作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 なぜこうなったのか、自分でもわからない。
 この三日間ほど、どう生活したのかわからない。
 訓練には出ていただろうか。
 食事はとっていただろうか。
 風呂には入っただろうか。
 ただ1つ確かなのは、この三日間ほど、だれとも口をきいていないということだけ。
 ロブ、シェイはもちろんのこと、同僚の一人とも会話をかわした記憶はない。







 ロブに真実を聞かされた直後、動くこともできず、ただその場に突っ立っていた。
 そのうち涙を拭ったロブが部屋を出て行くまで、タンラートはずっと放心状態で床を見つめていた。
 彼が去って行ったあとのことは、あまりよく覚えていない。
 たしか床に泣き崩れてしばらく立ち上がれなかった。
 それからは本当に記憶になかった。
 どうやってここに戻ってきたのか。
 着替えはしてあるから、風呂には入ったかもしれない。
 しかし空腹は感じなかった。
 とりあえず、何か口にしなければいけないと思い、動かない思考を無理やり起動させて、冷蔵庫を開けた。ミネラルウォーターを掴んで喉に流し込む。
 冷たいだけで飲んだ感触はない。全部筒抜けて体をすり抜けいて行くような感覚があるだけだ。
 時計を見ると、午後4時を回っていた。
 カレンダーを見たが、あれから何日こうして過ごしたかわからないから、今日がいつかはわからなかった。
 冷蔵庫の横においてある箱を探り、中から固形の栄養食を取り出す。仕分けの箱から一本とって紙のふくろを破り一口かじった。
 不味い。
 咳き込んで吐いてしまった。すぐにちり紙で受け止め、洗面所に駆け込む。
 蛇口をひねり大量の水とともに胃液を下水へと流した。
 すこし、血が混じっている。
 どこから出てきたのかわからず、口を濯いでほおっておいた。
 洗面所から出て、改めて部屋を見回すと、部屋は思っていた以上に散らかっていた。
 ベッドの周りにはからのミネラルウォーターの瓶が散乱していて、くるんだちり紙も床を埋めている。
 この様子からみると、大分泣いてしまったようだ。
 廊下へとつながるドアには、何通か封筒が挟まっていた。
 ない力を入れて隙間から抜き取ると、無断欠席の知らせがほとんどだった。
 そこに書いてある日付をみて、初めて三日経っていたことに気づく。三日間で大分訓練を無断で欠席してしまった。
 そう言えば、なんどかノックの音が聞こえていたような気がする。
 その他には、瓶の回収届けやらいろいろ通達の紙が挟まっていた。
 タンラートはそれらをぼんやりとながめたあと、風呂に入ろうと手紙を床に落とした。
 その中に重要書と四角く囲まれた文字の目立つ封筒があった。
 それを拾い上げ、はしを切って中をとりだす。
 そこには、近々行われることの詳細が記されていた。
 「戦…」
 そこには、ふてぶてしい文字で戦争と明記されていた。
 タンラートの頭の中に、あのときの光景がよみがえる。
 光とともに消えて行った二人の人間。
 どちらも最高に美しい真っ白な光へ吸い込まれ、すぐにやってきた黒い固まりに解けて行ってしまった。
 そうなれたらいいだろうな。
 どれほど楽だろう。
 死んでしまえば、どれほど楽だろう。
 死という魅力的な言葉に心を奪われそうになっていたタンラートの瞳に、一人の男が映った。

 シェイ

 こちらを見て、微笑んでいる。
 いつも前向きで、世話好きでお調子者で、それでも責任感のある面倒見のいい男。
 人懐っこい笑顔で自分を見ている。
 手を伸ばして、彼を求めたかった。
 からかわれてもいい。
 かまってほしかった。
 「たすけ…」
 喉を掠めるような声。
 そんな思いがわずかに浮かんで、タンラートは自分を戒めた。
 罪を重ねすぎた自分には、けっして使ってはいけない言葉だった。
 タンラートは再び重要とかかれた紙面を目にとどめた。
 対国の詳細からこれからの訓練の日程など詳しくかかれたそれを、強く握りしめ、深く意識をおいた。
 自分にゆるされたことを、ゆるされた範囲でやり通さなければいけない。
 今いる誰かのために、何かしなければならない。
 自分を殺したいほど憎んでいる人。自分を諦め心を閉ざした人の魂が、せめておなじ場所にたどり着けるようにしよう。
 残された道はあまりに少なすぎた。
 僕にはもう、命をかけて全うするほどの、命はない。


 それなら、せめて彼らの命の行く末をしるす道を作ろう。たとえそれが屍の道田としても、彼らの何かが救われるなら…















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