作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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 清十郎が処刑される事件の四年前、承応四年(一六五五)である。
 姫路城の南、中ノ門のすぐ近くに、大店の米問屋、但馬屋がある。

 主人・九左衛門(くざえもん)と娘と、奉公人五人が揃った夕食時、主人・九左衛門、何か思い出したか、椀を下ろし、
「ご城主(榊原忠次)さまがな、天樹院さまから男山天満宮への奉納の羽子板を、頼まれたそうじゃ……」と、娘に話し始めた。
 
 天樹院とは、豊臣秀頼の妻・千姫である。大阪落城後、城主・本多忠次の長男・忠刻に嫁し、姫路城に住んだが、夫の病死後、江戸に帰ったのだが、まだ健在である。
 夫と子供の病気がちの頃、気にして、城から見える男山に、八幡宮を勧請させた経緯が、あった。

「来月、腰元さま方の奉納のお行列があるのだが、町方からも、若い娘を着飾らせて参加させよとの、ご意向でな。今日、会所で、他の町役から、お夏、お前もどうかと、言われたが、申し込んでよいか」

 このとき、母親を亡くしている、一人娘のお夏は、満で十三歳、
「わあ、ぜひ参加したい!」
「でもな、参加の希望者が多いから、あまり期待するなよ」
 
 店の奉公人らの雰囲気が、静かになった。その雰囲気を感じ、お夏、
「皆、私の器量を思ったのでしょう。どうせ、わたしは、おかめですよ」
 あわてて、番頭が言い訳をする、
「お嬢さま、それは考えすぎですよ。町で評判の小町娘が、お店(たな)の娘では、お久ちゃんも入れて四人もいます。たしか三人選ばれるとか」
 お夏は十人並みの、平凡な器量であった。

「おとつあん、どうして男前に、生まれなかったの。おっかさんは美人だったのに」
 父は、自分の厳つい顔を、どこか引く娘の言葉に、
「むちゃを言うな。わしの責任じゃない。お前は、まだ十四だ。心映えが良ければ、綺麗になるさ」

 丁稚の、音吉が、素っ頓狂に言い出す、
「俵運びの力比べがありゃ、お嬢様が一番ですが。そのきゃしゃな体で、よく俵一俵を担げるものだと、感心しますよ」
「もう、音吉ったら」お夏は、呆れた。
「音吉、それは技で、力持ちではないぞ、コツだ。わしが俵を運んでいるのを、幼い頃から遊び心で、まねをして体得した、いわば我が家のお家芸だ。お前もコツを覚えろ」
「おいらは、巷で流行っている小唄の清十郎みたいな、色白で、よなよなしている色男にあこがれているんですが……」
 横の中年の手代・茂助、吹き出して、米粒を出す、
「ははは、音吉が清十郎、そのニキビ面でか」
 皆も笑い出す。
「あらまあ、茂助さん、米粒を飛ばして、もう」賄いのお八重が、あわてて食台を拭く。

 お夏は、初めて聞く話に、
「小唄の清十郎? どんな唄」
 茂助、
「私が仕事仲間と飲みに行って聞いたのを、一節、ご披露します、おほん、おほん……」

「♪いとし清十郎が旅へ発つふしは、焦がれて、かな山へ、エイサノエイサノエイ、いとし清十郎が縄ならば、たぐり寄せようも膝元へ、 エイサノエイサノエイ……♪」注1 
 
 次々に繰り出す歌詞に、お夏は、清十郎という名に、色白の、すらりとした男前を想像した。
 
             注1 播磨学研究所編「姫路城を彩る人たち」より引用
            
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