作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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 処刑の当日が来る。何も知らないお夏は、閉じこもった部屋での、遅い朝食を食べ終わる。昼前に部屋から出て、厠に向かう。用を終え、手水で手を洗い、井戸へ向かう。
店の北の板塀の向こうは、水を湛えた中堀である。

 井戸水を飲んでいた。
中つ門の、交代した番人が、真向かいの土塁から乗り出して、釣りをしているらしい。 何気なく、お夏はそちらに顔を向けた。板戸の合間から、ちらちら見える。 二人のようである。
「くそー、食い逃げられた」と一人の声。もう一人が、
「おい、危ないぞ、堀に落ちるぞ、もっと下がれ」
「わかった……」
 二十メートル先の声が、夏の水面を越え、妙に、はっきりと聞き取れた。

 しばらくして
「むかいの但馬屋の手代、打ち首にされるのは、今日だったか 」
「そうだ。真昼だから、四半時(三十分)も、ないなあ……」
 
 後の会話は、お夏の耳に入らなかった。血相を変えて、表へと、走り出した。
 店にいた使用人は、出ようとするお夏を押しとどめようとしたが、倒されてしまう。
 出るや、角の高札に、向かった。そして読む。
「あああ!清十郎が!」悲鳴にも似たうめき声をあげ、本町通りを、西へと駆けだした。

「清十郎、清十郎」泣き叫び続けて、裾も露わに、走ってくる少女を見て、通行人は皆、道を空け、暑い日差しの中、後を見続ける。
 店々の者が、聞きつけ、外に出て、驚く、
「おなっちゃんが!……」そして、見続けた。
お夏の幼ななじみであろうか、中には、泣き出す女の子もいた。

 南へ回り、備前門へと走り込み、外門へと方向を変え、出ていった。あ然と見ていた、番人が草履を拾い、門の外まで追い、
「お夏坊、草履が!……」と、叫んだが、気が付き(そうか、刑場へ急いでいるのか、痛ましい!)草履を持った手をだらりと下げ、川筋を走るお夏を、目で追う。
         
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