作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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あれから一月が経った。
完全ではないにしろ怪我も治り、訛った体を鍛え直すように、昨日から強化合宿が始まった。
都心より列車で五時間ばかり走った田舎町の訓練所で、朝から晩まで訓練と勉強の繰り返し。最年少のタンラートも含め、昼にはもう皆重い体は使い物にならない。
ようやくやってきた一時間の昼休み。何をするでもなく、木陰で一人休んでいた。地面に着いた手から、昼間だというのにひんやりと冷たい感覚が伝わってくる。
「タナー!」
不意に視界が真っ白になる。頭の上にタオルが落ちて来たのだ。床に尻餅を付くように座っていたタンラートは驚いて頭を上げる。タオルがズレて肩まで落ちた。
天を仰ぐように反り返ると、数少ない友人の内、最も親しい人物の顔があった。この炎天下に疲労の顔一つ見せない爽やかさ。
「驚かすなよ」
「ごめんごめん」
少しも悪いなどと思ってない、満面の笑みを向けたシェイ=ランバルは、僕の隣に同じように座った。
彼は僕より二つ年上の人懐っこい性格をしている。自己紹介をした時、出身地が同じということで一番に話し掛けて来た。そのため髪と瞳の色が同じだ。プライドの高い人間の集まりでも、彼にはそんな嫌な感情はまったく受けなかった。
なんとなくだが、彼はロブと似ていた。
「ほら、食べなよ。どうせまた抜くつもりだったんだろう」
目の前に出されたのは固形食料。違う意味で生唾を飲みたくなる。
食べたいからではない。これを見るとどうも口内の水分がなくなる気がする。
「…いらない」
嫌な顔でそっぽ向いた。するとシェイは微笑んだまま、固形食料の箱を開け袋から一つ取り出すと、タンラートの口を無理矢理開けて押し込んだ。
「タナー君。ごはん食べなきゃ力でませんよ〜」
まるで子供に嫌いな物を食べさせるように、有無をいわせず放り込む。タンラートよりずっと力のあるシェイは、解放されて咳込むタンラートをとても楽しそうに笑って見ている。
「笑うな!」
タンラートは涙目で怒鳴った。もちろん本気ではなく、わざと怒った顔で大きな声を上げる。そして二人で大声で笑ってみせた。いつもこんな風に子供っぽくじゃれあう。それが厳しい訓練の中の唯一のストレス解消方といえるかもしれない。
彼とは比較的すぐに打ち解けた。しかし突っ込んだ話は絶対にしない。それが昔いた友人との違いだろう。この部隊にいる誰もが思っているかもしれない。信用はしているが、信頼はしない。
それはきっと仕方がない事だと思った。この環境が皆をそうさせるのだ。
タンラートにとっては、最もといえる。
「なんだよ、もうばててる」
汗を滝のように流す僕の隣で、涼しい顔をして彼が言った。彼はこの合宿を受けるのは二回目だ。去年の苦労を経験して、常日頃から自主訓練をしていたらしい。
「タナー」
「ん?」
同じものを笑顔で食べる友人は、口をもごもごさせながら問い掛ける。
「あの人さ」
「あの人って?」
「ほら、よく話してる」
「ああ、ロブさん?」
「どこで知り合ったんだ?。親しいのか?」
シェイは珍しく口が悪かった。不信に思いながらも素直に答える。
「親しいってわけじゃないけど、話はするよ。ずいぶん世話になったから」
「ふーん」
やがてつまらなそうな表情に変わった。
「ロブさんがどうしたんだ?」
「別に」
シェイは曖昧に言葉を流した。
「なんだよ、言えよ」
タンラートに肘で突かれ、彼は何やら静かに考え出した。
「俺もよく知らないけど、あの人突然やって来たんだ。来ていきなり二つも跳び級した」
「うん。それが」
「あんまりいい噂がないんだ」
「え?」
「近づかない方がいい」
風が止まって、声が小さくなった。遠くなった。
「それって」
どういう意味?
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