作品名:マリオネットの葬送行進曲
作者:木口アキノ
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 スペースポート「クラスター」。
 完全な商用港で、天井が高めに設計された屋内を、貿易会社の名前の入った貨物が、コンベアーに乗って、各搭乗口に運ばれていく。
 大手の会社になると、専用の搭乗口を設けている。
 搬送員と同じ作業服を着用したリオンとミューズは、荷物の確認などをしているフリをしながら、そういった、会社専用の搭乗口の一つ一つを偵察して回った。
 ミューズの映像メモリー機能をオンにしているため、ここでミューズが見たものは全て、記録として残す事ができる。ロボットをパートナーに持つと、こういった所が便利である。「アストログローバル社、申告によると、食物の搬送……」
「コンテナ数は20個。数に虚偽は無いようだけれどね」
 リオンは、貨物搬送口に並んだコンテナを、拳で軽く叩く。でも、それだけじゃ、中身が何か、などとわかる由もない。
 ミューズが、コンテナの扉側にまわり、鍵穴を覗き込む。
「タイプV−Aね」
「わかったわ」
 ミューズの報告を聞き、リオンは、ズボンのポケットから、鍵束を取り出す。その中の1本が、見事にコンテナの施錠を外す。
 きぃ……と、蝶番の軋む音と共に、扉が開く。
「これは……」
 中は薄暗かったが、どうも、「食物」という空気ではない。
 リオンは、小型照明でコンテナ内を照らす。ミューズも、リオンの後ろから覗き込む。
「きゃっ」
 ミューズが小さく悲鳴をあげる。それもそのはず、そこにあったのは、彼女にとって、戦慄を覚えるのに充分なものであった。
「ヒューマノイドの、残骸?」
 リオンが呟いた通り、そこには、肩やら腰やら、首やらで切断されたヒューマノイドが所狭しと転がり、積み上げられていた。
 ただ、残骸、というには、語弊がある。それらのパーツは、つなぎ合わせれば、再びマトモなヒューマノイドとして稼働可能と思われるものばかりだ。
 中には、かっと目を見開いているヒューマノイドの頭もあり、墓場同様の不気味さがある。
「……行くわよ、ミューズ」
 リオンは、コンテナの扉を閉めた。
 ミューズは、声も出さず、ただ、こくこくと頷いた。彼女が本物の人間であれば、顔が青ざめていたに違いない。
 アストログローバル社の専用搭乗口を出て、2人は作業員用のコンベアーに乗り込む。
 これに乗れば、長い廊下を歩かずとも、スペースポートの中央棟に辿りつける。
「ねぇ、さっきの、どうするつもり?どう考えても、ヒューマノイドの密輸だわ」
 周囲に人がいないのを確かめてから、ミューズが小声で訪ねる。
「どうするもなにも、今の私たちじゃ身動きがとれないわ。それに、状況証拠が少なすぎる。アストログローバル社がいつ、どこから、どのくらいの値段でヒューマノイドパーツを手に入れたのか。そして、何処へ出荷するつもりでいたのか。それらがわからない限り、G.O.Dといえども、そう簡単に手は出せないわ」
「でも、どうして、あんな風にバラバラにして……」
 ミューズが疑問を口にする。
「そうね」
 リオンは、少し躊躇してから答えた。
「あんたに言うのは、酷かもしれないけれど。ヒューマノイドを丸々一体出荷するには、税金がかかるわ。けれど、バラバラにしてしまえば、それは、単なる『部品』としか見なされず、税金もほとんどかからないの。それに、惑星によっちゃ、法律で、部品は輸入OKでも、ヒューマノイド本体は輸入禁止の所もある。その為の対策だと言えるわね」
「……そうかぁ……」
 ミューズは、自身の両腕を撫でた。
「バラバラにされちゃうの、やだなぁ」
「誰だって、そうでしょうよ」
 しかし、バラバラにされる頃には、そのヒューマノイドに「人格」という物は残っちゃいないだろう。さすがに、そんな事は、ミューズには言えないが。
「安心なさい。あんたを、バラバラにする様な事はないわ」
 リオンはそう言ったが、ミューズは尚も不安そうな表情で、リオンを見た。
「でも、もし、あたしが密輸業者に掴まっちゃったら?」
 リオンは、口の端で笑って答えた。
「あんたは私のパートナーよ。他の誰にも、好きにさせたりしないわ」
 それを聞いて、ミューズもにっこりと笑った。
「あたしに何かあったら、絶対に助け出してね」


 「クラスター」中央棟には、各種事務カウンターがずらりと配置され、その他に、売店や食堂などが軒を並べ、たくさんの人やロボットでごった返している。
 ざわめきの中、2人は、被っていた作業用のキャップ帽を外す。リオンからは、栗色の、ミューズからは金色の髪がこぼれ落ちる。
 どこからか、ひゅう〜、という、口笛の音が聞こえた。
 ミューズはそちらの方に微笑みかけ、手を振ったが、リオンは、冷たい視線を投げただけだった。
 とりあえず席の空いていそうな喫茶店に入り、ダージリンティーを2つ注文すると、籐の椅子に腰掛ける。
