作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 ”責めてほしかったんだろ”










 その言葉はあまりにも簡単過ぎて、見逃してしまっていた言葉。
 それをいとも簡単に彼は掘り起こしてしまった。
 僕にとっては一番言ってほしい言葉であり、一番言ってほしくない言葉だった。
 だから心に痛いくらい響いた。
 音速なみの早さで体内の血管を駆け巡り、脳の奥底まで浸透した。反響しては静まり、最奥に留まった。一生忘れることのないようにと。

 僕は何度彼に助けられただろう。




 僕には、成さなければならないことがある。
 あれから一週間経った。サボった分も合わせ、以前より大分増えた訓練の数に、体重もかなり減った。疲れと精神的なストレスから食事も減り、それに伴い体力も激減した。
 近々の戦に備えてこのままではもたないと思い、今では口に無理矢理に食べ物を押し込んでいる。
 遠征に向かう二日前の今日、タンラートは腹を括る覚悟を決めた。
 重い足を引きずるように歩きなれた廊下を一歩ずつ確実に進んだ。
 きっとこれが最後になる。この道を歩くことはもうない。
 他とは少し造りの違うドアの前で、無くなったクロスを掴んでみた。
 当然空を掴んだだけの手は、胸の前を掠めるだけだった。



 正しいことに気付く奴なんて、そうはいない。
 彼は言った。
 僕もそう思った、
 本当に








 


 以前と同様の冷ややかな視線を浴びせながら、彼は突然訪問したタンラートを部屋に入れた。
 彼ももちろん遠征に参加するため、今日でこの病室から出ることになっている。本来ならば後二週間は安静な怪我だが、そうも言ってはいられない。
 あれから一度もすれ違ってすらいない相手に会うのは、相当な勇気がいった。
 無視されるかもしれないし、また傷を負わせられるかもしれない。
 それでも会いに来たのは、自分の中にけじめをつけたかったから。
 人生を変えるほどの出来事だったかもしれない。
 「あなたは責めてほしかったんでしょう?僕に教えてくれたのはあなたじゃないですか」
 でも、
 “お前がやったことは間違いだって、責めてほしかったんだろ”
 彼は言ってくれた。
 何よりも辛い想いの中で、たとえそれが復讐のためとはいえ、タンラートという個体に再び命を吹き込んでくれたのだ。
 タンラートは枯れたはずの瞳が潤ってくるのを感じた。
 それは次第に潤いだけでは留まらず、表面張力に納まる範囲までに及んできた。
 「あの時、自分に精一杯で気づくことが出来なかった。あなたは話したがらなかったでしょうけど、僕が聞き返していればなにか変わったかもしれない」




 “わかるよ、俺もそうだった”




 彼は言った。苦しそうに目を細めながら。限りなく黒に近い紺の瞳が、漆黒の闇に見えた。
 あの言葉に偽りはないと思ったから。
 彼は責めて欲しかったんだ。
 約束を破り、憎しみに駆られ復讐に魂を売った自分を。
 でももう正しい道を教えてくれるあの人はいない。タスカ=ジジャンという偉大な人は僕が殺してしまった。
 彼はより所を探していたのかもしれない。たとえそれが復讐という名の非道な行為だとしても、我を忘れられるほど没頭できるものが欲しかった。
 僕に奪われたしあわせを取り戻したかったわけではない。そんなことしても、あの人がかえってくるわけではない。それはロブ自信が誰よりもわかっている。
 どんなに悪い行いだとわかっていても、彼にはもうそれしか残っていなかったのかもしれない。












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