作品名:雪尋の短編小説
作者:雪尋
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「嘘から出た信心」



「なぁ塩田。日本には八百万の神がいるってマジ?」

 給食を食べ終えた僕に話しかけてきたのは、高橋くんだった。彼は算数のドリルを破り捨てたり、夏休みの絵日記の大半に白い雲を書いたりする不良だった。

「そうだね。やおよろず、って書いて八百万。それだけの神様がいるらしいよ」

「へー! そうなんだ……。なぁなぁ、神様ってケンカとかしないのか?」

「うーん……外国の神様はお互いに殺し合ったりしてたらしいけど……日本の神様ではそういうの聞かないなぁ。戦争の神様もいるけど、もしかしたら平和主義者なのかも」

 そもそも八百万人も神様がいたら、戦争なんかしなくてもすむ方法を編み出せているのかもしれない。そんなロマンティックなことを言うと、高橋くんは真面目な顔を作った。

「あのさ……じゃあ、仲直りを専門にしてる神様とか…………いるかなぁ?」

「どうだろう。縁結びの神様なら有名だけど…仲直り専門かぁ。ごめん。知らないよ」

「そっか。じゃあお昼休みに図書室に行って調べようぜ!」

「あー。ごめんね。僕ちょっと用事があるんだ。ケン君とドッジボールの約束をし「ケン! 塩田借りるな!」

 高橋くんは隣の班にいるケン君に声をかけて、勝手に僕のスケジュールを調整した。これだから不良はいやなのだ。だけど高橋くんは怒ると怖いので僕は黙って肩をすくめた。

 そんなわけで図書室にやってきた。高橋くんは騒いでばかりで調べ物の役には立たない。僕は僕で「やるからには」と思い真面目に調べたが「仲直りの神様」は見つけられなかった。

「うーん。見つからないね……ところで、なんで高橋くんは仲直りの神様を捜してるの?」

「……うるさいなぁ! 塩田には関係無いだろ! 黙ってさがせよばーか!」

 馬鹿て。善意の協力者に向かって馬鹿て。――――僕の心に、暗い復讐心が灯る。

 なんだよ。だいたい僕はドッジがしたかったのに。事情の説明もしないで、あげくに馬鹿って言われた。なんてムカつくやつだ。不良め。頭来た。僕はもう、怒ったぞ。

「……そういえばこんな話しを聞いたことがあるなぁ。仲直りの神様じゃないけど、ケンカした時に使うおまじない。それをすれば絶対に仲直り出来るんだって。……興味ある?」

 高橋くんは目を輝かせて「さすが塩田!なんでも知ってるな!」と笑った。馬鹿め。

 そして次の授業で早速おまじないを実行した高橋くん。
 それは授業中、先生が黒板に向かっている隙に背中にセロテープを貼る、というものだ。そのテープに仲直りしたい人の名前を書くと上手くいくらしい。

 ……という嘘をぼくはついた。

 そう、これは僕の復讐だった。
 先生に怒られてしまえ。馬鹿って言った方が馬鹿なんだ。

 ついでに「バレた時に絶対に事情を説明しちゃいけないよ。そしたら神様に嫌われて、もう二度と仲直り出来なくなるからね」と、念押しすることで僕は身の安全を確保した。

 ――――そして当然バレて、高橋くんは先生にすごく怒られた。


「先生の背中になにをしようとしたんだ高橋! 答えなさい!」

 授業が中断されるほどに怒る狂った先生。僕は爽快な気分よりも、予想以上に先生が怒ったことに困惑していた。見ると、高橋くんは少し震えていた。

「なんなんだこのセロテープは……ん? 高橋まさお、高橋のりこ……これは、誰の名前だ?」


「……お父さんと、お母さん……………………ひっ、ひっく…………うぇぇぇん……」


 高橋くんは泣き始めた。
 僕の胸に湧いたのは、激烈な罪悪感。僕は――最低なことをした。

 僕はすぐさまセロテープを取りだし、そこに高橋くんのお父さんとお母さんの名前を書き込んだ。


 例えそれがデタラメな行為だとしても、神様は八百万もいるのだから。

 きっと祈りは届くと信じて――――僕は怒り狂う先生の背中を目指した。



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