作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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 「あむっ」
 焼きたてのトーストに香ばしいバターの匂い。朝食を摂る僕の対面には僕が出したカフェオレを目の前に外を眺める光夜の姿。ここはこのマンションの上から二番目の階だし、眺めはいいかもしれないけれど、ずっと見てて飽きないのかな?
 そんな光夜のことはさておいて、トーストを食べ終えてカフェオレを飲む。この組み合わせが実にいい。と、思う。
 「それで、光夜がこの時間に、それも人の家を訪ねるっていうのは、僕から見るとだいぶ貴重な光景なんだけど。何かあったの?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 外を眺める光夜。僕の声が聞こえていなかったわけじゃないのは、一メートルも離れていない僕が一番わかる。どう言おうか、考えているのだろう。けれど、光夜に言葉を選べるほど柔軟な生活を彼はしていない。よって、結果は同じである。
 「今朝、妙な夢で起こされた」
 「妙な、夢?」
 夢、夢、ゆめ・・・・そういえば、突然の光夜の訪問で意識からなくしていたけど、僕も今朝は妙な夢を見た。でも、その光景は覚えていない。だた悲しい気持ちになったのは、良く覚えている。
 「妙な夢だった。誰かが、誰かの所へ必死になって向かってる夢だ。だが会いたい者はその困難さに嘆き、あえない者はその者の裏切りに嘆く。互いのすれ違いと勘違い、そんな夢だった」
 「それは、現実で見ると、悲しい夢だね」
 「ああ、悲しい夢だった。少なくとも、俺はかすかにその二人の人間の顔を記憶している。二人とも、男だ、それも随分と年を行っている。四十代後半くらいだったな」
 「その二人に、見覚えは?」
 「ない」
 きっぱりと、光夜は言い切った。元々他人との関係を拒む光夜だ、確かに誰かと関わったのなら、忘れることはないのだろう。それは、それでとても悲しいのだけど。
 「俺は爺さんの客も、校内の人間も、要らないとは思っているがそれなりに顔は覚えているつもりだ。だが、あの二人は教師でも、それに爺さんに愛に来た来客の誰かでもない。全くの、初見だ」
 「でも、記憶にない赤の他人を夢に見ることは出来ないよ。材料がないんだもの」
 「だから、妙なんだ」
 「確かに、妙だね。僕には、判断できないよ」
 「お前が判断する必要はないだろう、元々その妙な夢を見たって言う話のついでに、昨日の状況はどうなったのか確認に来ただけだからな」
 外を眺め、どうしたものかと思案する。けれど、僕には判断したくなる材料があるんだよ、実際。
 「実を言えば、僕もさっき妙な夢で目がさめたんだ」
 「・・・・・」
 「あ、僕は夢の内容を覚えていないよ。ただ、なんだかとても悲しくて辛い感情があったんだ。それで、起こされた。不思議なんだけど、どうしてか泣いていたんだと思う」
 「・・・・そうか」
 光夜は、僕が見た夢が、記憶こそないものの同じものだと思ったはずだ。材料がない夢を見ることは出来ない、でも、二人で同じ夢を見たということは、やっぱり材料があったわけで。それが解らない、解らないから、光夜はようや僕の出したカフェオレに手を付けた。まだ、カップの中身は熱いままだった。
 「・・・・・悪い」
 「え?何か言った?」
 「バランスの悪い作り方だ」
 そう言うと、光夜は立ち上がってキッチンへと向かった。するとヤカンでお湯を沸かし始め、その間にコーヒー、ミルク、砂糖、どうやらカフェオレを作るつもりらしい。でも、なんでだろう、バランスが悪いって・・・・
 しばらくして、カップを二つ持って光夜が戻ってきた。その中には、カフェオレが当たり前のように入っている。
 「お前のは牛乳が多い。本来はコーヒーの方が濃い目だ。はじめて好きになった飲み物くらい、もう少しちゃんと入れろ。仮にも、『探求』なんて言葉を付け足されたのなら」
 そう言って、僕に片方のカップを差し出した。僕は、光夜の言いたいことがよくわからなかったけれど、久しぶりに光夜が淹れてくれたカフェオレに興味が向いて、それを呑むことだけ考えていた。そうして、一口、口の中に甘みと苦味が、バランスよく広がっていく。
 「おいしい・・・・」
 自然と、言葉が漏れた。僕の淹れたカフェオレとはだいぶ違う。コーヒーの濃さの違いで、ここまで味に差が出るものだと、今更ながらに理解した。光夜は、これが僕の初めて好きになった飲み物だと言った。それは、事実その通りで、それまでの僕は水分を取れればいいと、大抵は水だけで済ませていたから、味のある飲み物を始めて好きなったのは、新しい出来事だったと思う。
 そのときも、こうして光夜が淹れてくれたんだっけ。と言っても、去年の話だけど。そんな思い出はいつでも考えられる。とりあえず僕は、その美味しいカフェオレを、呑み続けた。
 「・・・・」
 光夜は、それに満足したのか、また窓の外を見ていた。夢の話はさておいて、僕に納得させたということで、人段落みたいだ。でも、その横顔は何ていうか、薄く笑っているように見えた。
 朝日の所為だろうか、それとも、朝という雰囲気が持つ独特の、浮遊感のような気配だろうか。静かな時間だけが、ここに流れていた。いつしか、僕は光夜に見とれていた。その静淡な表情は、無表情であり、多感情にも見えるくらいに淡い笑顔だった。
 思いださなければいいのに、僕はおせっかいな友人の言葉を、タイミング悪く思い出していた。

