作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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 湯浴みの最中、ふと猫がよぎった。何のことはない、よく見かける猫が外からやってきただけに過ぎない。俺は湯船に足をつけようか付けまいかと考えている猫を眺めていた。
 「・・・・・」
 その湯船に僅かに手を浸し、とたんに手を離した。熱かったらしい。それもそうだろう、猫なのだから。熱に驚いたのか、そのままどこかに行ってしまった。何だったんだ。
 「どうでもいいか」
 ざっと、湯をかぶって湯殿から上がった。猫の所為で考えていることが止まったが、それを再開した。よくよく考えれば、俺たちは言われたものを探すだけで、その遺骨がどういう理由で盗まれたのか、真剣には考えていなかった。
 「明には、犯人を捜してもらうとして、俺はその辺りを考える必要があるらしいな」
 そもそも、遺骨にはどれほどの意味があって、それを使用することで何がどうなるのか、俺は知らない。と、足元で何かが動いた。見下ろせば、先ほど逃げたと思った猫だった。
 「まだいたのか・・・・」
 未だに全裸の俺と、猫との睨めっこ。と、猫が僅かに目を細めた後、馬鹿にしたようにそっぽを向いた。何が言いたいんだ。あほらしい。
 着替えを済ませて洗濯物をかごに入れた。うちには働き者の修行者がいるためか、家事に事欠かないのだが、人間として間違っているように思える。俺も少しは手伝ったほうがいいのだろう。
 「それよりも、お前は何でついてくる」
 俺が居間に向かう間の廊下。さっきから猫はついてくる、俺と歩調を合わせるように軽やかな足取りで。あの湯船に入ろうとしていたのはただの暇つぶしだったらしい。なら、俺に何の用がある。
 聞いたところで猫は答えない。当たり前だ、猫は猫に過ぎない、第一こいつは生き物じゃない。爺さんには見えないらしいからな。俺に言わせればこの猫は『記憶』だ。こいつの本体は死んでいる、もちろん魂もだ。この猫は生きていた頃、この辺りに住んでいて、この辺りで死んだのだろう。その頃の記憶と記録が、この猫の虚像を生み出している、と俺は考えている。実際のところ、俺以外に記憶を見た人間はいない。寺の住職である爺さんだってそうなのだから。明には、まだ見せていないが、同じだろう。
 結局、猫は俺が水をコップに入れて縁側に座るまでの間、ずっと付いてきていた。俺が座ると、猫も一緒になって隣に座った。別に、何がどうというわけじゃねぇ。ただ、隣で座っているだけだ。わけがわからねぇな。
 「遺骨なんて、どうしようって言うんだ・・・?」
 コップの水に口をつける。喉に冷えた気配を感じながら、もう一度考えてみるが、少なくとも寺の仕事をやっつけ程度でしかしたことのない俺には遺骨云々についてはよく判らない。
 と、膝に違和感を感じた。見れば、大人しく外を眺めていた猫が俺の膝に手を置いていた。何事だ。
 「なんだ、何か用かよ」
 「にゃー」
 だが、猫は猫の言葉しか話さない。だから、何か言いたげに二度三度俺の膝を叩いていた。悪いが、気まぐれの遊び心に付き合っている暇はない。猫を抱えると元の場所に下ろした。
 「にゃー・・・」
 「言いたいことがあるなら文字くらい書け。おまえに付き合っている暇はないんだ」
 そう言って俺は正面に向き直った。その行為に、気まぐれな猫は飽きたのか、おもむろに縁側から庭に降り立った。そのまま振り返りもせずに草むらへと姿を隠してしまう。
 「結局、何だったんだ」
 「なんじゃ、なにかあったのか?」
 入れ替わりに、夜の説法を終えた爺さんが居間に姿を現した。今日は随分と早い終わりだったな。
 「爺さん、遺骨って、何に使うんだ」
 「藪から棒に、何を言うんじゃ行き成り」
 「別に、意味はねぇ」
 確かに、意味はない。結論さえ出せば、そこに拘る理由がない。だが明だけに任せて一人ぼうっとするのは、何か違うと思っただけだ。無駄な行動でも、しないよりはましだ。
 「なるほどなるほど、また明ちゃんのことか。若いのぉ」
 「嬉しそうに言うな、爺」
 「照れるでない、良いことじゃ。お前には潤いが足りんかったからのぉ、今の生活は楽しいじゃろ?」
 「楽しい・・・?」
 血迷いすぎだ、爺さん。楽しいんじゃない、忙しいだけだ。女か男かは全く関係ない、他人と関わった時点で自分のペースなんて、勝手に吹き飛ぶに決まっている。
