作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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「知ったかぶる気も、あなたを見下す気もありません。でも、あなたは可哀相な人…だと思います。こんなにも人を愛する力を持っているのに、一人を愛し過ぎたんです」
それまで無表情に自分を見つめていた彼の瞳が、突然色を変えた。
「お前に何がわかる!俺にはタスカしかいなかったんだ!始めから何も持っていない、失うものすらなかった俺のたった一つの大切な人だったんだ!」
「わかります」
「何がわかる!俺の何がわかる!」
「わかります。僕にだって…あなたしかいなかったんですから」
「…!」
エンストした戦車のように、いきり上がっていたロブの動きがぴたりと止まった。
タンラートもまた、失うもののない幼少期を送っていた。精一杯愛していた家族から愛を返されたことは一度もない。悲しいとも淋しいとも言うことのできない辛さ、乾燥しきった虚無の居心地悪さ。それは全て知っている。
そんなタンラートに大切な人を失う本当の辛さを教えたのがジールだ。
彼はタンラートにとって唯一無二の家族だった。
しかし彼は死んだ。タスカのように。タンラートの目の前で死んだ。
これ以上の悲劇があっていいだろうか。当時のタンラートは自問した。
黒い服を着込んで出た彼の葬式では、さんざん彼の嫁に罵られた。
いいことなんて思いつかない。
わかっていた。兵士なのだから、いつ死んでもおかしくない。
自分と誰かがいれば、いつかどちらかが残ってしまう。
ただ幼い心は、その辛さを知らなかっただけ。知る術もなく、この世界へ来てしまっただけ。
「僕には、あなたしかいなかったんです」
ロブは両目に溜めたいっぱいの涙を流しながら、その場に倒れ込んだ。
「あなたが好きだから。尊敬してるから僕はあなたの側にいた。シェイのことで悩んでいるのに、気付かずにあなたの側を離れなかった」
タンラートは不思議に思っていた。側にいると別れが恐いと怯えてシェイを突き放した。だがタンラートはロブを突き放そうとはしなかった。そういう考えが頭に浮かびすらしなかった。タンラートにとってロブがもう頭で考えるような存在ではなかったのだ。
「僕はあなたを失うのが恐いです。でもあなたと離れようとは思いませんでした。あなたはなにがあっても死んだりしないって、心の奥で信じていたから」
いつの間にか無表情と苦笑の入り交じった面を作っていた。ロブとは目を合わせず床とばかり見つめ合う。
「でもそれ以上に、あなたと離れるなんて考えられなかった。あなたは僕を責めてくれた。正しい道へと導いてくれた、ただ一人の人だったから」
ようやく目を合わそうと顔を上げると、ロブが顔を背けて目を離す。しかし視線の強さに負け結局合わせてしまった。
青い、真っすぐな瞳がロブの心を継続的に射抜いてくる。
「離れるなんて、出来なかった…」
「…」
「ありがとうございました」
タンラートは頭を深く下げた。白みかかった金髪が重力に従い、いっせいに床へのびる。
「軍を止めます」
「…っ!」
「もう、ここにいる意味がなくなったんです。今度の戦いを最後に、ここを止めます」
不思議だと、タンラートは思った。こんなにも心が落ち着いている。なんて安らかな気持ちなのだろう。不思議でたまらない。さっきまでは恐怖でいっぱいだったのに。迷いがないからか?これが決意というのだろうか。
「お世話になりました。僕には、やっぱり無理だったんですよ」
世界の矛盾を正したかった。タスカを手にかけたとき、当初の部隊の隊長と約束した。
でも、本当にその気持ちをまっすぐ貫いてきたわけじゃない。
だたもう失わずにすむ、強い力が欲しかったんだ。
結局、何にも得ることは出来なかった。
失ったものの方がずっと多い。
「やめた後なら、僕を殺してくれて結構です」
「今殺したら、俺が罰せられるからか?」
「…」
「なぜお前はそうなんだ!なぜ素直に憎ませてくれないんだよ!」
「すみません。僕は愚かだから」
終わらせるためには、進まなければならない。動き出さなければならない。
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