 『あなたは八神君の事―――――』

 みなまで言わなくても、何となく、この感覚は理解できた。僕は、ずっと一緒にいる光夜に、今まで感謝していた。僕の同好会を完成させてくれたこと、最初に事件を解決してくれたこと、僕にコミュニケーションを教えてくれたこと、友達を作らせてくれたこと、そして―――――
 『人を好きになる事、かぁ・・・・』
 ふわふわ、と気分が浮いている。まだ、はっきりしていない。でも、この感覚はそうなんだと思う。なまじ感情が薄いから、判断し難いだけで、でもそれは確かに、人を好きになる感覚かもしれない。
 『光夜の事、好きなのかな・・・・』
 それも、悪くはない。むしろ、望むこと。こんな単純な感情くらい、さっさと認めればいいと思う。でも、単純ゆえに、大切に考えたい。だからまだ答えは、取っておこう。
 「その味、忘れるなよ。一つくらいは、得意なものを持っていろ」
 「うん、ありがとう」
 静かな、朝の調。時間はゆっくりと、それでも確実に流れていて、でも僕は、光夜の淹れてくれたカフェオレを飲めたから、満足だった。事件の話はまた後でと言う事で、しばらく、他愛のない最近の話をした。光夜の家の事や、お寺でよく見かける猫、それに光夜のお爺さん。あ、猫は今度見せてもらう予定になった。ただ、光夜は意味深な含みを残したので、何かあると思うな。
 僕に付いては、友達の話が中心だった。よく考えてみると、僕が認識していないだけで、大塚君もそれなりにコミュニケーションを取ってくれていることに気づいた。友達の境界を知るつもりはないけど、大塚君って、結局どういう関係なんだろう、僕たちと。
 古西さんは、立派な友達。それだけは、はっきり言える。彼女も、何か重たいものを背負っているように思えるけど、人には言わない感じなので、僕も聞かないでいる。まだ、そういうのを言えるほど、互いを理解しきってないのだからね。
 「そろそろ、いい時間だね。いこっか、学校」
 「ああ、そうだな」
 気だるそうに立ち上がると、光夜は食器をキッチンまで持って行ってくれた。むむ、中々に気が利く人のようである。
 「とりあえず行きがてら、昨日のことを話してもらう。いい加減、何かしら手がかりがないとこっちも面倒だ」
 「そうだけど、一朝一夕で解決できる問題じゃないと思うよ。相手は犯罪者だし。窃盗だけど」
 部屋から出て、二人でマンションを出る。管理人さんに、若いわねぇと言われたけれど、意味がよく解らなかったから挨拶だけした。それで、話の続きである。
 「結局、あのあと、あの掲示板の中じゃどうなったんだ」
 「まだ見てないよ」
 なんだそれは、と光夜は納得いかないように呟く。だって、昨日は昨日で考えることが多かったし、そもそもの原因は・・・・まあ、僕が五割で光夜が三割で小西さんが二割なんだけど・・・・それでもそれは仕方がなかったのだから、仕様がない。
 「なんだ、見てないって言うのは。俺たちにはあれしか手がかりがないんだ、管理してるお前がそんなだと―――――なんで、不満そうに俺を見る」
 「他意はないよ。ただ、全部が全部僕に出来ると思わないで欲しい、っていうところかな」
 「・・・・悪かったな」
 そういうと、一拍置いて謝罪した。別に、謝って欲しいわけじゃなかったんだけど、気が逸れたのは確かに光夜の責任もあるけど、大体は僕の所為だし・・・・うーん。
 「とりあえず、今日は一日中部屋にいられるわけだし、仕事と平行して掲示板の方も見てられるね。まあもっとも、パソコンなんか持っていかなくても済ませる方法があるといいんだけど」
 「だったら、携帯でも持ったらどうだ」
 「いや、光夜・・・・」
 その言葉に少し戸惑う、僕の言葉に光夜も気づいたのか謝罪の後だと言うのに、さらに顔を難しくした。お願いだから、僕は困らないけど、自分で縛り付けることになるから、少し考えてから口にしてね。
 「俺にもお前にも必要ないと・・・・?いや、待て明、お前には必要だろう。少なくとも、俺以外に連絡する必要のある人間がいる」
 「―――――あ、そっか」
 言われて気づいた。そうだった、僕には友達がいるんだ。一人でも、でも友達だ。彼女はたぶん携帯電話を持っているはず。なら、僕も持ったほうがいいのかな・・・?
 「光夜は・・・・」
 「ん?」
 「光夜は、持たないの?」
 友達がいるから、友達と連絡を取るのに携帯電話は必要だけど、光夜にだって連絡は取りたいよ。だって、一番長く居るんだから。
 「俺が持って、何をするって言うんだ」
 「でも、一番連絡することが多い人だと思うけど・・・・ダメ?」
 強制ではない、でも光夜と連絡できるのなら、それに越したことはない。これからも、何かしらの事件を請け負って、それに対して遠距離で行動されたら、連絡が取れないもの。だから、出来ることなら―――――
 「・・・・お前が、持ったらな」
 妥協するように、でも約束するように光夜は言った。なんだろう、その言葉を聞いただけで、妙に嬉しかった気がする。見えれば、もう校門前だったことに気づく。さて、今日も一歩進むために頑張ろう。


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