 「で、遺骨がどうしたんじゃ?」
 「今回は遺骨、つうか遺灰の盗難なんだよ。探すとか、手がかりとか、そんなのは明に任せてある。ただ、俺は疑問を解消したいだけだ。遺灰なんて何に使うんだ」
 俺の言葉に爺さんは自ら持ってきた湯のみを持って中身を啜った。そうして一息入れた後、言い始めた。
 「遺灰は、遺灰じゃ。尊い命だったものを休める存在じゃ。確かに、どこかの宗教では、遺灰は善悪の中間であり、神聖なものだといわれているところもあるらしい。川に散骨するとその人が還って来るとも言われている。
 どこぞのインチキ宗教では、その灰は万病に効くなどといわれて崇められているところもあるらしいが、わしにはそんな迷信は信じぬよ。遺灰は、その人がいたことを証明する、家族の証じゃ。それ以上でも、以外でもない。そんな尊いものを持ち去ったばか者には、いつか罰があたるじゃろうて」
 爺さんは、言い終えるとまた湯飲みの中身をすする。つまり、何が言いたいんだ。
 「遺灰は、宗教の崇拝対象物だって言うことか?」
 「わしの知識のひとつというだけじゃよ」
 それだけ言って、意味深に笑いやがる。盗んだ人間は、何かを崇拝する人間だっていうことだろうか。いや、そんな単純なことはないはずだ、人骨なんて手に入れるには難しすぎる、だったら野良猫でも殺して見かけだけでも骨を崇拝するほうが、リスクが低い。
 それとも、本当に人骨でなければならないほどの崇拝を行っている人間が、この国にいるっていうのか?それこそ、過ぎた考えだ。
 「まあ人骨崇拝など、説法の前で比べたら天と地も差があるわい。所詮は消え去った存在の基盤じゃ、言葉という響かせるものとはあまりにも儚い存在じゃて」
 「骨は、残骸だって言うのかよ」
 「さぁての、そういったつもりはないんじゃがな。だが、言葉とは人に直接影響を与えるものじゃ、比べて骨の崇拝など、死人に何かを得ようともがく様と同じ・・・・頼るのではない、切り開くんじゃよ、道を」
 人道を語られても困る。俺は骨を持っていった理由を聞いている。別に崇拝のレベルの話はしていないし、俺は神なんか信じていない。自分にすら自信も確証も持てない人間が、神なんか信じても、余計に不安になるだけだ。
 俺を納得させられるのは、確かな自身を惜しげもなく見せつけ、なおかつ道理に見合った言葉を脳に響かせる存在だけだ。そんな人間は、俺の近くには一人しかいない。
 「・・・・・明、か」
 少なくとも、あいつ以上に人間を客観的に見れる人間はいないと思うのが俺の見解だが・・・・。俺だけなのか、そうではないのか、俺しか被験者がいない時点で、理解しようもないわけだ。
 「なんじゃ、また明ちゃんのことか」
 「・・・・・あいつは、少し視界を広げた方がいいかもしれない」
 おせっかいものめ、そう言って爺さんは立ち上がった。
 「歳をとると、直ぐに眠くなるのぉ。わしはそろそろ寝るとするが、遅刻せんようにな」
 「ああ、その点は気をつける。爺さんも、早く起きすぎて鐘なんか鳴らすなよ」
 「それはどうかのぉ。ほっほっほ・・・。そうじゃ、ひとつ言い忘れたがの、孫よ」
 「なんだ」
 「骨は、腐っても骨じゃ。人の心が関係しているのは常。その一点だけは気をつけるのじゃ」
 そう言ってじいさんは自分の部屋に消えて行った。爺さんがいなくなった頃、またあの猫が顔を出してきやがった。
だが猫のことよりも、爺さんの消え際の言葉が気になった。人の心が関わっている?それは、つまり―――――。
だが、俺の思考を猫が視界に入って邪魔をする。何がしたいんだ、この猫は。だが猫は、庭から俺を眺めるだけでそれ以上は微動だにしなかった。何かを訴えたい顔なのかは、微妙に感じ取れたが、それ以上は判らない。肉体もない猫が、餌をほしがる道理もないだろう、俺はとりあえず無視を決め込んだ。
 「いや、もう寝るか」
 水を飲み干して、立ち上がる。結局のところ、骨を盗んだ理由に可能性をつけられても、答えは出せないわけだ。専門家に聞くことが全てじゃないのは判るが、まあ、無駄なことだったらしい。
 「結局のところ、明頼みだってことかよ・・・・情けねぇ」
 だが、実際そうなのだから仕方がない。一人で考えても無駄だ、明日を待つしかないってことだ。考えるのを止めて、俺は寝ることにした。



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