 今日の所の仕事は終わっているのだが、すぐには帰らず、こうしてその場の雰囲気を楽しむというのは、ミューズの提案である。
 まあ、時間もたっぷりあるからいいか、とリオンは思い、ミューズの提案に付き合ってやっている訳だ。
 そして、なぜ、ミューズがそんな事を言い出したかというと。
「あ、今、煙草に火を点けたあの人、カッコいいと思わない?」
 かと思えば、
「きゃ〜、正面に座ってる、ロマンスグレーのおじさまが、こっちを見てる〜」
 などとのたまう。
「ロマンスグレーって……。どこで覚えて来たのよ、そんな言葉」
 リオンは、ダージリンティーに砂糖を入れてかき混ぜながら、呆れたため息をつく。
「一体あんたの制作者は、何を考えていたのかしらね」
 リオンにしてみれば、ちょっぴり嫌味のつもりで言ったのだが、ミューズは、両手を顎の下で組み、
「でしょ?そう思うでしょ?」
と同意してくる。
「だってね、例えば、あたしが人間相手に恋をするならまだいいわ。けれど、あたしと同じヒューマノイドに恋をしてしまって、そして、相手に恋愛機能が付いてなかったら、どうしよう!これって、すっごい悲劇だと思わない?それを考えると、あたしの制作者って、あたしを不幸にしようとしていたに違いないのよね」
「いや……まあ、そうね……」
 ミューズの勢いに、リオンは曖昧な返事しかできなかった。
 ちなみに、恋愛機能なんていう物が付いたヒューマノイドは、ミューズくらいにしかお目にかかった事がない。
「でもいいの。どんなに辛くっても、恋する楽しみを知らずにいるより、よっぽど幸せよ」
 ミューズの制作者は彼女に、自己陶酔機能も付けていたのだろうか。
「そりゃー良かったわね〜」
 リオンは聞き流して、ティーカップを口許に運ぶ。
「もぉ、リオンてば、なんでそんなに冷めてるの。もっと周りを良く見なきゃ。いつ、運命の相手が現れるかわからないんだから」
 ミューズは席から腰を浮かせ、リオンに詰め寄る。しかし、その視線がリオンから外れたかと思うと、今までの威勢が消え失せた。そして、無意識のように呟く。
「ほら、出会った」
「ええ?」
 リオンは思わず、勢いよく振り返り、ミューズの視線を辿る。
 そこには、少し長めの銀髪の、すらりとした青年が柱に寄りかかって立っていた。
 確かに、見た目は悪くない。というより、かなり良い方だ。だからといって、恋情を抱くかどうかというのは、全く別だと思うのだが。
 リオンが青年を観察していると、がたん、と椅子がずれる音が聞こえた。ミューズが立ち上がったのだ。
「あたし、ちょっと行ってくる」
 もちろん、リオンは止めなかった。止めたって無駄な事は、もう充分わかっていたからだ。
 リオンはテーブルに頬杖をつき、事の成り行きを見守る事にした。
 しかし、あの青年、作業員だらけの商用港に似つかわしくない小綺麗な格好をしている。
 ミューズが青年に話しかけた。青年は、にっこりと笑みを返す。そして、二言三言、会話をする。残念ながら、リオンのいる場所から、2人の会話は聞こえなかった。
 ミューズは、恋愛機能が付いているだけあって、大抵の男性に好かれるような容姿になっている。だから、彼女に話しかけられて、嫌がる男性など、今までに見たことはない。
 それでも、突然に話しかけられれば、普通は多少なりとも驚いたりはするだろう。
 青年には、それがなかった。
 よく見ていれば、「無表情」と「笑顔」の2つしか、表情のパターンが無い。
「ヒューマノイド、かな」
 他のヒューマノイドと比べると、ミューズがいかに優れた作品であるかがわかる。
 多彩な表情に感情。これらはもしかしたら、リオンよりも豊かかもしれない。
 そんな事を思っているうちに、ミューズが戻って来た。
「あら、どうしたの。もっと楽しんで来てもよかったのよ」
「だってぇ、彼は今、ずっとここにいなきゃいけないプログラムなんだもの」
 ミューズが心底残念そうに言う。
「そう。それじゃ、仕方ないわね。そろそろ帰りましょうか」
 リオンは立ち上がる。
「ところで彼、肝心の恋愛機能は付いていたの?」
 訪ねると、ミューズは、ふるふると髪を揺らして、首を横に振った。
「ううん。でも、彼と一緒にいるだけで幸せだからいいの。今度、彼の所有者に頼んでデートさせてもらうわ」
 2人は並んで、レジカウンターまで歩く。
「所有者なんて訊いてきたの」
「そうじゃないわよ。彼は、網膜パターンに製造番号が書いてあるタイプで」
 ミューズは自分の瞳を指差す。どうやら、その製造番号は既にチェックしてきたようだ。
「で、製造番号さえ判れば、G.O.Dのネットワークで調べて、製造者も所有者も、その住所もぜ〜んぶ、判るでしょ」
 それを一般的に、職権乱用というのだが、G.O.D組織内では、害を及ぼさない限り、そういった事は許されている。
「さ、早く帰って調べなきゃ〜」
 歌い出しそうな勢いで、ミューズは、支払いをしているリオンの腕を引っ張った。

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