんにさよならの恋文を送らせてもらった。 
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